第27話 魔人襲来
冒険者ギルドコウロ支部は混乱の最中にあった。職員達は早急に有力な冒険者をかき集める為に街へ飛び出したり、慌てた様子でギルド内にいた冒険者達へ声をかけて周る。その中でも一際大きな声で職員達に指示を出している男がいた。茶色い髪に若干老けて見える顔、標準より少しだけ肉のついたその身体は、鍛えたことがほとんど無いと分かる。元々商人として働いていたこの男は、経営能力を代われて冒険者ギルドに雇われた。そのまま持ち前の経営能力と話術、抜け目の無さで、この支部のギルドマスターに就任したのだった。
今もギルドマスターであるキルスは指示を出し、更に領主であるカリウェイへと連絡を取りながら、内心では非常に焦っていた。この騒動の原因は、一人のギルド職員から届いた手紙にあった。
その職員はこの日行われていたテイマーのランクアップ試験のCランク担当の試験官の一人で、二日目の試験の為に、8名の受験者と共に北にあるツォルケン大森林へと早朝から向かったのだ。そして、昼も半ばに差し掛かるかというところで、試験官の魔法で生み出した鳥が手紙を運んできた。その魔法は緊急連絡の時に用いられるもので、足に巻いた紐の色で緊急性を表す。今回ギルドへと届いた連絡の緊急性を表す紐の色は赤。“生死に関わる非常事態”を表すものだった。
それを受け取った職員は慌ててキルスへと連絡し、手紙を渡した。建物の奥にあるギルドマスターの部屋で書類をまとめていたキルスは手紙を受け取って中身を確認すると、急いで職員達を動かした。そこに書いてあったのは、『魔人ガイサに遭遇。何人かが交戦したが歯が立たなかった為に受験者達とツォルケン大森林の中を逃げ回っている。長くは持たない。応援求む』というものだった。魔人ガイサはつい先日に北にあるダンジョンの辺りで目撃されたと報告はあったが、キルスは試験の決行を判断していた。
もちろん試験を中止にするか、内容の変更をという意見もあった。しかし、今回に限って色々なところからの圧力のせいでそうすることは出来なかった。そして、キルスがガイサの存在をあまり真面目に考えていなかったというのも理由の一つだった。
そうは言っても出てきてしまったものは仕方がないと、慌てて対応できる人員を探しててんてこ舞いという状況であった。そこにしばらくして現れたのは、領主であるカリウェイと、そのお抱えの冒険者パーティ“白黒”の二人だ。カリウェイの姿を確認したキルスはすぐさま駆け寄って一礼する。
「キルス殿、ガイサ討伐を依頼として受諾はしてもらえましたかな?」
「これはカリウェイ様、緊急事態とはいえお越しいただいてありがとうございます。もちろん緊急クエストとして登録させて頂きました。現在こちらで有望そうな冒険者達に声をかけているところです」
「うむ。報酬は弾むから、頼んだ。こちらでも戦力を用意しておきたかったのだが、ここにいる二人しか捕まらなかったのだ」
「お疲れ様ですギルドマスター。私達は討伐に参加する冒険者と話をしてきますわ」
「ああ、頼む」
白黒の二人はキルスに軽く頭を下げてから、この依頼を受けることを決めた者達の方へと向かっていく。この街を主な拠点として活動する二人はギルドマスターとも馴染みがあり、緊急事態というのも合わせて簡単な挨拶だけで済ませてしまう。それほど、今の状況は切迫していた。急いで救援を出さなければ、職員も含めて有望な者達が全滅してしまう。それは、領主であるカリウェイにとっても、ギルドマスターであるキルスにとっても避けたい事態であった。
「それで、集まり具合はどうだ?」
カリウェイがキルスへ状況を尋ねると、キルスの顔は苦々しい表情へと変わる。それだけでカリウェイは上手くいっていないのを悟るが、念のため確認をしておかねばならないと返事を待つ。
「それが、Aランクの者はそれこそ白黒の二人しか確認できておらず、Bランクの者達も居場所が把握できている者には連絡をしているのですが芳しくありません・・・。今のところ依頼に参加出来そうなのはたまたまギルドにいたBランクの冒険者が二人と、Cランクが一人くらいですな。後は行っても無駄死にするだけでしょう」
魔人ガイサ討伐という依頼を受けると言った者達はこの短時間でもそこそこ居た。それはこの緊急クエストを街で必死に宣伝している職員達の努力と、領主であるカリウェイが十分な報酬を約束したお陰なのだが、問題もあった。魔人ガイサの危険性は少なく見ても暫定でAランクだろうと予想されていた。実際に残っているガイサの記録から考えると軍に対しても有効な攻撃手段を持っている可能性が高い。それ故に、ある程度以下の実力しかない者は単純に役に立たないと考えられた。
