オーガ・レスキュー・ガール③
「彼女の行き先が判明したわ。天宮地区の某所。雨宮神社から、さほど遠くない。最近、妙なセミナーが三日と空けずに開かれているらしいの。……急ぐ必要があるから、突入部隊も出すわよ?」
奴に再度挑む期日と決めていた、水曜日の直前。ついに彼女の行き先が判明した。俺はその猶予ならぬ情報を手にして、翌朝水内美里を訪ねた。全てを話し、許しを得た。だが、肝心の部分は。
「無駄よ。貴方に私は分からない。私はもう、救ってくれる人達と出会っている。もうその声は、遅いのよ」
「それでも。その救いは、間違った方向である可能性があります。俺と一緒に来て下されば。必ず」
「遅いの。私はもう。『おおきなもの』とひとつになるって。そう決められたのよ」
「それでも!」
「くどいのよ!」
取りつく島もないまま説得は大声の応酬に変わり、俺は気まずくなった。これでは説得にもならない。失敗は明らかだ。だが、目の前の少女も。顔を背けてなにやら考え込んでいた。暫くの後、彼女が顔を上げる。そこには、決意の眼差しがあった。
「 ……いいわ。それでも貴方が、私を助けたいのなら。力尽くでその場所まで辿り着きなさい。そうしたら……」
「分かりました……。それでは」
俺は背を向ける。紆余曲折はあった。根負けさせた面もある。だが、これで条件は定まった。後は。
俺が少女を救う。それだけだった。
そして数時間後。天津市・
「突入部隊との合流ができぬが、いいのか?」
一匹の三毛猫が俺の足元に擦り寄って来た。俺はそれを一瞥し、視線を行く先へと戻す。
「御先祖様、これは俺の『暴走』です。貴方まで共犯にしたくはない。お下がりを」
「断る。猫の気紛れとでも思ってくれ」
その一言で俺は諦めた。これ以上の説得は、時間の無駄だと悟ったのだ。そうしていつしか。雨宮神社が見える場所までやって来ていた。
「ネズミぃ……。張っていたらそっちから来るなんてなあぁ?」
そうして歩を進めると、背後から聞き覚えのある声。此度のターゲットの、声。空の涙も、いつの間にか決壊していた。俺は慌てて振り向く。たちまち敵は相変わらずの姿のまま、遠のいた。
「ちいっ!」
計画は崩れた。こっちが喧嘩を売りに行く予定だったが、逆の形にされた。当然、追う。追うが、その行為に意味はない。逃げられるからだ。だが。ジャンキーは止まっていた。視線の先。一匹の猫。そして、その奥に。森。
(今!)
俺はスーツを纏う。奴は猫に導かれるように、森へ入った。当然、俺も。
ミケは木々を飛ぶ。早い。ジャンキーは背後に気付いていない。躍起になっている。俺は木々の側面を蹴り、三角飛びの要領で奇襲をかける。蹴り足が、奴に近づく。だが。
「甘ぇんだよ。どんだけ甘ちゃんだお前は」
耳に入る声。悟る。次の瞬間、撃ち落とされる感触。強引に体勢を翻し、無理矢理立ち上がる。
「言っただろぉ? 全てにおいて、底上げされている。お前の接近なんざ、見なくても分かる」
ジャンキーの癪に触る声が、俺を嬲る。だが、俺にもこの日を選んだ理由があった。
<お・ま・た・せ〜! 秀治ちゃ〜ん。あ・た・し・よ〜ん?>
<来たか、水の。手を貸せ。コイツは骨が折れる>
<ああん、つれなぁーい。で・も。秀治ちゃんの頼みだものね~! それじゃ、いくわよぉ〜ん? ……喰らえや。【
ジャンキーのそれよりもはるかに気忙しい声。そして喋り。だが、こいつこそが。今回の俺の切り札だった。彼の声が野太いそれに切り替わった次の瞬間。水同士の同調により雨を含んでいた地面は液状化し、奴の制服が奴自身を締め上げる。
「ぐぬっ!? テメエゴールデンオーガ! 卑怯だぞ!」
「マトモに殴り合うとこっちが不利だ。精霊でもなんでも使うに決まってる!」
たたらを踏んで下がるジャンキーの罵倒を、俺はサラリと受け流した。
そうだ。俺に形振り構っている余裕は無い。こうしている間にもあの少女は、また集会へ向かうだろう。こちらに妨害を掛けてくるぐらいだ。その集会は、なにかしらを企んでいる組織に違いない。ややもすれば、あの【MIDUCHI】そのものである可能性すらある。よって。
「ッシャア!」
常より過激に、そして確実に。仕留める。
<大地の、頼むぞ! >
< 応っ!>
ぬかるんだ地面を大地の精霊に補強させ、一歩。二歩。俺は奴の肢体へと迫る。だが、それでもジャンキーは諦めていなかった。
「く……ほざくなあああぁっ!」
バチン。
耳朶を打つ音。制服だったものが弾け飛び、一部が俺に向かって飛んで来る。しかし弾丸となり俺を穿つ程ではなかった。俺の方が速い、今度こそ。だが、俺の視界は。奴の拳を捉えていて。
相撃ち。クロスカウンター。
その言葉が適切だった。体重の乗った俺の拳と、底上げされた筋力で繰り出された奴の拳が。ほぼ同時に刺さったのだ。
「カハッ……!」
食い縛った歯が軋む。口の中で、ミシッと音が聞こえた。奥歯が砕けたかもしれない。だが、踏ん張る。ここで引けば、後はないのだ。腰だめに構え、相手を見据える。
「見直したぜぇ……。ゴールデンオーガぁ……!」
泥塗れ、トランクス一枚。地面に転がされ、屈辱を味あわされたジャンキー。だが、奴は立ち上がろうとしていた。踏ん張りが効かないはずの地面を筋力でねじ伏せ、産まれたての子鹿のような姿になりながらも。必死に直立を試みていた。
<あらやだ。随分とタフじゃなぁい。オマケに筋肉もいい感じねぇ。秀治くんが居なかったら……ジュルリ>
<水の。好奇心はいいが、圧力が緩んでいないか?>
<やだ~! ご指摘ありがと……って、遅かったわね>
<……。まあいい、もう一回倒すさ>
<ああん。もうカッコイイ~!>
「なにをゴチャゴチャ言っていやがる……。こっちから行くぞ……!」
僅かな気の緩みを利用して、再度立ち上がったジャンキー。頬は腫れ、身体には擦り傷と泥が張り付いている。だが、その眼差しからは全く戦意は消えておらず。
「シャオラッ!」
泥濘も何のその、筋力で二飛びして間合いを詰めて来るジャンキー。その勢いに、俺は僅かに対処が遅れた。油断をしていた訳ではない。相手が疾すぎた。
(マズ……)
思考が遅れる。拳が迫る。だが――次の瞬間。第三の声が耳朶を打つ。
「どーっせい!」
泥濘を穿つ大槍。飛び退くジャンキー。俺は固まる。だが、泥に塗れただけで外傷はないようだ。
「遅いと思って探してみたらさ。みたらさ? これはどういうことかな? ことかな?」
続いてやって来たのはツインテールのゴスロリ少女。ふわりと現れると同時に、大槍が霧散する。だが、こちらには興味が無いようだ。独り言めいた言葉を呟いている。だが……待て。話し方まで含めて……。
<やだぁ……。ああいうタイプアタシきらーい>
やはり。水のが眉を顰めている。その間にも少女はジャンキーを問い詰めていた。もっとも、こっちから分かるのはそこまでだったが。ともあれ、俺はスーツを解かず、回復に努める。万が一解いた途端に吹っ掛けられたら、終わってしまう。俺は額から汗を垂らしつつ、相手の動向を注視していた。
「なるほど。なるほど? つまり貴方が敵で。敵で? ジャンキー君を追い詰めたの。詰めたの?」
やがてゴスロリ少女は。顔だけをグリンと、こちらに向けた。光のない眼だった。息を呑む。マズい。
一秒。少女の手に大剣が握られる。
二秒。少女が跳ねる。
三秒。俺が飛び退こうとする。
四秒。泥濘がない。
五秒。間合いを外したはずの剣が伸びて来た。
六秒。
<間に合え、急々如律令!>
俺の脳裏に、声。
七秒。剣が、障壁に遮られていた。
「すまん。隙がなかった」
「奴を叩こうと、視界の外で大人しくしてたんですよね? 仕方ない、と思います」
冷や汗と荒い呼吸を収められない俺。その前に現れたのは、一匹の三毛猫。だが、それは。俺の最強の仲間。俺の信じる、最強の御先祖様。川瀬秀光が、満を持して木から舞い降りたのだ。
「あら。あら? 猫ちゃん。ちゃん? でもニュータントさん。ニュータントさん?」
眼の笑っていない笑顔を浮かべながら、ケタケタと少女は告げる。視界の奥では、ジャンキーが地面に伏せていた。
「やっちゃう。やっちゃう? 戦っちゃう。ちゃう? あ、でも。でも? お手当てしなくちゃ。しなくちゃ?」
自問自答のような語り口。対峙しているだけで感じてしまう狂気。俺は必死で呼吸を整える。神経が敏感になっている。だがゴスロリ少女は固まり、なにかを思案し。そして、最後に告げた。
「……。ねえ、お兄さん。お兄さん? 取引しようか。しようか?」
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