第14話『レガ姉弟』視点:クラマ&ジュノ
「姉さん。下がってて。コイツ……侵入者だ」
そう言って間もなく少年の背後に、文字よりも三角や四角といった図形が数多く組み込まれた魔法陣が出現した。
すると、魔法陣から細かいブロックが一つ、二つ、三つと現れ、それは海底からわき出る泡のように見る見る数を増していく。
(これはマズい……。何をもってぼくを変態扱いするのか分からないけど、とにかくマズい)
クラマはいつでも逃げ出せるよう一歩後ずさる。
(きっと……ジュノの探してる魔導士って、こいつの事だ。……だとしたら、当然ぼくをすんなり葬る危ない奴と融合するに決まってる)
やがて、数え切れないほど次から次へと出てくるようになったブロックは、あっという間に少年の体を埋め尽くした。
固い鱗めいた銀色の人型が形成されていく。しかしかたちは似ていても見るからに人ではない。胴体はぐーんと伸び、トーテムポールのように長くなった後、その先にちょろっとおまけ的な感じで両脚が生えた。
(ドゥーガル。聞こえてる? 恐いだろうけど、心配しなくていいからね。君の事はぼくがちゃんと守るから。ぼくのところに来たことを絶対後悔させないよ。たとえどんなに強い魔導士が出てこようとぼくは負けない。絶対に)
そうして誓いの言葉をクラマが心の中でささやく一方、相対する相手の顔は最後に変貌を遂げ、程なく別人は出来上がった。
「ウヒィイ……」
血生臭い息を吐き、口が裂けるほど笑う人ならざる者。銀色の容器のような丸い頭部にはハニワによく似た顔が浮かんでいる。率直に言ってしまえば不気味である。
そんな気色悪い奴が、今から君を食べちゃうよおグフフと舌なめずりするのを見ると、思わず背筋がゾッとした。
と言ってもそれは生理的に受け付けないというだけで、足が震えて動けないといった恐怖心は全く生じなかった。
「なんだ、どんな奴が出てくるかと思ったら、ただの不細工じゃないか。人工妖精かエイリアンか知らないけど、拍子抜けだよ。こんな奴を選ぶなんて保護されてる割に大した事無いね。もっとも、更に強い奴と融合したってぼくは負けないけど――」
肩をすくめてそんな軽口を叩いた、その次の瞬間、何かが頬をかすめた。
カツンと仮面が音を立て、ン、と怪訝な顔をするクラマ。
数瞬後、何とその背後で大地を焦がす大爆発が起きて、地面が大きく揺れた。さらに爆発時に発生した炎は柱となって天高く舞い上がる。
「……えっ……?」
振り向いて間もなく、ちょろんと鼻水が垂れた。
もちろんそれはドゥーガル扮する仮面にクレヨンで描いたような偽物だ。でも反応としては何一つ誤りはない。
「……つよ」
残念。またまた読みは外れたのだった。
「そうだよね、わざわざ融合するんだもん。そりゃ強いのを選ぶよね」
何当たり前なこと言ってるんだろうぼく、とクラマは凹んだ。
舞い上がる炎から火の粉がゆらゆらと飛んでくる。
真っ赤に燃えるそれはまるで火でできた雪だった。
このままだと視界を火の雪に埋め尽くされそうなクラマは鼻水を垂らしながらも、選択の余地はない、どうにかして自分で切り抜けなくてはならないんだと自分に言い聞かせる。
無傷で済まされる見込みは薄いだろう。
容赦なく炎で焼き殺そうとしてくる敵と真っ向勝負なんてもっての外だ。
「でも……、負けられない。ぼくは誓ったんだ。ドゥーガルを守るって」
腹を決めてクラマは突然ぶわっと全身を散らした。一カ所に集まっていた虫が一気に散開するように。
「だから……ぼくは逃げ切る!! ジュノ達が戻ってくるまで!!」
――数分後。
どーん、どーん。
「ひいいいいいいいいいいっ!」
逃げても逃げても、やたらしつこい銀色のハニワは鼻をほじるのをやめない。弾は無限にあるのか、やりたい放題で鼻クソを飛ばしてくる。まるで公園であそぶ疲れを知らない子供のようである。
「負けないっ! ぼくは負けないっ! 当たらなければぼくは負けないっ!」
どーん、どーん。
次から次へと炎の柱が舞い上がる。
その威力と迫力ときたら、黄金の草をすべて燃やしきってしまうのではないかと思うほどに凄まじい。
だが、動くものに対する命中率はほぼゼロと言ってもいいくらいだった。
なのに。
「……うっ!」
相手はどうやらただの不細工ではなかったようだ。
何とここに来て、クラマめがけての発射からクラマが辿り着くであろう位置への発射へと切り替わり、相変わらず体を散開させた状態のまま走らされていたクラマの目前に、突如として鼻クソが飛んできた。
「それでもぼくは……!! 負けないっ!!」
素早くクラマは仮面に触れる。
