ランクアップ試験と“装甲”魔人
第17話 受付前の前哨戦
遂に迎えたランクアップ試験の当日。と言ってもそもそもその存在を聞いたのが昨日のことで感慨も何もあったものじゃない。色々あったから仕方ないんだけど。
というわけで俺達は会場である闘技場へとやって来た。大して広くも無いのにど真ん中にこんなのを作ったせいで土地が余らなかった為、貴族街と普通の住民街が割と近いというカオスなことになったという一幕もあるらしいいわく付きの建物だ。こういったイベントの無い日は兵士や騎士の訓練等に使われていて、冒険者でも申請して許可さえ下りれば使えるそうだ。
そこでまずは参加の受付をするんだけど、早速問題が発生。恒例というかなんというか、冒険者に絡まれてしまった。
「だから前回と前々回はここで名前を書いてギルドカードを見せただけで参加出来たって言ってんだろぉがよぉ!」
「何度も申しましたとおり、参加の登録は前日までギルドで承っております。当日のご参加は出来ません」
申請自体は前日までにギルドでしておき、今ここで行っているのは点呼というか、参加確認の受付のみなんだけど、そこをよく理解してなかった冒険者が受け付けてもらえなかったらしい。きっと前は他の人に申請を丸投げしてたんだろう。そして腹いせにすぐ後ろにいた俺達を槍玉に挙げ始めたようだ。
「なんでこの俺様がダメで、このガキ供は参加できるんだよおい!」
等とおっさんがこちらを向いて吼えている。このおっさんはスキンヘッドで一昔前の格闘家みたいなヒゲを口の周りに生やしている。腰には鞭を備えて傍らにはイノシシを凶悪にしたような魔物が控えているのを見るに、それなりにランクは高そうだ。確かにジェノはこのおっさんから見たらガキだし、傍にいるのは美少女二人だし、何しに来たのか分からないような一行ではある。参加者というよりは見学に来た兄妹と言われたほうがしっくりくる。
「はぁ!?Fランクのお前とこのガキで俺様と同じDランクに参加するだと!?お前俺様を馬鹿にしてやがんのかぁ!?」
しかもジェノがそのおっさんが邪魔なので避けて受付をしているのを横から覗き込んでギルドカードが見えたらしく、更に猛烈に絡んでくる。別に全く関係のないはずなのに突然怒り出している。もはや意味不明だ。そんなに怒るくらいなら最初から自分で申請しとけって感じだな。ジェノも全く同じことを考えていたらしく、
「どうせ参加できないんだから大人しくしてろよおっさん。どうせまた来月にはやるだろ」
と面倒くさそうに言いながら受付を終わらせて受付前を離れようとしている。しかしこの烈火の如く怒るおっさんも未だ納得出来ていないらしい。受付嬢からジェノへと狙いを代えて聞くに堪えない言葉を喚いている。それを無視してジェノがこちらへ歩いてくると、おっさんもジェノについてくる。おいジェノ、そのおっさん捨ててきなさい。
そしてとうとう無視されるのにも我慢の限界が来たらしく、受付の前から少し離れたところで俺達の後ろを歩いていたおっさんが腰の鞭を手に持ってピシッっと一度地面を叩いた。すると今までおっさんの後ろを大人しく歩いていたイノシシが、おっさんの前へ出てきてこちらを睨みつける。それをに気づいたジェノも腰から太陽の煌きを抜いて俺の前に躍り出る。俺とコノミはどうしようかと眺めている。なんだかこの二人だけ周囲と温度差を感じるけど仕方ないよね。
しばらく睨み合うおっさんとジェノ。周りの人は巻き込まれないように遠巻きに見てるし、ギルドの関係者もこちらに関与しようとはしない。冒険者同士のいざこざは当事者同士で解決しなければいけないらしいけど、今回はどう考えてもとばっちりなんだよなぁ。いくらジェノが美少女二人を引き連れて、しかも片方には従魔の証であるプレートが首にかけてあると言っても・・・あれ、なんかすごくアウトな人みたいになった。
そんなこんな考えていると、鞭が振り上げられてもう一度地面を叩く。するとそれを合図にイノシシが突進を開始した瞬間にイノシシの姿が三つに増える。ああ、俺から見たら本体丸分かりだけど、これに咄嗟に反応しろというのは今のジェノには多分酷だろうな。吹き飛ばされるかもしくは本体がジェノの後ろのこちらに抜けてくる可能性もある。
