第31話 牙を剥く悪意 3

 森の手前までつけて馬車が止まる。それと同時に扉を開けて全員が駆け下りていく。作戦は馬車の中で存分に話していた為に準備は万端だった。救援要請があってから結構な時間が経っている今はとにかく時間が惜しい。全員が馬車から飛び出すのを待たずにリアクース、レルカが走り出す。その後をもう一台の馬車から飛び出したクードが追いかけていく。


「君がクード君ね。お互い犬族としての誇りをかけて要救助者を見つけましょう!」


「ヴォウ!」


 森の闇の中へと突き進みながらレルカはそんなことをクードに言っているのが聞こえた。隠密狼って犬なのか?ていうか犬族で一くくりしていいんだろうか。本人(?)達がそれでいいんならいいんだろうけど。


「おーし、俺らも行くぞ!前衛班は彼女らのすぐ後。援護班はその後ろを付いて来てくれ!テッペは最後尾で背後の警戒しながら合流で」


 全員が森の中へ突っ込んでいきながらコーキンの言葉に各々返事をする。テッペは段々後ろへ下がっていくが、配置についてるのか遅れてるのか分からないぐらい必死に走ってる。どうやら走るのはあまり得意ではなさそうだ。まぁあの姿で早かったらこんな状況なのに爆笑してしまいそうだからよかったかもしれない。


 ちなみに、貧弱パラメータの俺はどうしてるのかというと、テッペと併走していた。だって俺走るの得意じゃないし!むしろ俺の方が遅いかもしれない。しかし走る為だけにスキルを使うのもなんだし、ここは他の手段でいこう。リクルースにお願いしていた方法なら、足の速さなんて関係ないからな。


 ちらりとリクルースの方を見ると、リクルースが笛を鳴らす。その音を聞いたアルクスが、木々の隙間から舞い降りてきて着地した。


「アルクス、スプリを頼む。もし魔人に遭遇したら合図する」


「ケェー!」


 そう、リクルースの従魔であるアルクスに空中を運んでもらうようお願いしておいた。アルクスは全身を武器にして突っ込んでいくタイプだし、鳥とはいえ力は結構強いらしい。そして俺を運ぶという無茶を聞いてくれたもう一つの理由は、アルクスは戦闘時は普通の鳥みたいに飛んでるわけじゃなく、スキルで身体を浮かせて高速で移動しているらしい。そのスキルで俺を浮かせて運んでいるので、負担は少ないとのことだ。ちなみにそのスキルは30kgくらいしか浮かせない点に注意だってさ。


 リクルースは指示を出しながら地面に降り立ったアルクスの横を通り過ぎていく。アルクスは一声鳴くと俺の肩を掴むと、降りてきた木々の隙間から空へと舞い上がっていく。あ、痛い、痛い、思った以上に枝が痛い!けど全身に鋭い痛みを感じたのは一瞬で、気付けば痛みは無くなって全身を撫でるような風を感じる余裕が出てきた。必死につぶっていた目を開けると、目の前には広大に広がる森が目に入る。


 おお・・・なんか感動してしまうくらい広い。アマゾンとかの映像を見た時の心境に近いけど、けどこの中から受験者達を探すとなるとかなり大変そうだ。上から見てすぐ分かればいいんだけど、時々隙間があるくらいで上からじゃ一面緑色にしか見えないから、リクルースからの合図に期待するしかないな。しばらくはこの空中散歩を満喫させてもらうか。









 その嗅覚は、冒険者達の接近を知らせていた。魔人ガイサの介入を警戒しながらも受験者達を全員戦闘不能にし、巣へと持ち帰ろうとしていた隠密狼達は作業を中断して新たな餌を迎え撃つ為に素早く行動を開始した。血の匂いを嗅ぎつけたらしく真っ直ぐ向かってくる冒険者達に対して、隠密狼達は二匹程近くに残してその道中へと隠れる。ある者は植物に、またある者は木へと化けて姿をその森に溶け込ませていく。


 そうなった隠密狼を見分けることが出来るのは、極僅かな者達に限られる。人間にとって、この隠密狼という魔物は最悪と言ってもいいほどに凶悪な能力を持っていた。


 今も、樹上で枝の一本に化けていた隠密狼が、手ごわそうな者達が通り過ぎた後に、やってきた人物へと狙いを定める。離れているとは言えない微妙な距離。その僅かな感覚でさえ、隠密狼には十分だった。真下に来る寸前で飛び降りて、本来の狼の姿でその者の口へと食らいつく。素早く横倒しにしてそのまま茂みの中へと引きずり込む。


「ん?」


少し前方を走っていたリクルースが、振り返る。しかしそこには既に、横から素早く飛び出した他の隠密狼が今襲い掛かられた冒険者の姿で走っていた。気のせいか、と気を取り直して走る。その後方の茂みでは、必死にもがいている冒険者の姿があるとも知らずに。









「あっち!かなり濃い血の匂いもするから戦闘になってるかも!」


「クードも同じ方向に反応してます!」


「わかった!全員、今すぐにでも戦闘に入れるよう準備!」


 偵察と索敵を兼ねて先行している二人からの報告を受け取り指示を飛ばすのは、このツォルケン大森林の中を逃げ惑うギルド職員率いる受験者達の救出と“装甲”の二つ名を持つ魔人ガイサの討伐の為に派遣されたパーティーの中でも二人しかいないAランク冒険者、コーキンだ。