そうして、めりっと剥がし、仮面を遠くの方へ上手に投げた。
「――ドゥーガルはぼくが守る」
直後、クラマの目と鼻の先で大爆発が起きた。
ちょうどその時だった。
「オイ。それはねーよ」
声に呼応するように時を刻む機巧が天に姿を現す。
チクチクチクチク。
チクチク……チクチク……。
チク……チク……チク……チク……。
こうして世界は流れを失っていった。
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ジュノは一糸纏わぬ姿、全裸で立っていた。
草や木、鳥達までも止まっているかのような極々ゆっくりな世界の中で、彼だけは普段と変わらない時の流れの中で自由気ままに動けている。
ただし、一つばかり大きな変化が体に起きていた。
全身の至るところに、多種多様な文字や模様が、赤く発光する血管のようなものでもって浮かび上がっているのだ。それによる痛みや違和感などはない。
さてと、とジュノは今し方リンゴの樹から生まれ落ちましたとでも言わんばかりに体を大きく伸ばし、何故か気怠げに歩き出した。
まず最初に、グルグルと唸る炎のそばへ行き、回収する。
言わずもがな拾うのはクラマを構成していたパーツだ。よく見るとギザギザしており、ぱっと見はお菓子の金平糖に見えなくも無い。
「これ全部拾うのかよ……、かー、めんどくせ」
ジュノは汚らしい茶色の金平糖を集めながらぶつぶつ文句を垂れる。
「何が『ドゥーガルはぼくが守る』だよ。ただ放り投げただけじゃねーか。それでお前が死んだら、その後はどうやって守るつもりだったんだ。ったく、後先考えずに行動するからこういう目に遭うんだぞ」
まだまだ続く。
「ドゥーガルなんかたかが人工妖精なんだから、むしろ餌にしてやれば良いんだ。その隙に仕留めるか逃げるかすれば、今頃こんなふうにおれがシャムエルの目の前で慌てて服を脱ぎ捨てて、わざわざこんなデメリットのでかい魔術を使わなくて済んだのによ。ふざけんなちくしょう」
愚痴はどんどん溢れ出てくる。そしてジュノは愚痴の締めくくりに、「勘違いすんなよ? 馬が合う相手と巡り会えたお前が羨ましいわけじゃねーからな」と言ってどうにか集められるだけ集め、どさっと山盛りのクラマの残骸を地面に置く。
「ま、大体は集まっただろ。足りねー部分は適当に補えば死にはしないはずだ。良かったなクラマ、全部灰になる前におれが戻ってきて」
――さて、とジュノは大きく息を吐く。
クルッと方向転換して銀色のハニワを視界にとらえる。
無論、そのままにしておく訳にはいかない。
いずれは消えると分かっていても、向こうだって自衛の為にやっていると理解していても、こちらに牙を剥いた以上、野放しにはできない。
ジュノは歩み寄ってそっと手をかざした。
「お前は消えろ」
そう言葉にした途端、世界の流れが正常に戻ったのと同時にすぐ近くで大爆発の続きが動き始め、その一方で銀色のハニワは一瞬にして木っ端微塵となり、散っていく霧のように跡形もなく消えた。
するとハニワの居たところには、融合が解除されたルオル・レガが目を丸くして現れた。
「こんなあっさり解除されるなんて……」
「ああ? ふざけんな。どこがあっさりだ。見ろよおれを、この悲劇の結末を!」
そう、時の流れを操った代償はとてつもなく大きい。
自らを指し示すジュノは変わらず全裸のまま、すでに全身の至るところに浮き出ていた赤い線はどこにも無く……しかし、あろう事かタイムスリップでもしたかのようにその肉体は小っちゃくなっていた。
青黒いミドルヘアの幼児は辛うじて二本足で立っている。
「どうしてくれんだよ!? 今から最低でも三日はこの状態なんだぞ!? こんなんでどうハーレムを楽しめっていうんだ!? ええ!? なんだ赤ちゃんプレイでもしとけっていうのか!? この人でなしめ!!」
「あ、赤ちゃんプレイ……?」
中性的な顔のルオルは彫像のように固まった。
その近くで、パーツが上手い具合にくっついて元の体を取り戻しつつあるクラマの元へシャムエルが駆け寄り、「ジュノさま! クラマさん生きてますよ!」と叫ぶ。
「ああ、良かったな」
幼いジュノも近くに寄っていく。
「はい。……それにしてもジュノさま、そのお姿は何というか……可愛らしいですね。魔術の反作用ですか?」
「か、可愛らしい!?」
幼いジュノはハッとして股間に手を添えた。
「お前! 今おれのポコチン見て言っただろ!?」
カッとシャムエルの顔が真っ赤になった。
「ち、ちがいますっ! 反論しますっ! ワタシはぽこちんを見て言ったのではなく、総合的に可愛らしいと言ったのです!! それよりも! そのお姿は魔術の反作用なのか教えてください!」