それこそ、今キルスの口から紹介された三人以外は、白黒の二人によって丁寧にお断りされている。冒険者の世界でも強者として扱われるAランクの冒険者にそう言われてしまえば、何も言い返せずにスゴスゴと退散することになる。むしろそれは、その者達の為でもある。実力が無い者が参加したところで、死ぬだけなのだから。
しかし今は緊急事態であり、カリウェイとしてはここで確実に魔人ガイサを仕留めておきたかった。一瞬考えるような仕草をすると、思い出したように表情を明るくさせる。
「確か今日はここでランクアップ試験が行われていたはずだな。Dランクの受験者でめぼしい者は居ないのか?」
「そうですね・・・おい、スカルダを呼んで来てくれ」
指示を受けた職員の一人が建物の奥へと走って行き、すぐに強面のDランク担当試験官スカルダを連れて戻ってきた。少し酒を飲んでいたらしく顔が赤いが、カリウェイとギルド関係者の誰もが試験の内容を知っていた為に咎められることはない。これも試験には必要なことで、これも仕事なのだから。
「カリウェイ辺境伯様もお越しとは、私をお呼びでしょうか?」
「ああ、Dランクの試験を受けている中で戦闘試験で良い結果を残した者達がいたな。その者達の力を借りたいんだが、連れて来られるか?」
「ああ、あの二人ですね。あの魔人相手には厳しいかとは思いますが、緊急事態ですからね。呼んできましょう」
去っていくスカルダを見送りながら、カリウェイは確信を持って尋ねることにした。その二人の内の一人が彼だと。
「その者はジェノという名前ではなかったかな?」
「よくご存知ですね。ジェノは決勝こそ棄権しましたが、紛れ込んでいた試験官にも勝利し、何より優勝候補筆頭にも勝利していますからな。かつてこの街を強大な魔物の脅威から救ったというエルフ族の英雄。その二人の子供。その実力は登録した時点でCランクでも通用すると言われていた程です」
「なるほど、ではその二人にも是非参加してもらいたいものだ」
やはり、とカリウェイは思った。Cランク冒険者と一人で戦っても渡り合えるのだから、龍神の力を授かった従魔がいればそのくらいは当然と言っても全くおかしくはないからだ。ただ問題は、引き受けてくれるかどうかである。前回話をした時もきっぱりと断られてしまったし、テッペにもう一度声を掛けるよう頼んだが、手ごたえなしと報告をもらっていたからだ。
とは言っても、もうそろそろ時間も無い。編成はこの辺りで締めて行ける者だけで行くしかないとカリウェイは判断していた。
「連れてきました」
戻ってきたスカルダの後ろに、ジェノとリクルースが続いてやってきた。こちらも酒が入っていて顔は赤らんでいるが、足取りはしっかりしていた。
「カリウェイ辺境伯様、ご機嫌いかがでしょうか。私は日々精進に励んでいます」
「おお、誰かと思えば領主様・・・。この騒ぎはまさか?」
リクルースはカリウェイと知り合いだったらしく、恭しく頭を下げる。対照的に平然と軽い調子が崩れないジェノ。カリウェイはリクルースに軽く頷きを返すと、ジェノへ視線を向ける。
「そのまさかだ。魔人ガイサが現れて、街の外で試験中だったCランクの受験者達と数名のギルド職員が狙われている。力を貸してはもらえないか?」
「やっぱりそういうことか。うーん・・・?」
腕を組んで考え込み始めるジェノ。その様子を見たカリウェイは、やはり駄目だったかと落胆する。龍神の力を授かったとはいえFランクの従魔。その従魔を心配するのも仕方のないことだとカリウェイにも理解できた。ジェノの協力が無くてもこの困難を乗り越えて見せるとカリウェイは決意したのだが、予想外の言葉がカリウェイの耳に届いた。
「しゃーねぇ、オレの我侭に付き合ってくれねぇか、相棒?」
「しょうがないな、俺がどこまでも付き合ってあげるよ、相棒」
ジェノは笑いながらカリウェイの背後へと声をかける。そして背後からは可愛らしい少女の声が聞こえてきた。カリウェイが突然の声に驚いて後ろを振り向くと、ジェノの最高の相棒パートナーが、最高の笑顔でそこにいた。
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