第16話『黒い宇宙人襲来』視点:ジュノ&クラマ




 やがて話は本題に入った。

 あらかた事情を知ったレガ姉弟は思いのほか深刻そうな顔をした。しかしそれはジュノへの同情からきたものではない事は明らかで、どちらかといえば〝そんなこと言われても困る〟という困惑からきたものだった。

 彼らの反応をみてジュノは、やっぱり一筋縄ではいかないと再度考えを改める。

 したがって、先ずは困惑する理由を探り、出来る事ならそれを排除する方向へ持って行こうとクラマ、シャムエルの二人にこっそり今後の方針を伝えた。


「反応を見るかぎり、協力はしてもらえそうにないか」

 いささかわざとらしく残念がってみる。


「協力したいのは山々だけど――」

 弟ルオルが先に口を開いた。

 それに対してクラマが主導権を握ろうと前に出ていく。

「何か引っかかることがあるなら教えてよ」


「引っかかる事というか……、聞いたところ僕の融合魔法を魔術にして一時的にも元の体に戻れるようにしたいって事のようだけど、そもそも僕の融合魔法は魔術にできないんだ。申し訳ないんだけど」


 聞いてジュノ達は揃って息を呑んだ。


「秘術か……」


 と、ジュノが真っ先につぶやく。


「そう。だから協力したくても出来ない」


 通常、後天的に身につけた魔法をさまざまな手法を用いて、多くは誰でも扱えるようにという理想を元に魔術へと変換するが――、秘術に至ってはどのような手法を用いようとも魔術への変換は実現されない。

 原因は今なお解明されておらず、そのため人権を無視した実験や隔離、魔法の独占というレアな商品で一儲けしようと人身売買などが後を絶たないのだ。


「だったら――」ジュノは手元にあった一冊の本をテーブルに置いた。「聞いてみるしかねーな、アイツに」

 本を開く。

 直後、見ている景色がすべて何かに吸い込まれた。

 そして表のチャンネルから裏のチャンネルへと、宇宙船のワープ航法のように移動を完了したのも束の間、ジュノの身に魔の手が及んだ。




「ぐべらぼげあっ!!」

 ジュノは腹部を押さえてその場にうずくまる。


「く……っ! 不意打ちとは卑怯な……」


 と呻きながら言うとすぐに、下腹部が「GO!」サインを出した為、う……っ、レロレロレロレロ、と虹色をまき散らすマーライオンとなった。


「ふう……ふう……」


 虹色が止まったと同時にジュノは、弱々しくも目の前にいる相手を見上げて威嚇する。ちなみにその相手はなぜかナースの格好をしていた。両手両脚にはちゃっかりプロテクトスーツのパーツを装着して。


「その反抗的な目は何? 人のお金勝手に使ったんだからこれぐらいの罰は当然でしょ?」


「見ろ……。おれの今の姿をしっかりその目で見ろ……っ!」


 歯を食いしばって震える体で立ち上がったジュノは、立ちはだかるウズハの思った以上に高いところにある目を、まっすぐ頑張って見据えた。


「こんな……こんな……か弱い姿になっちまったおれをよくも躊躇いもなく蹴ったな!! 外道! 人でなし! 悪魔! 虐待だぞ! これは間違いなく虐待だぐふうっ!」


 今度は「うるさい」の一言を添えて思いっきりビンタされた。

 ぐにゃりと頬が歪んで、ジュノは吹き飛ぶ。

 もし奥のほうに定点観測用のカメラが置かれていたら、さぞ無様な顔面がアップで撮られたに違いない。


「ふん、用が済んだらすぐ返しなさいよ。もし今度やったら睾丸引きちぎってやるから覚悟しなさい」

 ウズハの声があとから追いかけてきた。




 黒ジュノの住処は前回とおなじく四方を檻に囲まれていた。

 訪問は二度目という事もあって、さすがに彼のすぐ後ろでくつろぐ妹が見るからにエイリアンの姿をしていても、ジュノは叫び出したり動けなくなったりしないが、今回が初めてのレガ姉弟が驚いて放心するのも無理はない。


