第33話 群れのボス

 リアクースとレルカの二人は負傷して地面に横たわっている受験者達の手当てをするべく合流してすぐに駆け寄っていた。クードは、何かを探すようにリアクースの周りをうろうろしている。しかし、リアクースはリクルースが襲われた瞬間を目撃してしまい一瞬動揺してしまった。その名を呼びかけ、動きが止まる。しかし、視線の先ではジェノが攻撃を受け止めた。ジェノに突き飛ばされたリクルースもすぐに立ち上がり、どうやら無事だったようだ。ほっと安堵する。


 そこへレイドが走ってきて、リアクースの横を通り抜けてジェノの隣へ並び立つ。コーキンが他の者達の苦戦を感じ取り、寄こした援軍だった。レイドは剣と盾を持ったオーソドックスな剣士。しかしその実力はBランクと一流であり、その安心感は凄まじいものであった。


「黒岩槍!!」


 三体の隠密狼をジェノとレイドの連携で抑え込み、リクルースが空へと漆黒の槍を放つ。リクルースはすぐに魔法を隠密狼へと向けて前衛二人の援護にまわる。枝葉を蹴散らしながら空へと打ち上げられた合図を見て、リアクースはようやく我に帰る。


 索敵の仕事を見事にこなして受験者達と合流できた今、二人のすべきことはまず受験者達の手当て。レイドもやってきてジェノ達の手助けに入ったことで、隠密狼の群れとの戦いも希望が見えた。今は自分に出来る事をしなければいけない、とリアクースはまずは全員が死なない程度まで手当てに専念しようと決意を固める。その為に危険を承知で付いてきたのだから。そして、合図が上がったことでもうすぐ現れるだろうジェノの従魔に対しても、希望を抱いていた。彼女が来れば、隠密狼はすぐに何とかなると。


「ひどい怪我・・・」


 リアクースはギルド職員のレスポーの傷を見て思わず呟いた。血まみれの服を捲り上げたら腹部に背中まで貫通する大きな刺し傷が存在していたのだ。ただレスポーは気を失ってはいたが、回復魔法がかけられていたらしく血は止まりかけていた。そうでなければ大量の血を失って既に死んでいただろう。しかし、完全に助かったという訳でもない。早く街へ連れ帰ってきちんとした治療を行わなければ危険な状態である。


 リアクースはとレルカは一先ず隠密狼だけでも倒しきられるまでは動かすことも出来ないと判断して、命に関わる傷だけを優先して治療していた。リアクースは回復魔法で、レルカは魔法は苦手な為液体の回復薬を用いて。レスポーに対しても回復魔法を使うべく、リアクースは集中する。その時、背後で誰かが動く気配がした。


「ぐっ・・・!」


 リアクースの視界の端には受験者の一人に回復薬を振り掛けるレルカの姿が映っている。振り返ると、剣を逆手に握った女の受験者にクードが横っ腹から体当たりをぶちかました瞬間であった。


「クード!?」


 リアクースは思わず驚きの声を上げてしまう。目の前の光景に思考が追いつかず、呆然としてしまう。その間に相手を転ばせたクードがリアクースの前に陣取り、激しく唸っている。リアクースの声を聞いてレルカも駆け寄ってきていた。未だ思考の追いつかないリアクースの前で、クードの体当たりを受けて転んだ女受験者がゆっくりと立ち上がる。


「ちっ、同族の癖に狩りの邪魔をするとは、忌々しい」


 その顔は憎悪に歪み、逆手に握っていた剣を順手に持ち替える。そしてその姿は段々と人狼状態へと変化していく。その身体は他の隠密狼よりも一回り大きく、毛並みも黒さが深まっている。頭部にはたてがみのような毛が背中にかけて生えている。


 コーキン達ガイサ討伐隊が接近してくることを察知した隠密狼の群れのボスが、再び受験者の一人の姿をして倒れている受験者の中に混ざっていたのだった。しかし、倒れる受験者達の中に混じる獣の臭いを感じ取っていたクードは、警戒を緩めなかった。そのお陰で、間一髪のところでリアクースを救うことが出来たのだった。


「くそっ、まだいやがったのか!リアクース、逃げろ!」


 隠密狼の攻撃を受け流しながら、ジェノが叫ぶ。ジェノ、レイドの二人にリクルースの援護が加わわれば隠密狼三体も勝てない相手ではない。しかし、相手は森という地形を上手く活かし、姿を隠しながら襲い掛かってくる。圧倒的な力量差があれば話は違うのだろうが、残念なことにそれほどの差は存在していないのだ。そんな状況で背中を見せるということは、前線が崩壊することを意味する。それ故に、ジェノは逃げるよう声をあげるしかできない。


 妹であるリアクースもそれを理解しているのか、歯を食いしばるだけで助けに向かうことは出来ない。出来るのは、連射の効く魔法を何度か向けることだけであった。


「いいえ、私達が逃げたらそっちに行ってしまうわ。こいつは、私達が仕留める!」


「そうね、だまし討ちなんて犬族の風上にもおけないもの。クード君はリアクースちゃんを守って偉いね!」


 覚悟をしたように弓矢を構えるリアクースと、クードの行動を褒めながら目線を目の前の隠密狼から一切そらさず、愛用の二本の短剣を構えるレルカ。


「くくく、貴様らごときでこのオレ様を止められるかな?」


 不適に笑うボス隠密狼は、体格に不釣合いな剣を構えて目の前の獲物を見やる。このボスからすれば視界に映る二人と一匹は大した敵ではなく、おそらくレイドとジェノとリクルースが参戦してようやくといったところである。それも、他の隠密狼がいなければ、という条件での話だが。


