マイキャット・マイアンセスター③

「…………」

 室内に沈黙が満ちていた。誰も語らず。何も言わず。ボスに至っては俺に向けて『気でも狂ったか』と言わんばかりの視線を向けている。俺はそれを受け止めた後、ミケに視線を向ける。が、奴はそっぽを向いてしまった。こいつめ。

「あーと……。まあ察しは付くと思いますけども、この猫はニュータントウィルス感染者、即ち」

「分かっているわ。私の能力を忘れたの?」

「ニュータント能力者察知能力、でしたね……。じゃあなんで呆気に取られてるんですか」

「その事実とあの猫が貴方の先祖を名乗る理由が、全く繋がらないからよ。遂に呆けたの?」

 キッパリとした口調に罵倒文句。性癖によっちゃご褒美なんだろうが、俺にはただの圧力だ。ともあれ、俺はない頭をこねくり回しながら、上司にこの事態を説明することとなってしまったのだった。



「まずはじめに。この猫本来の部分は、既にほぼ死んでいると思って欲しい。要するに死体を無理矢理動かしている状態と似たようなものだ」

 あの放火魔を倒した翌朝。俺は人気のない場所でミケの話を聞くことにした。事後処理でやるべきことは多く、当日中にはその余裕がなかったとも言うのだが。

「……」

 俺は無言でただ頷いた。この目で見ているとはいえ、改めて告げられると心に来るものがある。

「そうだな……。どこから話せばいいのか……。いや。心して聞いてくれ」

 少し会話をためらうように二、三周その場で回った後、ミケは覚悟を決めたようにこちらを見上げた。それを受けて、俺は膝をかがめて視線を合わせる。

「私は川瀬秀光かわのせひでみつ。今はこの猫の体を借りている。子孫よ、知っているであろう。鬼を倒し、この地に居着いた、最初の者が誰であったか」

「知ってはいるけども」

 俺は言い淀んだ。現実に脳が追い付いていない。いや、ここしばらくそういう事態の方が多いのだが。

「まあいい。にゅうとらるうぃるす、だったか? キミに能力をもたらしたのは」

 ミケ、否。秀光が言葉を続けた。俺はまだ頷くことしか出来ていなかった。

「うむ。過去世にもそういう例は多くあった。例えばキミも知っているであろうさる高名な陰陽師。その方も私も、キミ達の言葉を借りるのならば。それはにゅうたんとということになる。そして……私が説き伏せたあの鬼も」

 俺は唖然とした。そこまで遡る話だとは、微塵たりとも思っていなかったのだ。それを察したのだろうか。秀光は前足で顔を洗うような仕草を見せた後、話題を切り替えた。

「……。取り敢えず今必要な話から先に済ませようか。私が今ここにいる理由。私はこの世を身罷る時にね、魂の欠片を一部、君の屋敷がある、あの土地に紐つけておいてあったんだ。そうすることで、いざという時に駆け付けられるようにしたかった。だけどいざ事が起きてみるとなかなかこちらに来るのも大変でね。結局間に合わなかったんだ」

 秀光はしゃがみ込んだ。そして顔を僅かに上げる。その瞳が、遠くを見ているように。俺には見えた。

「正直出て来る機会を見失ってしまってね、暫く見守るしかできなかったんだ。それも、近くもなく、遠くもない安全なところから。いわゆる幽霊だから、出来ないことのほうが多かったし」

「それで、あのタイミングだったと」

「済まない」

 俺は、ようやく言葉を発した。正直大変な事は多かったのだから、もっと早くに、という思いはあった。だが。不思議とこの猫を詰る気持ちは起きなかった。

「君の決断はずっと見ていた。君の戦いも。まだ荒削りだが、私は全力で君を手伝いたい」

 なぜかと言われたら、ハッキリと言えることがある。この猫が真剣だからだろう。現状を把握し、その中で出来ることをやる。そういう精神がひしひしと伝わってくるのだ。

「……。分かりましたよ、

 俺は視線を外し、立ち上がった。ここまで分かれば答えは一つ。俺も俺のやれるようにやれば良い。つまりは。

「今後とも宜しくお願いしますね」

 この猫と一蓮托生になればいいのだ。



「…………」

 一通りの話を終えた後も、ボスは言葉を発しなかった。俺は、足元に近寄って来たミケ(喋らない時はこう呼ぶと勝手に決めた)を撫でながら時を待った。ミケも大人しくしている辺り、空気を読んでいるのだろう。

「むー……! ええい、餅は餅屋ね!」

 十分程経った後、ようやくボスは口を開いた。そのまま電話を取り、どこかへと回線を開く。もっとも、その相手は俺にも予想がつくのだが。

「はいはい、レディ。ミーを呼びましたかぁ?」

 いつも通りの頭痛を招くような声音と共に、隻眼総白髪の若人が、ボスの背後のスクリーンに飛び出した。しかもどこで買ってきたのか、高級アイスクリームを食しながら。

「あー……。どうせそんなことをしている間もドクターの頭脳はフル回転中でしょうから、そのまま答えてくれればいいわ」

 俺から聞いた話を適度に要約しながら、ボスはドクターサイオンジに向けて一連の出来事と幾つかの事実を話した。その間ドクターは、頷くこともなく三カップのアイスを平らげていた。

「……。まあそういう訳でドクターの意見を聞きたいのだけど」

 話自体はものの数分だった。俺が通訳や補足をしたりすることもなく、ボスは的確に事をこなしていた。ドクターはアイスのカップをゴミ箱に投げ捨てた後、思考を挟むこともなく口を開いた。

「ふむ。有り体な話をすれば、仮説としては既に考えていたのでしてねぇ。たぁだねぇ。今の今まで確証が得られなかったのですよぉ。そういう訳で秀治クン。ボカァね、キミに頼みたいことがあるんだ」

 突然に水がこちらに向けられた。思考が付いて来ない。ボスはドクターの映像を見据えたままだ。その時だった。

「学者殿、生の声が聞きたいのならば秀治の許可は不要だよ。学者殿との対面、こちらこそよろしくお願いしたい」

 秀光が口を開いた。かの時代の者には理解の外な光景が展開されているにも関わらず、彼は躊躇いもなく口を開いたのだ。

「オォーケェイ!」

 答えを聞いて喜んだのか、普段のそれより一段大きい声でドクターが叫んだ。ボスが耳をそっと塞いでいる。彼はスクリーンに顔面をドアップにし、こちらに向けて興奮したようにまくし立てた。

「それではボスとの会話が終わったら直ちに来てほしいのだよぉ。案内はそこの秀治クンが詳しいから、一緒に来てくれればいい。ボス、話がないのならぁ、少し部屋を片付けたいのだけどもぉ、いいかねぇ?」

「いいも悪いも、ドクターはスイッチが入ったらそれだけになるじゃない。いいわ、今回はここまでにしてあげる。後でまたその仮説とやらを聞かせてもらうわ。せいぜい補強しておきなさい」

「ありがたやぁ!」

 ブツン。

 通信が切れる。俺は無様にも空いた口が塞がらなかった。ボスがこちらを向く。

「まあ。そういう訳だし、早いところドクターの所に行ってあげなさい。放っといたら冷蔵庫の総浚いとかと称してアイスを食べて寝てしまうから」

「分かりました……」

「……。ゴールデンオーガにはゴールデンオーガにしか出来ないことがあるわ。そんな顔はしないで頂戴」

「はい」

 置いてけぼりにされたまま、釈然としない顔をしていた俺。そこに向けられた言葉が、僅かに俺を水底から救ってくれた。


 マイキャット・マイアンセスター 終

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