第29話 牙を剥く悪意

 

 こうして俺達はツォルケン大森林へと向かう馬車の中で、作戦会議を行いながら到着を待っていた。馬車に乗っているのは俺、ジェノ、リアクース、リクルース、コーキン、後はBランク冒険者が二人とCランクが一人。


 Cランクの冒険者はレルカという名前で、動きを重視した身軽な装備は多分職業的にはシーフとかレンジャーみたいな感じだろうか。ケモミミ族という種族らしく、その中でも犬族になるらしい。美人。


 俺と同じくらいの身長なのに歳は20前半らしいのが驚きだ。Bランクの冒険者二人は長剣と盾の正統派剣士っぽい爽やかなおじさんがレイド。宝石に木が巻きついたような杖を持った魔法使いっぽいおじさんがギャレゲル。五人組のCランクパーティーに所属しているけど、今日は別行動をとっていたらあの騒ぎで、参加してくれたらしい。


 領主も付いてこようと息巻いてたけど、執事っぽいナイスミドルにいい歳なんだからと窘められていた。あの領主見た目は40くらいなのに、聞いたところによると七十目前だそうな。働き者というか、なんというか。その歳ならもう子供に家督を譲ってるんじゃないのか?まぁそれはいいや。


 テッペは御者代で華麗に馬を操っていて、クードとアルクスは要救助者を乗せる為の馬車の方に乗ってもらっている。この馬車は領主の用意した戦闘用の物で、扉は後方にしかなく、壁に側面の壁に沿って4人ずつ腰掛けるようになっている魔法具だ。中の空間が拡張してあるとはいえ、若干手狭ではあったから仕方ないね。俺も従魔だけど、ガイサと直接戦闘する可能性もあるとのことで、こっちに乗せてもらえた。


 この面子の中で指揮をとるのはもちろんコーキン。Aランク冒険者というのは、冒険者の中でも最高峰の存在で、Sランクはもはや伝説扱いされている為に実質的にはトップクラスという認識だった。そのAランク冒険者なら実力は申し分無いだろうし、わざわざ逆らって問題を起こすようなことでもないし。そのコーキンの立てた作戦は、こうだった。


 まずは索敵の得意なメンバーで大森林のモンスターを警戒しながら受験者達とガイサを探す。ここで活躍するのはリアクースと従魔クード、そしてレルカ。Cランクのランクアップ試験に参加するような奴らが逃げ惑ってるガイサの討伐にランクの低い彼女らが参加出来たのは、偵察や策的を得意としているのが理由だ。


 そして次に、ガイサを発見したらコーキン、俺、レイドの三人での近接戦闘で抑える。残りのメンバーは受験者達を避難させたり、遠距離攻撃や支援魔法でガイサと戦う俺達の補助に徹することになる。あとテッペは気配を消すスキルを持っているとかで、隙を伺ってトドメを狙うそうだ。


 俺含む全員がこの作戦に反対する意思を見せなかった。コーキンは満足そうに頷いている。前方の御者台に繋がる窓からは長大な緑がかなり近づいている。さぁもうすぐツォルケン大森林だ!










「皆さん、付いてきてますか!?」


 太陽の光すら遮ってしまう木々の下を、必死に走る集団がいた。ここツォルケン大森林には様々な種類のモンスターが生息している為に、腕に覚えのある冒険者でも中を通るときは深くない位置を慎重に進む。だというのに、この集団は後のことまで考える余裕が無いらしく、まるで何かから逃げ惑うかのようにひたすら走る。先頭を走る男、レスポーが振り返って声をかけると、何人かの返事がある。一瞬だけ振り返って受験者達が全員いるのを確認して男は再び走り出す。


 彼らは今日、テイマーのランクアップ試験でこの大森林を訪れていた。そして大森林の手前で、中へ入る準備をしている時にそれは現れた。大森林よりも少しだけコウロ寄りにあるダンジョンの方から、一人の人物がやってくるのを確認したのだ。


 最初は冒険者だろうと思ったし、仮に敵対行動をとったとしても何しろCランクの冒険者が8名もいるし、試験官としてBランクの冒険者も付いてきていた。自分だって引退したとはいえ元々はBランクまで到達した腕利きだったから気にもとめていなかった。しかし、段々と姿が鮮明になるにつれて受験者達が騒がしくなり始めた。


「おい、なんかあれ、魔人ガイサに見えないか?」


「え、あれって御伽噺でしょ?」


「つい最近冒険者がガイサに襲われたらしいぞ」


「ああ、たしかそれってこの辺りだったよな・・・」


「ないない、有り得ないよ」


「だよねー」


 受験者達は口々に噂を言い合っているが、結局はただ面白がっているだけで本気にはしていない。しかし、試験官であるこの男はその姿に動揺した。ギルド職員でもあるこの男は魔人ガイサが出現するかもしれないと忠告されていたのだ。レスポーは試験を延期するか内容の変更を願ったが受け入れられず、現実として起こってしまった。