 レルカは、明らかに格上の相手に対して、本音では逃げ出したかった。そもそもレルカは直接戦闘が得意な冒険者ではない。Cランクの冒険者だけあってある程度はこなせるが、隠密行動に長けたタイプである。そんなレルカが逃げないのは、仲間と認めたクードが主人としているリアクースが立ち向かうと決めたからである。無理に付き合う義理も本来は無いはずなのだが、ケモミミ族の犬族としての誇りがそれを許さなかったのだ。無理やりに笑みを浮かべて、絶望的な戦いへと身を投じる覚悟を決める。


 手始めとばかりに、番えた矢をリアクースが放つ。それを合図としたかのように、ボス狼が飛び出す。その動きは、射手として優秀なリアクースからしても早いと感じた。もちろん矢は最低限の動きで回避され、そのまま距離を詰められる。そのまま攻撃をもらうのを悟ったリアクースだったが、その間にレルカが割って入っていた。小柄な体格と身体能力を活かした動きは、相当に素早い。


 ボス狼の振るった剣をレルカは短剣を交差させて受け止めてみせる。しかし、体格が小さい分体重は軽い。衝撃を受け止めきれずに吹き飛ばされ、受け止めようとしたリアクースと共に地面を転がる。そんな二人に追撃はなかった。


 レルカが攻撃を受け止めると同時にクードが人狼の姿になり、倒れている受験者の武器を持って切りかかっていたのだ。ボス狼はまるで最初から一連の動作であったかのように手にした剣でクードの攻撃を受ける。何度か切り結んでいる間に、レルカとリアクースは急いで立ち上がる。


「リアクースちゃん、距離をとって援護して。クード君と二人でなんとしてでも近づかせないから!」


「うん、わかったわ!」


「行くよクード君!とにかくこらえるの!」


「ヴォウ!」


 素早く会話を終えると、リアクースは後ろへ、レルカは前へと走る。自分にあのボス狼を倒す攻撃力がないと理解しているレルカは、攻撃をリアクースに任せてクードと共に足止めに徹することを選んだ。クードもレルカの言葉に雄雄しく吠える。隠密狼の成体は人語すら解するし、しゃべることも出来る。しかしクードはまだ戦闘に特化した人狼形態ではうまくしゃべることが出来なかった。


 ボス狼の進撃を、レルカとクードは必死で食い止める。レルカは先程の反省から持ち前の技術を総動員して、まっすぐに攻撃を受けないように立ち回る。なるべく回避し、どうしてもかわせないものは二本の短剣で受け流し、逸らす。クードはまだ技術が足りずに何度も吹き飛ばされるがレルカ程軽量ではない。体力と

リアクースに対する忠誠心で何度吹き飛ばされても果敢にボス狼へ立ち向かっていく。そして距離をとったリアクースは、合間を縫うようにして金属の矢と魔法による水の矢を放つ。


 傍目で見れば、この戦いは優勢にも見える。しかし、実際はレルカとクード、リアクースの連携が絶妙なバランスで成り立っているからこそボス狼の動きを止めることが出来ているだけだった。ダメージもほとんど与えられておらず、レルカは一回一回の攻撃を綱渡りに対処していて一撃でも直撃すれば戦闘不能か、良くても大きな隙を晒すことになる。クードもなんとか食らいついているがその体力も無限ではない。リアクースにしても、レルカとクードの合間を縫って攻撃を放つことは凄まじい集中力を要し、いつ誤射をしてもおかしくない。


 誰か一人でも崩れればそのまま蹂躙されることは間違いが無く、この場にいる全員がそれを理解していた。しかし退くことは出来ない。それもまた、全員が理解していた。故に、退かない。


 そしてその時は来た。


 レルカが攻撃の軌道を見誤った。ボス狼の巧みなフェイントに引っかかったのだ。受け流すのを諦めて咄嗟に短剣を交差させて受けるが、受け止めきれずに再度吹き飛ばされる。しかし先程と違って運悪く、太く大地に根付く木へと叩きつけられてしまう。リアクースが咄嗟に放った矢は狙いが逸れてクードの足元へ突き刺さる。その矢に一瞬動きが止まったところをボス狼が切り伏せる。そしてそのままリアクースへと視線を向けるボス狼。


「あ・・・、あ・・・・」


 もはやリアクースに戦意は残っていなかった。魔法を放つことも出来ず、次の矢を番えようと矢筒に伸ばす手は空を切る。やっと掴めたと思っても、手が震えてしまってうまく弓を引くことが出来ない。


 ボス狼は恐怖を演出するかのように怪しく笑みを浮かべ、ゆっくりとリアクースへと向かって歩み寄る。


「くっそが!しつこいんだよぼけ!逃げろリアクース!」


 ジェノは悪態をつきながら進路を塞ぐ隠密狼に切りかかる。一匹を倒したと思ったら更に二匹やってきて、苦戦を強いられていたのだ。そのせいで、リアクースの助けに入れる者がいなかった。そう、この時までは。


「【融合躍進(ユニゾンドライブ)】!!」


 突如上空から、少女の声が響き渡る。リクルースが黒い槍を空に向けて放った時に出来た枝葉を貫く穴から、何かが落ちてきた。それは着地と同時に続けて降って来た龍と一体化し、渦に包まれ光を放っている。


 ボス狼も、隠密狼も、ガイサ討伐隊の面々ですら、動きを止めてその姿を眺めていた。ある者達は視線に警戒をこめて、ある者達は期待と希望をこめて。


 渦と光が弾け飛ぶ。


 そこには、龍神の力をその身に宿した、美しい少女が立っていた。

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