マイキャット・マイアンセスター②
「なにをやっているんだい、ご主人。追い付かなくちゃ戦えないよ」
ミケが言葉を再び放った。
「ちょっと待て。そもそも脳が追い付いていない」
俺は手で『待った』をかけてその言葉に抗った。いや。わかってはいる。わかってはいるのだが。
「ご主人。気持ちは分かる。分かるけど。この結界だって急ごしらえだ。せいぜい後一分が限界だよ」
ミケの姿をした何かが、俺に選択を突き付けて来る。即ち、このまま炎に巻かれて死ぬか。あるいは、ヴィランと勝負して生死を賭けるか。俺は目を閉じ、そして決意する。
「分かった。その一分、全力で黙っていてくれ。なんとか追い付く」
「了解。流石に『脳に直接流し込む』とかそういう真似は、ボクにはとても出来ないからね。その間見張っているよ」
「頼んだ」
俺は会話を打ち切った。文字通りに一秒が惜しい。だが、一秒さえあれば。
目を瞑り、呼吸を深くする。さすれば。
〈どうした、川瀬の。えらいヤられてるじゃないか〉
耳の奥で、声が聞こえる。俺の
〈……水のはどうしたんです〉
〈火の気が強過ぎる。今は来られない。火の奴も煽られて参ってやがる。それよりも、アンタが欲しいのは回復だろう? そのまま呼吸を深くして繋げ〉
〈ああ〉
豪放さを窺わせる声は大地の精霊のそれだ。言葉から察するにどうやら先のヴィランは相当に暴れているらしい。俺は指示に従い、腹式呼吸を意識していく。すると、身体の内からふつふつと。脈動するものを感じていく。
〈大地は全ての母よ。お主の身体に脈を通し、力を与えるなど造作もない〉
自慢げに精霊が語る。しかし俺はそれを黙殺した。只管に呼吸を重ね、体中に力を配っていく。深く、深く。強く。
「残り十秒、さっきの奴がこっちに向かってる。限界かもしれない!」
没入していた意識を目覚めさせる声は、喫緊の事態を告げていた。
〈やっべ、時間だ! 助かった!〉
〈構わぬ。行って来い。地面を裂くぐらいの力は貸そう〉
コネクティングの回路を丁寧に、しかし素早く切断し、俺は立ち上がる。その横に、ミケが立った。
「準備はいいかい?」
「決まってるだろ。俺の責任は俺が取る」
そうだ。あの鬼の影武者をすると決めた時から、俺はいつだってそうしてきた。今回だってそうだ。俺がミスをした。故に。
「健闘を祈る」
その言葉で、結界が爆ぜる。それを見ながら、俺はスーツのボタンを押す。一秒と経たずに全身が覆われ、襲い来る炎を弾いた。呼吸も確保されている。あのドクターは半ば狂っている癖に、その手の手際は異様に素晴らしいのだ。
「お~う、兄ちゃん。結構派手にブチかましたはずなんだがねぇ。自信なくしちゃうなぁ?」
両手に火球を備え、全身が炎に巻かれた姿で。そいつは現れた。なるほど、これでは炎の精霊がコネクトできない訳だ。
「煩い。天津の生んだ黄金鬼、ゴールデンオーガここに参上。貴様の悪行、俺が許さん!」
ケタケタ、と声が上がりそうな笑いを浮かべるそいつを見据え、俺は高らかに吠え立てた。瞬間、ミケの声が脳に響く。奴が来ると同時に、俺の視界から消えたはずだったが。
〈大分炎に特化してるタイプのようだね。気を付けて〉
〈さっき『脳に直接流し込むとか出来ない』って言ってなかったか?〉
〈確かに。だが、会話はできるらしい〉
〈便利だな、オイ!〉
とはいえ、軽口を叩くというのは良い。力が抜ける。いい意味で。
「来ないなら行くぜぇ……? そりゃ!」
そんな感じで脳内会話に浸っていると、『俺を見ろ!』と言わんばかりに炎輪が二つ、こちらに向かって飛んで来た。
「ちぃっ!」
会話を打ち切り、俺はバク転で後ろに飛んだ。射程距離を越えたのか、やがて炎は消えていく。