 とはいってもこの時点でガイサだと断定出来たわけでもなく、その漆黒のような深い紫色の鎧を身に纏った人物がランクアップ試験一行のところまでやってきて、


「俺と戦ってもらおうか」


 と言ってきても尚、本気で“装甲”の二つ名で語られている魔人ガイサだと判断した受験者はいなかった。その中で、レスポーと同じくガイサ出現の可能性を聞かされていた試験官として参加していたBランク冒険者だけは違った。目の前の鎧の人物こそがかの魔人ガイサだと判断して、獲物である槍を構えて突進したのである。


 ガイサはそれを己の要望に応じたのだと判断したのか、構えを取ると同時に全身の勢いを乗せた突進を槍の先端を受け流してBランク冒険者の腹へ膝をめり込ませた。金属製のハーフプレートごと、である。その威力をまともにくらったBランク冒険者は崩れ落ち、生きてはいるものの動くことは出来なかった。


 その光景を見てやっと、受験者達も目の前の鎧の人物とガイサを=で繋いだのだ。


「皆さん、森の中へ!」


 レスポーの判断は早かった。声を上げるやいなや、粘性のある火炎魔法をガイサへとぶつける。炎に包まれてガイサの上半身は見えなくなるが、レスポーは渋面を顔に浮かべる。レスポーが使用した魔法は絡みつくように付着した対象を燃やし尽くすまで消えることはない。そして普通の人間なら10秒で焼き尽くす程の魔法にも関わらずその両足はしっかりと地面を踏みしめている。大して効果が無いのを確認しつつ全員に森の中へ逃げるよう声をかけながら自らが一番に森の中へ突っ込んでいった。


 レスポーは逃げ出したくて仕方が無い訳ではなかった。むしろ最初に飛び掛った冒険者のように、ガイサと戦うつもりであった。しかし、現役のBランク冒険者が全く歯が立たなかったのを見て、受験者達を逃がすことを優先した結果が、ガイサの足止めをしつつ自らが森へ飛び込むことだった。それを見てようやく、呆然としていた受験者達も森の中へと続いていったのであった。


 ちなみに、この時ガイサがレスポーに向かって声をあげていたことを聞いた者は誰もいなかった。


 そんなことがあって、レスポー達は森の中を逃げ回っていたのであった。何しろガイサが来たのはコウロの街の方角からであり、後ろにはツォルケン大森林。平地を逃げてもすぐに追いつかれるだろうからという判断で、レスポーは森の中へ逃げ込んだのだ。


 薄暗い森の中で追われることは全員の精神に確実にダメージを与えていた。しかし、レスポーは比較的絶望してはいなかった。森に入ってすぐに放った緊急連絡の魔法がギルドに届き、救援が送られるのを期待していたからだ。もし間に合わないようならば、自分が身を挺してでも受験者達を守るつもりだった。それが、彼のギルド職員としての誇りである。


 しばらく走ったレスポーは、急に立ち止まる。後ろを走っていた受験者達も立ち止まり、レスポーが震えながら見ている先に視線をやると、紫色の鎧に身を包んだ魔人が、彼らの行く手を遮るように立っていた。炎は既に影も形も存在していない。レスポーは今度こそ絶望する。あれだけ真っ直ぐに走っても、自分達が気付かないように先回り出来るような能力で、現役Bランク冒険者が一撃で沈められた。もはやレスポー達に勝ち目など残されていなかった。


 ガイサへ対する恐怖と混乱で抵抗力が落ち、森に住むモンスターからの精神的な干渉を受けて気付かぬ内にUターンさせられていたのだが、レスポーに気付く余裕など無かったのだからそれは仕方が無いだろう。


「森の奥は多くの魔物が蔓延っている。奥へ行くのは危険だぞ」


 ガイサは特に構えるでもなく、平然と忠告してくる。その言葉は油断なく杖を構えているレスポーを苛立たせる。誰のせいで森を全力疾走することになったのか、と怒りを杖を持つ手に込める。その時、一番後ろにいた受験者の一人が突如剣を抜いて近くにいた受験者へ切りかかった。


「ぐっ!?」


「おい、何してるんだ!」


「誰かそいつを止めろ!」


「隠密狼か、言わんこっちゃ無い」


「貴様が仕組んだことだろうにいけしゃあしゃあと・・・!」


 後ろの混乱を眺めてガイサは肩をすくめる。レスポーはその態度に更に怒りを燃やしつつ、後ろの様子を伺う。突然切りかかった受験者は隠密狼の本性を表して他の受験者と対峙している。レスポーは受験者達を生き残らせる為に、目の前に立つ魔人へと立ち向かう覚悟を決めるのだった。

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