仕方ない、コノミも傍にいるしあれを使うか。と、そこまで考えたところで、見覚えのあるパンダがいつの間にかイノシシの進路に立ちふさがっていた。そして本体だけを見極めてその突進を片手で受け止めていた。
また面倒なことになった。ジェノの感想としてはその一言に尽きる。やばいとかまずいとかではなく、面倒。それは目の前のスキンヘッドの冒険者、トルスとその従魔であるラッシュボアに対するジェノの自信の表れであった。この冒険者と会ったこともましてや戦ったこともなかったが、同じランクへの参加者ならば負ける気が全くなかったからである。
それに、知識として知っていたラッシュボアの危険度を表すランクがEランクだというのも大きい。従魔は育て方次第でステータスやスキルが成長していくが、やはり大本のスペックにも引っ張られる。Dを越える程の育て方は、目の前のガサツそうな男には出来ないとジェノは判断したのだ。
アイテムは使ったがBランクの冒険者相手に渡り合ったジェノはそれなりの自信を持っていた。実際、ラッシュボアの突進もそこまで脅威を感じなかった。だからとりあえず迎撃しようとオレンジ色の剣を形成したところで、ふとラッシュボアの姿がぶれたと感じた。その次の瞬間にはラッシュボアは3体に増えてこちらへ向かってきている。元々そんなに離れていなかったから時間は無いがその分加速もしていない。
ジェノは問題ないと判断して、向かって左のラッシュボアが本体という直感を信じて剣を振るおうとしたところで、パンダが目の前に現れたことで動きを止めた。どうやら、この間のテッペというAランク冒険者が間に割り込んでラッシュボアを受け止めたらしい。
「おっとと、大丈夫ですか?」
テッペはジェノの身を案じながらもそのまま空いたもう片方の手でラッシュボアを殴りつけ、そのままトルスの方へ歩いていく。
テッペはこの街によく滞在している数少ないAランク冒険者。当然トルスも、今自分に向かってきているパンダが何者なのかを知っていた。トルスの頼れる相棒も今は殴りつけられたショックとテッペに対する獣的本能で動けない。ちっ、厄介なのが来やがった。心の中で舌打ちをしたトルスはテッペに対しても敵意を隠さずに話しかける。
「テイマーのランクアップ試験にAランク冒険者様が何の用だぁ?」
「冒険者同士の争いは自己責任。なんでそちらが私にしばかれるのも、自己責任です」
そこにもはや会話は成立していなかった。抵抗する間も無く一方的にのされたトルスと、一仕事終えて乾燥させた草を紙で巻いた物に火をつけて煙を吐くテッペ。そしてその様子を、ジェノはどこか不服そうに眺めていた。
この間領主の館で出会ったAランク冒険者テッペはおっさんを一方的にボコボコにした後に元の世界でいうタバコのようなものに火をつけて、一服した後にこんな話を持ってきた。
「ガイサの討伐作戦の実行は明後日に決定したので、トーナメントがきちんと片付いてから旅立つまで、少しだけ時間と力を貸してもらえませんか?」
というものだった。正直受けてもいいと思うんだけど、ジェノは相変わらず首を縦に振らない。コノミと二人してじっと見つめてみるも強烈な誘惑に耐えるような感じで必死に目線を逸らしている。よっぽど嫌らしい。その様子を見たテッペも、
「無理に、とは言わないけどせっかく来たし試験を見ていきますから気が変わったら声をかけてください」
とだけ言い残して去っていった。歩く姿も喋る姿も大分やばい。見た目愛くるしいはずのパンダなのに、放つオーラは完全におじさんのもの。しかし実力はさっきの動きを見たらはっきりと伝わってきた。一部の人間以外には突然現れたと錯覚するほどのスピードだった。なるほど、あれがAランクの実力ってやるか。果たしてジェノはあそこまでなれるんだろうかな。
野次馬も散っていき後に残されたのは俺と、憮然とした表情のジェノと、昨日ジェノママにもらったお小遣いで近くの屋台を巡って色々なものを頬張り大はしゃぎのコノミだけだった。可愛い。
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