 一体どうなってるの……と姉ムゥラが今にも卒倒しそうだったからか、シャムエルが慌てて事情を説明しに向かう。

 だがジュノにしてみればそんなのは些事だった。

 本当に注目すべきは自分が今どんな状況に置かれているかだ。


 改めて見ると、黒ジュノを取り巻くハーレム要員の女たち、ウズハだけでなくその全員がおなじナースの格好をしている。

 彼女らは現在ベッドを取り囲み、そこに横たわる黒ジュノに寄り添うようにしてスツールに座っている。


「一体全体これは……」

 思わずそう声を漏らすと、


「見て分からない? お医者さんごっこだよ。ベッドの上のオレは両手両脚が折れて自分じゃあ食事もろくに摂れない患者役で、見てのとおり彼女たちは看護師役さ」


 相変わらず鼻持ちならない出来る男を演じる黒ジュノが自慢げに答えた。


「ケッ。何がお医者さんごっこだ。くっだらねー(クッソ! おれもやりてえ!)」


「それより、ジュノ、その体どうしたんだい? 以前よりだいぶ小さくなってるよね、もしかして魔術の反作用?」


「当たり前だろー? そうじゃなかったらどう小さくなるんだ?」


「へえ、いいなあそれ。それぐらい小っこかったら、道行く女性に多少悪戯してもご褒美のお叱りを受ける程度で済むだろうし、使い勝手良さそうじゃないか」


「おい。勘違いするなよ? おれは別にその為に魔術を使ったわけじゃねーぞ」


 と言いながら幼いジュノは、なるほどその手があったか! と心の中でガッツポーズをした。


「まあ前置きはこのぐらいにしておいて――」

 黒ジュノがベッドを降りる。

 それからレガ姉弟に目を向け、

「どれどれ……。え――――――――――――っと」


「おいやめろ。昔となりに住んでた姫子ちゃんの物真似すんな。あのハナタレババアから毎日おかきを無理やり飽きるほど食わされてた恩わすれたのかよ」


 そんな幼いジュノの言葉を無視して黒ジュノは姉弟をかわりがわり指さす。


「どっちがルオル?」


「…………」


 無言で弟ルオルが手を挙げる。


「ああ、良かった。性別が違ったらどうしようかと思ってたんだよ。女子と合体するなんて興奮して何も手がつかなくなるからさ」


「……それなんですけど」

 話には聞いていた黒ジュノを見て、弟ルオルはいささか怯えているようだ。

「事情は全部聞きました。先にいっておきますが、俺の魔法は秘術なので魔術への変換は不可能です」


「秘術か……。良くない展開だな」


 何やら考え込むように黒ジュノは顎に手を添えた。


「なので協力するとしたら定期的に体を貸すって事になります。そこで手っ取り早く答えると、こっちの答えは交渉しだいではイエスです」


「え……、ちょっと待ってっ」

 唐突に姉ムゥラが口を挟む。


 ところがそれを弟ルオルは手でもって制した。姉さんは黙ってて、と。


「今のところあなた達のことはまだ信用できない。だけど魔法、魔術に関しては相当自信があるように見えます。だからどうかその力で姉の病気を治してください。もしその希望が叶うなら俺はお二人が一つの体に戻るまで協力すると誓います」


 弟ルオルの発言を聞いていて最も驚いていたのは、元より姉ムゥラだった。彼女は目を丸くし、弟に問いかける。


「ルオル……そんな事考えてたの……?」


「当然、考えてたよ。ここ何年かずっとね。姉さんも一生あの場所から出られないなんて、嫌だろ?」


 姉ムゥラがいきなり弟に飛びついた。

 ギュッと抱きしめ合う二人。


 その傍ら、幼いジュノは羨望の目で彼らを見つめる。


 そうとは知らず仲睦まじい姉弟は抱き合ったまま、周りにも聞こえる声で相談しはじめた。

「でもどうするの? 冥王族との約束は?」


「この土地にいたら確かに病気は進行しないし、症状も緩和される。だけど――治らない。あいつらはきっと治す気なんてさらさらないんだ。それならいっその事、可能性が低くても治るほうに俺は賭けたい」

 弟ルオルは続ける。

「考えてみてよ、姉さん。あの冥王族がここなら誰にも見つからないといった隠れ家を彼らは見つけた。しかも姉さんや俺の命を狙う敵とも違う。本当に味方かどうかはともかく、お互いに利害が一致する関係を築けるなら彼らの力に頼るのも一つの手だと俺は思う」


