第28話 龍神乱舞



 闘技場を出てギルドへ向けて走り出したところで、俺とリアクースを追いかけてくる存在がいた。それはスズメバチを50cmくらいに大きくして禍々しく魔改造したようなモンスターだった。しかもそれが10匹、羽音を立てずにこちらを目掛けて飛んでくる。


「リアクース、後ろ何か来てる!」


「ええ、クードも気付いてるわ。多分あれはDランクモンスターのサイレントビーね。これも試験の内かしら」


 おそらく闘技場内で何かしらの目印をつけられてしまったんだろう。真っ直ぐこちらへ飛んできて、それを見た街の人達はどこか納得したように道を空けている。街の人達には事前に通達があったようだ。となるとリアクースの言うようにこれを乗り越えるのも評価の対象になるだろう。さすがにあのドアと戦うだけで済まないとは思ってたからそんなに驚くことでもないけど。


 でも、試験官の一人なんだろうけど、10匹も同じモンスターを扱うテイマーっていうのもすごいな。いや、もしかしたら女王蜂的なモンスターがいて、そいつが従魔なだけかもしれない。蜂だし。


「このままだと追いつかれそうだ。そろそろあのスキルを使うけど、そこからどうする?」


 俺が足を引っ張っているせいで走る速度はそこまで速くない。俺だって一般成人男性くらいの身体能力はあるけど、リアクースやクードからすると今の速度はかなり緩く走ってるのと同じに違いない。けど、【融合躍進】を使えばパラメータは跳ね上がる。選択肢としては、逃げるか、戦うか、


「そうねぇ、時間も勿体無いし逃げながら迎撃しましょう」


 逃げながら戦うか、だ。俺もそう提案しようと思ってたから、リアクースの方から提案してくれて手間が省けた。そうと決まれば早速スキルを使ってしまおう。もうすぐ後ろまで来てるからな。


「【融合躍進】!!」


 スキルを発動すると、足元から一匹の龍が現れて後ろに迫っていた蜂を何匹か弾き飛ばしてから俺の身体に突っ込んでくる。すぐに水の渦と眩い光に包まれて、弾ける。そうしたら変身完了だ。その様子を見ていた何人かの街の人の驚く声が聞こえてくる。リアクションをじっくり楽しみたいところだけど、そんなことしてる場合でもないから我慢だ我慢。


 飛躍的に向上した身体能力でリアクースに並んで目線を合わせると、ペースが上がる。大分抑えてくれてたみたいでかなり早い。それでも今の姿なら散歩でもしているかのような気軽さでついていける。俺達が走っているのは街を十字に走る大通りだけど、そこにいる人達はギルドから通達を受けてたからか特に動じずに道を空けてくれる。よく訓練されている。


 後ろをチラリと振り返ると。蜂もさらにペースを上げて、一匹の蜂がお尻についた大きな針を向けてこちらへ突っ込んでくる。親指くらいありそうな針に刺されたら痛いなんてものじゃないだろうな。多分毒もあるだろうし。


 ぎりぎりまで引き寄せてから当たる寸前に左に避けて、右側を通り過ぎようとする蜂に肘を叩き込んだ。肘についた突起が蜂を貫き、肘を叩き付けた衝撃でバラバラになりながら吹き飛んでいく。砕け散った蜂は光の粒子に分解されて消えていった。普通のモンスターじゃないのか?


「なんか死体が消えた!」


「多分あれは族長ボスクラス以上のモンスターが持つ【取り巻き召喚】のスキルよ。ていうことはBクラスモンスターのサイレントクイーンを従魔にしてる人が試験官として参加してるってことね」


 後ろを振り返らずに水の魔法を放って蜂を撃ち落しながら教えてくれるリアクース。迫る敵の動きを魔力を感じ取ることで、目で見なくても位置を把握してるようだ。やっぱり俺の予想通りに女王蜂を従魔にしてる人がいるらしいな。今追ってきている蜂は本物のモンスターというわけではなく、スキルの効果で魔力をモンスターの形にして動かしているが、能力は本物とほぼ一緒でしかも魔力が続く限りは何度でも呼び出せる。ただ固体ごとに同時に呼び出せる最大数は決まってる、というのを後からリアクースに教えてもらった。


「なるほど。あと6匹くらいだしまとめてもらっていいか?新しい技を試してみたい」


「ん、じゃあ任せたわね」


 リアクースは魔法を撃つのを止めるて走ることへ意識を集中していく。それを確認してから俺は思いついた必殺技を試すべく一旦加速してリアクースより100m程前の地点で振り返って立ち止まる。そしていくつかのパッシブスキルを使って必殺技の準備をする。


 まず手を掲げて【幻想投影】で頭上に全長10m程の龍を描き出す。と同時に【水の使い手】で水を生み出して、龍の幻影からはみ出さないように龍の形にして更に高速で回転して水の竜巻のような物を龍の内部に隠しておく。水の竜巻が起こす渋きや風は、まるで龍の身体から吹き荒れる嵐のようだ。リアクースが前方30m程の地点を過ぎた。その後ろには蜂が6匹真っ直ぐ向かってくる。今だ!


