第35話 さまよえるオランダ人
●さまよえるオランダ人
ケープタウン(希望峰)沿岸に出没するという空想上の船。この船は、ほかのどんな船も危険を恐れて帆一枚挙げられないようなときに、すべての帆を広げる。
この脅威の原因についての最も一般的な説によれば、その船はもともと豊かな積荷を積んだ船だったが、船上でなにか恐ろしい犯罪が行われた。
次いで、疫病が発生し、罪人たちは港から港へとむなしく彷徨いながら、豊かな積荷と引き換えに安住の地を探していたのだが、どの地でも疫病を恐れて断られたらしい。
そして船乗りたちのうわさによれば、神は船上で行われた犯罪に対しての懲罰をいつまでも人々の記憶にとどめるために、今なおこの惨事が起きた海域に、「さまよえるオランダ人」を出現させるのだという。航海者たちは、これが出現すると不吉な前兆と考える。別名「オランダの軽業師」とも言う。
●オランダの軽業師
海賊や忌まわしい残虐行為を犯したため、神の裁きを受けてこの世の終わりまで海上をあてなく彷徨う仕儀(しぎ)となったオランダ船のこと。あらゆる国の船乗りに信じられており、この船に出会うと凶兆とされる。当代のある作家がこの言い伝えを海を舞台に見事に描いているのでここに記したい。
幼いころ、船の横揺れに慣らそうと老いた父は私を腕に抱いてゆすりながらよく話しをしてくれた。また父はこれがまったくの実話だと誓っていた。
ある晩、ケープタウンの沖合いで一人の見習い水夫が、日ごろ毛嫌いしていた一匹の猫を無残にも生きたまま海に放り込んだのだ。すると、まるで申し合わせたようにたちまち恐ろしい突風が船に襲い掛かり、わずかな帆でさえ張ってはおれぬありさまとなってしまった。
船は仕方なく帆を降ろし、速度を落とし突風を抜けようと試みる。そうこうしているうちに真夜中になり、船乗りたちは驚嘆する!なにしろこの荒れ狂う風に乗って、みたこともない造りの船がまっすぐに向かってくるのだ!
その船は、帆はぼろぼろに垂れ下がり、乾舷ときたらまるで大昔から掃除などしたかのないように、貝殻だの海草だのが厚くびっしりとはりついている。
船乗りたちが、その妙な船を観察しているうちに、小舟が1艘降ろされたが、そいつは浮かぶというより、飛ぶようにして嵐の海を進んでくる。
そしてわれわれの船に横付けすると、一人の男が現れた。
その男は、長いひげを生やし顔は蒼白で、目は死人のようにうつろにすわっている・・・。さらには、まるで亡霊のように物音一つ立てずに手すりから甲板を滑って陣取ると、船乗りたちに骸骨のように骨ばった手に持った紙の束を差し出して、受け取ってくれと泣いてせがむのだ。
だが船長は決して受け取るなと指示を出す。
いい忘れたが・・・と私の父は声をひそめて言ったが、すでに聞いている私たちはだんだん怖くなって、お互いに身を寄せて縮こまっていた。父は続ける・・・・
その不気味な幽霊みたいなやつが甲板に足を踏み入れたとたんに、全ての明かりが消えてしまった。羅針盤の中を照らした光までもが!
そしてそれと同時に、こいつも妙なことだが、船が風と波に逆らって、びっくりするような速さでバックし始めたのだ。網具の間では無数の小さな炎が戯れあって、おびえきった水夫たちの顔を照らしている・・。
「万能の神の名において、私の船から立ち去るように命じる」と船長がその幽霊に向かって叫ぶと、その言葉が終るか終らぬかのうちに、1000人の人間が集まってもこれほどの声は出せぬと思えるような叫び声が嵐の騒音をかき消すように響いて、ものすごい雷鳴が船を竜骨まで揺さぶった・・・。
その船はめったにないことだが、どうにかこの場を逃れることができた。また、オランダの軽業師と呼ばれる幽霊乗組員から、両親や友人あての手紙を預かった者は、それらの受取人がとうの昔に他界してしまっていることを知ったという・・・・。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます