第26話 試験二日目 潜入

 俺とリアクースは闘技場へ向けて走っていた。目的はもちろん潜入して書類の自分の名前に合格の印を入れること。ジェノに関しては心配してないからリアクースの手伝いというか、フォローの側面が大きいけど。


 コウロ支部は街の北東にある門から20分ほど中心部へ向けて歩いた位置にあり、そこからさらに20分歩くと街の中心に建設された闘技場がある。リアクースは結構足が速く、クードももちろん健脚だ。俺はというと、【弱体化】の影響パラメータが低い為にそんなに早くない。普通の大人くらいの速さしかないので合わせてもらっている。そんな速度でも10分もしない内に闘技場の入り口へと辿り着いた。


「じゃあ、ここからは見つからないように慎重にいきましょう」


 リアクースの言葉に、呼吸を整えながら頷きを返す。リアクースとクードは息が切れた様子はない。やっぱり実力はかなりある方のようだ。


 あれから宴会を楽しんでる間に更に得た情報では、普段闘技場は使用されていない時は特殊な鍵がかかっていて中に入ることは出来ない。今は中でギルドの職員達が昨日の片付けを行っているから中に入ること自体は可能なようだ。但し、本来俺達はギルドで二日目の試験の表向きの内容の宴会の真っ最中だから、職員に見つからないようにする必要があるらしい。


 リアクースは鼻の効くクードを先行させてゆっくりと後をついていく。俺もそろそろとついて歩く。今思うと俺が来ても足を引っ張るだけなのでは?まぁ、いざとなったら【融合躍進】の力技でなんとかしよう。

その為にも曲がり角の手前で一旦止まり、向こうの様子を伺うリアクースに気になるとこを聞いとこうかな。


「控え室は試験官ごとに用意されてたらしいけど、どの部屋にDランクの書類があるかはどうやって調べる?」


 そう、実は部屋の特定までは出来なかった。闘技場には控え室や物置などそれなりの数の部屋が存在する。虱潰しにしてたら時間もその分かかってしまう。どんな妨害があるか分からないのにそんなことをしている余裕は無い。試験官に話を聞くついでにリアクースがそこも突っ込んでみたら、


「そんなことまで気にする必要はないだろう」


 とばっさり切り捨てられてしまったからだ。それを自分で調べるのも、試験の内なんだろうなきっと。俺の問いにリアクースは自信満々にクードを見やり、そして丁度曲がり角の向こうからやって来た職員らしき男に目を向ける。そしてすぐにクードに目線を戻すと、徐々にクードの姿が変わっていく。立ち上がったと思ったらふさふさの毛が消えていき、気付けばスキンヘッドの試験官の姿へ成り代わっていた。


 そのまま職員の方へ歩き出す。そしてリアクースは俺を抱き寄せて、出てくる時に羽織っていた大き目のマントで自分ごと俺の身体を包み込む。ああ、良い香りと女の人の柔らかさや体温が俺の肌を通して伝わってくる。ここが桃源郷か。


「わ、いきなりなんだ!?」


「しっ、いいから」


「お、スカルダじゃないか。今は試験中じゃなかったのか?」


「ああ、実は控え室に忘れ物をしてしまってな。それで、私の控え室はどこだったかな?」


「なんだよ、その歳でもうボケてきたのか?お前の控え室は確か二階の控え室8だったろう」


「そうだったそうだった。悪いな」


「なに、気にすんな。それじゃまたな」


 マントは外側からは普通に見えていたのに、内側からは向こうが透けて見えた。男は会話を切り上げると角を曲がって俺達の前を素通りしていった。


 なるほど、これは確かに潜入向けの能力だ。直接戦闘だけでは評価し辛い部分だから、今日みたいな試験では絶大な効果を発揮する。隠密狼っていうモンスターだとは聞いたけど、試験官と親しげな職員にも気付かれないところを見ると相当上手くばけられるようだ。あと、俺達が見つからなかったのはなんでだ?