「龍神乱舞!」


 かっこいい技名をかっこよく叫びながら、投げつけるかのように右手を振り下ろす。それに合わせて幻影を、そしてその内部の水の竜巻を微妙にくねらせながら空中を飛ばしていく。走るリアクースとクードの頭上を通り抜け、後ろに迫っていた蜂の群れを大きな口で飲み込んでいく。実際にはぶつけるだけでいいんだけど、演出って大事だ。全ての蜂を飲み込んだところで上空へと上らせて、そこで消滅させた。我ながらかっこいい。もう追っ手もいないみたいだし、早くギルドへ向かおう。







「しゃーねぇ、オレの我侭に付き合ってくれねぇか、相棒?」


 ギルドに到着して中へ入ると何故かジェノがいて、突然声を掛けてきた。何事かと思ったけど、テッペやコーキンや、後姿的に領主っぽいのもいる。多分何かがあったんだろうな。せっかくジェノが頼ってきたんだから断る理由も無い。最初は“ムゲン”だとばれないように戦闘弱い系ヒロインを目指すつもりだったけど、今はムゲンの力を使わなくても結構強いし頼りになる系ヒロインを目指すことにしたし。


「しょうがないな、俺がどこまでも付き合ってあげるよ、相棒」


 そう答えると、俺の目の前、ジェノの対面に立っていた人物が振り返る。それは案の定この街の領主だった。中の様子を見てみると、誰もが慌てた様子で動き回ってて明らかに異常な光景だった。このメンツがここに揃っててこの騒ぎってことは、きっと魔人ガイサ絡みのことだな。


「何があったか詳しく聞いても大丈夫?」


 俺がそう尋ねると、ジェノは視線を領主の方へと向ける。領主は難しそうな顔をしている。


「試験官率いるCランクの受験者達が魔人ガイサと遭遇した。直ちに救援を送らねばならないので、もう時間が無い。参加してくれる者達は急いで準備を済ませたら北門へ集合してくれ。馬車はこちらで手配しよう」


 領主のその言葉に全員が頷いて素早く行動を開始した。俺もジェノについて建物を飛び出した。









 試験二日目ということである程度は準備してたジェノだったけど、さすがに魔人ガイサと戦うには心許無いということで、急いでジェノの家に戻って準備をして、急いで正門へ向かうことにした。ジェノの家に向かう途中に聞いたのは、ジェノのことだった。


 といっても生い立ちや経歴なんかじゃなく、単純にスキルのことだ。これからかなりの強敵と戦うことを考えたら、どんな戦い方をするのか気になったからだ。何回か見たジェノの戦い方は、普通に剣で敵を切る。あとはアイテムを使うのも何回か見たけど、スキルを使ってるような素振りは無かった。隠してるのか、そもそも持ってないのか。


 そうして返ってきた答えは、スキルは持ってるけど一つだけらしい。【使い捨て】というスキルで、効果は継続して効果のあるアイテムを一回発動したら壊れる代わりに、効果の全てをその一回に集約することが出来るというものだった。リクルースと戦った時にも、家の周りに薄いシールドを発生させて外界の影響を軽減させる家庭用魔力シールドを使ってリクルースの魔法を防いだらしい。一昨日見た、あのスタングレネードみたいなのも、明かり用のアイテムだそうだ。


 継続的に効果を発揮するアイテムにしか使えないし普通に聞いたら使いにくそうなスキルだけど、俺との相性がすごく良い。素材さえあればいくらでも好きなスキルを付与出来るからだ。攻撃でも防御でも、一発の奥の手があればそれだけで生死に関わることだってあるだろうし。問題はそのスキルを俺が使えるっていうのをジェノに伝えてないってことだ。


 いざとなったら覚えたことにして解禁するのもありかもしれない。でもなるべくばらさない方向でなんとか考えたいもんだ。コノミにも相談してみよう。

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