「……わかった。ルオルがそうしたいなら私は何も言わない」


 温度差が凄すぎて見ていられない姉弟から目をそらす。

 そのまま何気なく黒ジュノへ転じると、真っ黒なハンカチを片手にウルウルと鳴き真似をしていた。


「うう、何て涙ぐましい……」

 ズズズィーと鼻をかんでから、ぽいっとハンカチを捨てる。

「んまあ、多少なりとも外に出られるだけでも大きな進歩だな。よし! それじゃ交渉成立だ。そこのお二人さん、お姉さんの病気は責任もって彼が治すよ」


 ン……彼……?

 妙なことを口にした黒ジュノを反射的に見る。

 すると黒い指はびしっと幼いジュノを指していた。


「おで!?」


「当然じゃないか。外に出られないオレにやらせる気か?」


「いやいや! それこそお前ご自慢の、きっとこれまで水着やら制服やらメイドやら、飽きるほど着せ替えして遊んできたハーレムがあるだろ! お前が承諾したんだったらせめて自分の女にやらせろよ!」


「何馬鹿なことを。彼女らは現在進行形でお医者さんごっこ中であって、暇じゃあない」


「お医者さんごっこ優先かよちくしょう!! そもそも医者なんて一人もいねーんだから、言うなら看護師さんごっこにしろ!」


「……うん、確かに。それは盲点だった。さすがオレの分身。謹んで言い直そう――彼女らはエッチな看護師さんごっこで忙しい」


「ケッ!」


 苛々し過ぎておでこに満遍なく青筋が立つ。


「これが終わったらみてろ――って、ああくそ! それでも分離状態の解決にはなってねーからまだハーレムはおれのものじゃねえ! くそ! くそ! くそ!」

 いつの間にやら元気になった幼いジュノは、無いようで有るような床を全力で蹴りつける。


「てことで、話がまとまった事だし、あ、そうそう。思い出した。ジュノ。ノエルとシエルから一言あるそうだよ」


 名前がよく似ている事から、ん……ああ双子か、と幼いジュノの目線が動く。


 双子とはすぐ目が合った。

 その目はどちらも鬼の角のようにつり上がっている。


「こらジュノ! 天使の庭を見つけたなら真っ先に声かけろオタンコナスっ」

「そーだそーだ! オタンコナスのくせに生意気なーっ」


 編み込んだ前髪の片方を垂らす双子もまたナース姿で(司書を装っていた時もそうだが双子はロングスカートが好みらしい)、拳を掲げてブーブー文句をジュノに向かってぶつけてくる。


「しょ、しょうがねーだろ……」

 幼いジュノは狼狽えながら、

「あん時は自分で思っていた以上に真剣だったんだ。お前らに声をかけるとかこれっぽっちも頭の中になくて――」


「男のくせに言い訳だとーっ!?」

「男だったら潔く謝れー!」


「わ、悪かったって……。こんな小さい子をそんな寄って集って責めるなよ……」

 仕方なく謝ると、


「誠意が全然感じられないネ」

「ネ」


 双子の瞳がギラッと光った。


「やっちゃおう」

「そだね、やっちゃおう」


 ……嫌な予感。

 すると唐突に黒ジュノが声を張り上げた。


「全員命が惜しかったら今すぐジュノから離れろッ!!」


 幼いジュノが「えっ、えっ」とパニック状態に陥る一方で、周囲の者達はまるで台本が用意されていたかのように一斉にサササッと離れていく。


「ちょ待った、お前ら――」


「オーラムサライアム、レイアムシャッハレイアゾルテ、ア、シャンテ……」

 突然、それは始まった。

 脳裏を過ぎった嫌な予感がいよいよ現実味を帯びてくる。

「メートゥロロロイト、セッファゾルタ、レチェピアーコルゼ……」


 注目すれば絶対に見たくないものが目に入ってしまう。しかしそうと分かっていても幼いジュノは恐い物見たさの衝動に駆られ、魔法と魔術に対する興味が理性を打ち負かす瞬間を体現した。


 双子は共に両手をこっちへ向けながら、今なお魔法を発動するため詠唱を続けている。それに加えて親指ほどの魔石が――少なく見積もっても30はあるだろう魔石が、彼女らの周りをぐるぐると回っている。


