第30話 牙を剥く悪意 2
魔人ガイサは腕を組んだまま相対するレスポーの方を見つめたまま動く気配は無い。全身を黒に見える程の深い紫色の鎧で覆い、顔もフルフェイスで窺う事は出来ないのだが、レズポーは射抜かれるような視線を感じていた。
「後ろの奴ら、助けなくてもいいのか?」
ガイサはレスポーの背後へと視線をやり、問いかける。それに対してレスポーは怒りをなんとか精神力で抑え込む。こいつは何を言っているのか、という考えがレスポーの頭を埋め尽くす。彼の背後では突如正体を現して二足歩行の人老形態へと変化した隠密狼が受験者達へと襲い掛かっている。
受験者達は全員Cランクのテイマーであり、Bランクへ昇格するための試験を受けに来るほどの実力者達だ。しかし隠密狼はBランク。高い知能と人に化ける能力で危険地帯へと誘い込む能力を持つことからBランクという危険度になってはいるが、戦闘力も低い訳ではない。Cランク上位クラスはあるし、何より隠密狼は群れで狩りをする。今は動ける受験者全員で対処しているから優勢ではあるが、もし群れがやって来たら受験者達では敵わないだろう。
しかしレスポーは動かない。いや、動けないというべきか。目の前には隠密狼すら遥かに量がする脅威が存在しているのだ。ここで受験者達を助けるために背中を見せれば、襲い掛かられてしまうのは明らかだった。
「何なら俺が全員始末してやろうか?そうしたら俺と戦えるだろ?」
返事の無いレスポーへ、ガイサは続けて問いかける。その言葉を聞いたレスポーの背筋を冷たいものが走るような感覚があった。
全員、始末する?まさか、後ろの受験者達のことを言っているのか?守るものを全て無くせば、戦うしかなくなると言いたいのか?まずい、何故だかはわからんがすぐに襲い掛かってくる気配は無い。ここはいちかばちか一旦隠密狼を倒すしかない。
「ま、待て!彼らには手を出さないでくれ!私が片をつけてくる」
「そうか、分かった」
レスポーは混乱しつつもとにかくガイサが動かないように口を開く。ガイサが素直に返事をしたことで、レスポーは安堵の息を吐く。そして意を決して振り返り、隠密狼と戦う受験者達の下へ駆け寄っていく。そこではいつの間にか二体に増えていた隠密狼と受験者達が従魔と共に激しく戦っていた。レスポーがガイサと対峙している間に、隠密狼の群れの仲間が一体合流していたのだ。
その中で一人の女の受験者が、遠巻きに戦いを眺めているのをレスポーは見つけた。剣を抜いてはいるが、手も脚も震えてしまっている。どうやら、いつ襲い掛かってくるとも知れぬ魔人から逃げ続けて疲弊したところで隠密狼の襲撃に遭い、恐慌状態に陥っているらしかった。
レスポーは背後からの攻撃が来ないことに安堵し、魔人ガイサという存在は噂が一人歩きしただけでそこまで凶悪な存在ではなかったのかもしれないと考えながらも素早く震えている受験者へと駆け寄る。
「ヴィクティマさん、無理せずに離れていてください」
「あ!わ、私も冒険者として戦います・・・!」
声をかけたレスポーに気がついたヴィクティマは、安堵の笑顔を浮かべる。そして決意を口にするが相変わらず恐怖で脚が震えている。とてもではないが戦力になりそうもない。むしろ、魔法で戦うレスポーにとっては恐怖で動きの鈍い前衛など邪魔でしかなかった。
「大丈夫ですから、下がっていてください。貴女は怪我をした方の手当てをお願いします」
「わ、分かりました!」
納得したのを確認してレスポーは走り出そうとする。そして、ドスン、と、背中に衝撃を感じた。
思わず足を止めると、背中の衝撃を感じた場所と、腹部から熱のようなものを感じた。思わず目線を落とすと、腹部から真っ赤な金属のような物が生えている。それが、背中から刺された剣だというのを理解した瞬間、激しい痛みが全身を駆け巡る。
「が・・ぎっ・・・」
レスポーは悲鳴が出そうになるのを歯を噛み締めてこらえる。ここで自分が悲鳴を上げれば、それを聞いた受験者達がパニックに陥ることを忌避したからである。そしてゆっくりと、まるで油の切れた機械のように首を回して振り向くと、そこには先程まで震えていたヴィクティマの顔があった。
浮かぶ表情は笑み。
レスポーは呆気にとられつつも、なんとか言葉を紡いでいく。
「ぐ、まさか、貴女も・・・!」
「ええ、私も、です。皆さんは美味しくいただいてあげますので、安心してください」
「がふっ!」
言い終わると、レスポーの背中から剣を引き抜いて蹴り倒した。それを見下ろすヴィクティマの姿は段々と人ではなくなっていく。隠密狼としての本性を表し、その高い知性と身体能力を活かす為に人狼形態へと変化する。隠密狼の恐ろしいところは、その高い知能と、身体能力、そして、人型になれる点である。人型になり殺した冒険者から奪った武器を使用する。単純な身体能力だけでCランク上位の強さを持つ隠密狼が武装した時こそ、Bランクとしての真価を発揮するのである。
故に、受験者達の状況は絶望的であった。何しろ二体の隠密狼と交戦していたら、後ろにももう一体出現したのだから。試験官達は既に倒れ、自分達は全員Cランク。しかも、隠密狼に成り代わられていた二人ことから何人かは犠牲になっている。その上、今は何もしてこないが魔人ガイサまで控えているのだから、もうどうしようもなかった。レスポーも立ち上がる気力すら無く、腹部の傷を両手で押さえて痛みにのたうち回ることしか出来ない。
ヴィクティマに化けていた隠密狼は、レスポーにもはや抵抗する余力がないと見るやいなや、受験者達の下へ駆け出していった。そして隠密狼に挟み撃ちされる形となった受験者達は必死に戦うが、時間が経つにつれ隠密狼はその数を増していた。そして一人、また一人と受験者達は倒れていく。
戦闘不能にさえ追い込めば新鮮な食料が手に入る隠密狼達と違って、殲滅か撃退しなければならない受験者達はもはや限界だった。
その光景を眺める魔人は、ただ沈黙していた。
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