 聞いてみたら、親から受け継いだ透明マントという魔法具らしい。その名の通り被ると透明になって周りから見えなくなるらしい。効果の程は今実感したとおり。自慢げなリアクースを素直に賞賛しながら、聞きだした部屋へと進む。誰か来る気配はクードが素早く察知して、透明マントで姿を隠す。これは完全に俺いらなかったかな。


 そう思っていたけど、リアクースが到着した部屋のドアに手をかけた瞬間、扉が取れた。おいおい、リアクースは実はすごいバカ力キャラだったのか?


 別にそういうわけでもなかったみたいで、異変を感じたリアクースが素早くドアノブから手を離して後ろに跳ぶと扉から無機質は金属の細い足と手が生えてそのまま直立している。びっくりした。倒れてくると思ったらまさかそのまま立ち上がるなんて予想外だった。


「ギギギ、シンニュウシャ、ハイジョ」


「クード、スプリちゃん、こいつは錬金術で作られた門番ゴーレムよ。一定のダメージを与えれば普通の扉になるから、きっとこいつを倒すのも試験の内ね。このサイズと材質ならおそらくDランクの上位相当かしら」


 弓を構えながら教えてくれるけど、どうしよう。この試験の門番として配置されてるってことはCランクに上がれるくらいの戦闘力は要求されるだろうし、このままだと完全に足手まといだ。


 ギッチョンギッチョンと不思議な足音を立てながら門番ゴーレムが歩き始める。廊下は2m程の幅はあるけど、戦闘にはこのまま向かい合って戦うには狭い。リアクースも同じ判断をしたらしく、俺と、リアクースとクードのコンビはそれぞれ廊下の反対方向に離れて門番ゴーレムを挟む形で対峙する。廊下の長さがあれば弓も活きるし、戦いやすいからな。


 左右に分かれた俺達を見てしばらく考えていた様子の門番ゴーレムは、俺は大した敵じゃないと判断したらしくリアクースの方へ歩いていく。ふっふっふ、甘いな。金属製の足によく磨かれた石の廊下。これならやりようはいくらでもある。


【水の使い手】の力で手のひらサイズの水弾を生み出して発射する。目標は門番ゴーレムの足元。ヒュッと音を立てて飛んでいった水弾は狙い通り門番ゴーレムが次の一歩を踏み出そうとしている地点へと着弾し、弾けて水溜りを作り出す。


 門番ゴーレムがそこに足を踏み入れた瞬間、“ツルッ”っという音が聞こえてきたような気がするくらい、見事に滑って転倒した。その隙にクードがのしかかり、門番ゴーレムの身体を端から食いちぎっていく

。リアクースも魔法の水弾を放って隙間を縫うように攻撃してる。なんかパニック映画の捕食シーンを見てるみたいでこいつが哀れになってきた。


 門番ゴーレムはしばらくもがいてたけどやがて力尽き、ぱたりと力が抜けて動かなくなった。すると光に包まれて消滅し、扉が取れて空いていた空間に元の扉が嵌った。


「スプリちゃんのお陰で楽勝だったわ、ありがとね」


 スッキリしたような表情でリアクースは今度こそ扉を開けて中へと入る。俺も後に続いて入ると、テーブルの上に一枚の紙が置かれていた。きっとこれが書類だな。

 

 リアクースが書類を手に持って確認した後、手をかざして何やらやっている。そして満足そうに書類をテーブルの上に戻した。


「バッチリ印を書き込んでおいたわ。リクちゃんやジェノくんもやっぱり合格してるみたいだしこれで一先ず成功ね」


 俺も書類を手にとって見てみると、ジェノとリクルースの名前の横に印がしてあった。そしてリアクースの名前の横にも、今追加したらしい印が輝いていた。よし、確かに確認したしもうここには用も無い。まだ時間に余裕はあるけどさっさと宴会の会場へ帰ろう。


 こうして順調にミッション成功した俺達は、また見つからないように闘技場を離脱した。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る