 コーキンはもう一人のAランク冒険者テッペと共に、Aランクパーティーとしてコウロの街を拠点にして活動している。領主であるカリウェイにも頼りにされていて、魔人ガイサの一件も二日前から相談されていた。相談を受けていて対策を練り、準備をしているところでの今回の一件であり、あまり表立って言うつもりもないがコーキンにとっては丁度良いタイミングでの襲撃だった。


 予定では確定の戦力はテッペと二人であり、そこにジェノとスプリが加わるかどうかだったのだから突然の襲来によりこの人数での討伐に乗り出せたのは、確かにコーキンにとっては運が良かったと言えよう。

襲撃を受けてしまった受験者達は可愛そうだが、今回できっちりと討伐してしまえばそれ以上の被害は出ないのだから最小限の犠牲として既に割り切っていた。冷徹と責める者もいるかもしれないが、Aランク冒険者として名を馳せるまでに様々な経験を積んで来たコーキンにとっては、仕方のないことだった。


 レルカとリアクースの報告から更に少し走ったところで、その二人とクードが足を止める。それを見たコーキンは手で後ろのメンバーに合図をして自らも音を立てないよう立ち止まる。コーキンの視線の先では、小さく唸るような声をあげるクードと、髪の毛を逆立てるようにして進行方向を睨みつけているレルカがいた。


「この先に敵がいる。すごく獣臭いから魔人ではなさそうだけど、私の本能がこの先に行きたがらない。あと血の匂いがすごいから、半分以上は血を流してる。下手すると死んでるかも」


 レルカの報告を聞いてコーキンはリアクースへと視線を向ける。リアクースは興奮するクードを撫でて宥めながら、自らをも落ち着かせるように出来るだけ平静を装って返事をした。


「こんなに興奮してるクードを、初めて見ました。ガイサじゃないにしてもかなり危険な魔物がいるのは間違いないと思います」


 正直なところコーキンとしては、ガイサでなさそうなら敬遠したかった。自分は魔人ガイサの討伐の為にここへやって来たのだから。しかし、名目はあくまでも救援である。ここで無視すると言えば他のメンバーと意見が割れるのは間違いないだろう。そう判断したコーキンは、戦闘に入ることを決断した。


「よし、前衛班で突っ込むぞ。二人は後から付いてきて援護や要救助者の手当てを頼む」


 言うやいなや、コーキンは背中に背負っていた斧を両手で持ち、森の中を駆け出す。あくまでもガイサ討伐が目的ではあったが、出来れば救いたいというのも、コーキンの本音だった。前衛班の一人、レイドを筆頭に他の者達もコーキンに続く。前衛班の一人であるスプリは体力の温存の為に上空を進んでいてまだ合流してはいないが、コーキンはそれでも構わないと考えていた。魔人ガイサですら自分とテッペの二人での討伐も視野に入れていたのだから、レイドがいて他にも後衛が何人かいるこの状況はお釣りが来るほどの戦力にしか思えないのだから。


 走り出してすぐに、レイドが前方で動く何かが見えた、と思うと同時に、前を走るコーキンが斧を茂みの深いところへと振り下ろしていた。レイドが何かあったのかと問いかける前に、辺りにコーキンの怒号が響く。


「隠密狼だ!成り代わる隙を伺ってるから注意しろ!」


 それを聞いた他の者に緊張が走る。隠密狼はBランクのモンスターで、しかも群れで行動する。その知能は高く、弱い者や列の後ろの者をこっそりと殺し成り代わるという戦法で集団を絶望へと叩き落す存在。しかしコーキンは、植物に化けて気配を隠していた隠密狼を避ける間もなく一撃で殺して見せた。これが、Aランク冒険者の力だった。


 しかし、コーキンとて万能ではない。むしろ、索敵は苦手な部類であった為に森と同化し気配を断った状態の隠密狼を発見するのはコーキンからしても難しい。先程の攻撃は、獲物を前にして僅かな興奮を抑えきれない若を個体を仕留めたに過ぎないのである。それ故に、コーキンは声をあげて全員に警戒を促す。森に入る時点で一番警戒をしている魔物だとはいえ、まさかこんな浅いところにいるとはコーキンも思っていなかったのだから。


 そしてコーキンやレイドの目に入ったのは、横たわる7人の受験者達と、引率していたであろうギルド職員が一人。全員どこかしら軽くない怪我を負っているが、微かに動いていた。その奥に、薄暗い森の中では黒にしか見えないはずの、けれども確かに感じる深い紫色の鎧を身に纏う魔人の姿があった。


「いたぞ、受験者達だ!多分生きてるようだ」


「コーキンさん、まさかあれが・・・」


「みたいだな。おい、これはお前がやったのか!」


 真っ先にこの光景を目撃したコーキンとレイドは、前方に静かに立つ魔人ガイサへ警戒して立ち止まりながらも視線だけで受験者達の安否を確かめる。全員に息があるのを確認して安心しつつも、警戒は解かない。後ろにテッペとスプリ意外の者が追いついてきて、余りの光景に固まっている。スプリを運んでいるアルクスへ合図を出すはずのリクルースすら呆然としている。


 そして視線を一身に浴びる魔人ガイサは、まるでおどけた様に返事をしてみせる。まるで、何事もないかのように。どこまでも平然と。


「いいや、こいつらをやったのは俺じゃあない。そいつらだ」


 ガイサが言い終わるのと、リクルースの背後から杖が振り下ろされるのはほぼ同時だった。


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