「反作用に決まってるだろこのポコチン!」
未だ股間を押さえながら幼いジュノは続ける。
「いいか、説明するとだな、いきなりお前の前で服を脱ぎ捨てたのは魔術に必要な条件のひとつで、今のこの状態はお前のいうとおり時間を操る魔術を使った代償だ。少なくとも今から三日は続く」
「三日ですか? はあ良かった。ワタシはてっきり一生このままかと――」
「一生このままになるような魔術ならクラマなんかに使わねーよ、ボケ」
「…………」
シャムエルが冷めた目で見つめてくる。
だから目を逸らすと、目前に立ち上がったクラマを見つけた。
「お? クラマ戻ったか」
しかし。
「ジュノ……、結構足りてないよこれ……」
言って直ぐさまクラマは倒れてきた。
すかさず幼いジュノはシャムエルと二人でそれを受け止めた。
「足りてないってどこが……、あっ……」
よーく見ると腰にもの凄いクビレが出来ていた。
「ハハハ。こいつこんなに細かったっけ?」
「ジュノさま、それ冗談になってませんよ」
「……全く、世話のかかる奴だ。シャムエル、お前はあの仮面を拾って持ってろ。おれはちと交渉してくる」
と言って幼いジュノは、ルオルといつの間にか傍に居たその姉のもとへ向かう。
「おいこら」
「ん?」
「ん、じゃねーよ。責任取れよ? テメエが大人しくしてればこんな事にはなってねーんだからな。責任取れ。果てしなく遠い未来まで責任取れ」
すると姉が弟ルオルの前に出てきて、幼いジュノを睨みつけてきた。
「責任ですって? それなら無許可でここに足を踏み入れた貴方達のほうの責任はどうなの?」
彼女の鬼のような凄みに幼いジュノは一旦引き下がる。それから、おいこいつ何だよ、と弟ルオルに目配りすると、
「この人は僕の姉。ムゥラゼマス・レガ」
と心なしか自慢げに紹介した。
成るほど、この弟にこの姉ありか、と姉弟の見た目を比較しながら幼いジュノは思う。彼らが肩を並べて立っているだけで他は影が薄まるのだ。
「ルオル、何でこっちが先に自己紹介しちゃうのよ。無礼なのはあっちなのに」
聞いて幼いジュノはムッとした。
「おいムゥ。無礼とはなんだ。おれ達はただ勝手に入っただけだぞ」
「それが無礼だって言ってるの。……ていうか、会って五分もしないうちに私を幼馴染みみたいに呼ばないで」
「呼び方ぐらいでケチケチすんなって。そんなんだから嫁のもらい手がないんだぞ?」
「あのね……」
呆れてものも言えないといった様子で姉ムゥラは頭を抱える。
「本気にしろ冗談にしろ、さっきからほんと無礼な発言ばかりしてるけど、私たち二人、ヴィンセントレイズ女王の子どもだってこと分かってる? 分かった上で発言してるなら貴方相当頭おかしいわよ?」
「ヴォンセントレイズ女王……の子ども……?」
思わず目を見張ってしまった。
「おい、嘘だろ……?」
「いいえ事実よ」
真面目な顔で言い切ってしまう相手に、んな馬鹿な、と幼いジュノは大きく溜め息をついた。
「勘弁してくれ。こんなとこで創作物の発表なんかすんなよ、恥ずかしい。しかもそれが現実だと信じ切ってるとか全然笑えねーから」
「創作物って……そんなふうに人を馬鹿にする方がよっぽど笑えないわよ。まあ信じなくてもいいけど、とにかくこれ以上私たちの生活を脅かすつもりなら、次はルオルが何と言おうと私も相手になるわ。容赦なく叩きのめしてあげる」
姉ムゥラの凜々しい目にわずかながら殺意が宿る。
すると思わず幼いジュノはきょとんとした。
「はあ? いやいや誰もそんなつもりねーよ。おれらはただそこの弟に手を貸してくれって言いに来ただけだ。あっちにいる冥王族の女にも協力してもらって苦労してここまで辿り着いたんだぜ? ちょっとくらい話聞いてくれよ」
ややあって、
「え?」
姉ムゥラが目を瞬かせる。
かたや弟ルオルは黙って疑いの目をジュノに向けてくる。
幼いジュノは、一瞬にして表情を変えた姉のほうの反応を見るなり、あーもう警戒心解けたか姉のほうはちょろいな……、いやそもそもあの好戦的(アグレツシブ)な遭遇(実はその時から隠れて様子を見ていたのは内緒)の後だから警戒心が緩みやすくなってたのか……、よくやったぞクラマ! と勝利を確信して頬が緩んだ。
しかし咄嗟に、腹の底からこみ上げてきた笑みをかみ殺す。
心を読む術をもっているなら既に手遅れだろうが、そうでないなら今ここで姉にも変なふうに勘ぐられて下手に疑念を抱かれる訳にはいかない。
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