「えっと……。いーち……にー……さーん……」


 もはや現実に頭が追っつかない幼いジュノは、コツコツ数えて無意識に現実逃避していた。


「ハハハ……、ありゃあ駄目だ。死ぬわおれ。ハハハ、あんなのむりむり。あんだけの数の魔石を制御できるって、これがゲームだったら勝ち目のない負けイベント決定だな」


 そこでふと思いつく。


「……ああ、そうか、なるほど。適正レベルで来るだろうと思って待ち構えていたら、相手のパーティのレベルが全員マックスで、『あ、これオレ戦う意味ねーじゃん』って時のラスボスはまさしくこんな気持ちなのかもしれないな。はあ、せつねー」


 だが双子の詠唱はそんなのお構いなしに続けられ、とうとう終わりを迎えた。

「デアゾーマ、ラウガ……我が眼に宿るレイアゾルテの魂を今ここに解放する!」

 背筋がぞっとするほど乱れのない双子の声は何層にも重なっているように響く。


「「究極星海嘯(ゾルティ・レイ)!!」」


 遙か彼方より降り注ぐ無数の隕石によって歪みが生じ、時の波が矢継ぎ早に押し寄せる。するとあっという間に辺りは様変わりし、数多の時の紐がまるで海流のように流れていく時間の海がすべてを覆った。

 やがて、うずくまっていたのか、それともただ眠っていただけなのか、下方から超巨大な鎧――いや角とおなじく様々な部位が突起する鎧を纏う巨人が出現した。それはどこか不気味な古代生物を連想させる。

 そんな鎧を纏う巨人が体内のエネルギーを全て解放するように口を開いた。

 次の瞬間、数え切れないほどの星が一点に集中して降りそそぎ、間髪をいれず世界は逆立ちでもしたのか上下反転しながら超新星爆発が起こり、何もかも跡形も無く消えた。


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 目を覚ますと、何故か見知らぬ物体に閉じ込められていた。

(な、なにこれ! 何がどうなって……)

 クラマは爆発する寸前でドゥーガルを投げたところまでは覚えていたが、それ以降のことは何一つ覚えていなかった。


「だ、だれかーっ! 助けてー! さらわれる! ぼく宇宙人にさらわれちゃうよーっ!!」


 どん、どん、どん。

 必死に白く濁った、薄っぺらいのにやたら頑丈な壁を叩く。感触はプラスチックによく似ているが、強度はその何十倍もありそうだった。いくら叩いても自力で割って脱出とは都合よくいかないだろう。


 するとしばらくして、「ピピピ扉が開きます」とどこからか女声が届いた。

 かと思えば、彼女の言ったとおり扉が音もなくスーッと足下のほうへ引っ込んで、目映い明かりとともに開放感が飛び込んできた。


「んー!」


 立ち上がって体を伸ばす。

 そうしながらふと思い出して自分の体を確かめてみると、失われた腰回りの肉が元通りになっていた。もはや棒きれではない。


 良かった。

 そう胸をなで下ろしたのも束の間、ハッとして自分の顔に触れた。


 ――居ない。ドゥーガルがどこにも居ない。


 直後、濁流のように苦しい気持ちが押し寄せてきて、胸を押さえずにはいられなくなった。

 そこへ不意に、少し離れたところから聞き覚えのある声がいくつか聞こえてきた。その声にわずかながらホッと安堵の息が漏れる。


「ジュノ……。シャムエルちゃん……。良かった宇宙人じゃなくて……」


 自分が寝ていたカプセル型の装置を一瞥してからクラマは、部屋と部屋を繋ぐ通路へと向かい、彼らがいると思われる方向へ進んだ。二人に聞けばドゥーガルの事が分かるはずだ。

 そうして辿り着いた部屋には思ったとおりジュノ達がいた。


 何とジュノに至ってはなぜか体が小さくなっている。

 だがしかし、もう一方の異常さに比べれば、そんなのはほんの些細な事だった。女の子の部屋を物色していたら実は整形手術でおっぱいを大きくしていたという事実を知ってしまったくらい気にする程の事ではなかった。

 驚くことなかれ。

 その場には、見たこともない真っ黒な宇宙人がいたのだ。



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