知恵を絞って考えるに、近付けば炎の防御とマトモに争う羽目になり、距離を取ればこうして火球や炎輪が飛んで来る。つまり。
「面倒臭い」
思わず口に出してしまった。仕方ない。こうなったら。
〈大地の。やるぞ〉
〈川瀬の。俺の出番か。やれ!〉
「破ッ!」
コネクティングを再度行い、大地の精霊の手を借りる。声と共に拳を大地に突き刺せば、たちまちひび割れ波となる。
「足場ごときでどうにかなると思ったか? ヌルい!」
奴が跳ぶ。両の手に炎を添えて。殺る気満々だ。だが、俺にも策はある。
〈風の、居るなら手を貸せ!〉
〈あいよー! 旦那、えらい苦戦してるね!〉
割れたコンクリを片手いっぱいに握り締め、飛び上がった奴に向けて投げ付ける。風の精霊で速度と威力を底上げした全力投球だ。このショットガンを喰らえば。
「っだらあああああ!」
相対速度で超高速と化した弾丸が、奴にビシビシと突き刺さる!
「がああああああああああ!? こ、小癪なあ!」
ものの見事に撃墜成功。奴はフラフラと墜落した。だが。
「ヌルい……!」
撃破には至らなかった。全身を覆う炎は和らぎ、身体のそこかしこから血を流していたが、未だその瞳から戦意は消えていなかった。
「コンクリ程度でぇ……。俺が倒れると思うなあ……!」
ボロボロになりながらも立ち上がり、こちらに呪詛を吐く。その姿は、まさに悪鬼。
「まだやるのかよ……。ディフェンスが削れてるから打てる手は増えたが……」
俺がスーツの中で呟いたその時だった。
「うぐあっ!」
上がる悲鳴と同時に奴が顔を押さえ、うずくまっていた。傍らには勇ましく着地するミケの姿。
〈防御が甘くなってたし、先程のお返しだ〉
再び脳内に声がした。確かに、その権利はある。
〈ありがてえ〉
声を返すと俺は奴にゆっくりと近づいた。顔を相当深くえぐられたのか、奴はうずくまったまま。逃げる素振りさえ見せなかった。
俺は慈悲の欠片もなく、その顔面にサッカーボールキックをくれてやった。奴は顔を押さえたままひっくり返り、そのまま動かなくなった。
〈アレでよかったのかい?〉
再び響くミケの声。それに対して、俺は。
〈元からぶっ飛ばす気はあっても、殺す気はない。だからアレでいい。さて、もう一仕事だ〉
最初から決めていた言葉を投げて、被害の収拾へと向かって行った。
数日後。
「だいぶ派手にやってくれたわね。お陰様でほうぼうから請求がやって来て、ウチの財政が火の車になりかけなのだけど」
机一つを挟んで対峙するボスの瞳は、常の三割増しで厳しいものだった。俺より二つ程歳上なだけなのだが、きっちり着こなしたビジネススーツとあいまって、すっかり大人に見えてしまう。が、それはそれとして。
「申し訳ありません」
俺は真摯に頭を下げた。それが今一番必要なことだからだ。すると、彼女の目元が幾分か和らいだ。
「よろしい。で、先程から気になっていたのだけども」
ボスが僅かに横を向いた。その視線の先には。
「ようやくかな?」
ミケが鎮座していた。あの時は秀治にしか喋って居なかったはずなのに、今はボスに対しても悠然と口を開いた。
「川瀬。貴方はこの猫の来訪を本人の要望とか言うけども。どういうことかきちんと説明してもらいましょうか」
ボスの瞳が当初のそれに戻る。空気が張り詰める。事実だけを説明する。それだけの行為が、千日回峰行の如き難行にも感じられる。だが。
「簡単に言おう。私は秀治の先祖である」
空気を破って口火を切ったのは、ミケ本人であった。
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