第12話 コウロの街の領主


 この世界は今、大きく三つの勢力に分かれていた。


 元々は小さな国だったものが、周りの国々をあっという間に飲み込んで巨大化したガイナース帝国。ガイナース帝国の脅威から身を守る為にいくつかの国が統合されて出来たセイルニア王国。そしてその争いから逃れるように国を離れた者達を、神の導きとして宗教の力で纏め上げた宗教国家サバラチラン。他にもいくつかの国は存在しているが、60年程前から立場としてはほとんどの国がこのいずれかに組しているのが現状だ。


 その中でもセイルニア王国の北東の方向、つまりガイナース帝国領寄りに位置するコウロという街に、その男はいた。ある程度距離があったり、ツォルケン大森林やボルックス大平原が間にあるとはいえコウロの街はセイルニア王国領の中でも一番ガイナース帝国との国境に近い。その為、余り大きくないのにも関わらず、有事の際に対応できるように人材を集めていた。それは騎士や兵士だけでなく、素材やモンスター討伐を餌に冒険者を呼び寄せるといったことも含む。


 その重要な拠点でもあるコウロを任されたのが、カリウェイ・ポーツタフ辺境伯である。カリウェイは貴族家の次男として生まれ、長男が若くして病死。その為跡を継ぐ為に、必死に貴族としての勤めを果たしていた。その時に起きたのがガイナース帝国の建国であり、今も尚続く大戦である。


 烈火の勢いで領土を拡大する帝国に対抗するためにセイルニア王国が建国され、ただの小さな町だったコウロを防衛拠点にする際に送り込まれたのがカリウェイとその父親だった。カリウェイの父親は民に尊敬され愛される立派な人物であった。そんな父に育てられたカリウェイもまた、正しく立派に成長した。


 父亡き後も、国民の、そして領民の為に身を粉にして働いている。


 そんなカリウェイは、昼食を終えて応接室へとやって来ていた。とある相談事で、ベテランの冒険者と会う約束をしていたのだ。呼んだのは、カリウェイが贔屓にしているAランク冒険者。Aランクというのは冒険者の中でも指折りであり、間違いなくトップクラスの存在である。それは、そのような存在をわざわざ呼び出すほどの自体がコウロの街に降り掛かろうとしていることを表している。


 ふと、コンコンというノックの音が部屋に響く。


「入れ」


「ご主人様、コーキン様とテッペ様がお見えになりました」


「ご苦労、ここへ通してくれ」


「畏まりました」


 扉から姿を現したのは、長年ポーツタフ家に使える執事長だった。手元の書類から顔を上げて返事をすると、執事長は恭しく部屋を出て行く。そしてカリウェイはまた書類へと視線を戻してため息を吐く。


「ここしばらくはガイナース帝国が大人しくしているというのに、なんということだ・・・」





「こんにちはー」


「どうも、お疲れ様です」


 少ししてから部屋に現れたのは、黒い毛皮の鎧を着込んだ見た目恰幅の良い男と、植物で編んだ帽子を被った身長2mくらいの白と黒の毛皮を持った獣人であった。この二人組こそがカリウェイの信頼するAランク冒険者、且つAランクパーティー「白黒モノクローム」である。どちらも前衛ではあるが、人間とは思えないほどの持ち前のパワーを生かして巨大なバトルアックスを振るうコーキンと、パワー系の獣人であるにも関わらず少し特殊なカタナという武器を巧みな技で操るテッペの連携は、二人でAランクモンスターを相手に善戦出来るほどだ。普通Aランクの魔物に対してAランク5人程のパーティーで挑むのが一般的とされている。それに比べれば、白黒のレベルが伺えるというものだ。


「よく来てくれた。まずは座ってくつろいでくれたまえ。お茶でも出そう」


「ありがとうございますー」


「失礼します」


 丁寧なようでどこか軽いコーキンと、丁寧なテッペ。しかしカリウェイは今更礼儀などを気にしてはいなかった。既に護衛もつけていないのが、二人に対する信頼の証である。二人がカリウェイの向かいのソファに腰を沈めると、すぐにメイドがやってきて高級そうなお茶の入ったカップを三人の前へと並べる。


「昼食は食べたかね?まだなら用意するが」


「いえいえー、俺たちは食ってきたんで大丈夫です」


「はい、お気遣い無く。ありがとうございます」


「そうか。では、本題に入るとしよう」


 カリウェイがそこで言葉を切って目配せをすると、執事長とメイドは頭を下げてから退室していく。それを確認して更に数秒間を置いてから、やっと続きを口にする


「君達は最近、とある魔人の噂を聞いていないか?」


「噂、ですか?」


「うーん・・?」


「“装甲”という二つ名を持つ魔人だ。その名も、ガイサ」


 問いかけられた二人ともがうなりながら考え込んでいる。思い当たらないのだと判断したカリウェイは、その魔人の名を告げる。すると、明らかにさっきまでとは異なる反応が返ってくる。


「ガイサ?ガイサってあのガイサ?」


「まさか、約300年前から記録にあって、50年程前にも一度暴れたという鎧を身に纏ったような姿の魔人のことですか?」


「そうだ。その“装甲”の姿がこの近くで目撃されたそうだ」


「なるほど、それは確かに俺らを呼ぶほどのことっすわ」


 魔人ガイサとは何なのか。語り継がれている御伽噺では、こう記されている。


 昔々、とある国にとても強い男がいました。その男はドラゴンに挑み、打ち勝ちました。男はドラゴンの鱗と、額にはまっていた宝石を使って鎧を作りました。その鎧は強靭で、あらゆる攻撃を弾き返し、その拳はあらゆる敵を粉砕しました。しかし、更なる強敵を求める内に、段々とその男は正気を失い始めました。なんと、鎧の胸にはめ込まれた宝石には、ドラゴンの呪いが宿っていたのです。宝石に魂を取り込まれ、遂に完全に正気を失ってしまった男は、戦いと強敵を求める魔人へと成り果ててしまったのでした。


 セイルニア王国領では幼い頃誰もが聞く御伽噺。それが御伽噺だけの存在ではないと認識されたのは、58年前のことだ。勢力を拡大していたガイナース帝国は実は、一度勢いのままにセイルニア王国へと攻め込もうとしたことが合った。しかし、その時たまたまなのか、意図的になのか、ともかく帝国軍は紫がかった黒い鎧の人物と遭遇した。たったそれだけのことで、当時の帝国軍は大打撃を受けて引き返したのである。


 その人物が魔人ガイサだと発覚したのはもう少し後の事で、その光景を目撃した偵察兵の報告を受けて、古い文献等を漁った結果その御伽噺へと辿り着いたという一幕もあった。


「すみません、それでどこで目撃されたんですか?」


 遠慮しがちに尋ねてくるテッペに、カリウェイはお互いの間にあるテーブルに広げて指で示す。


「この街から少し北へ向かったところにダンジョンがあるのは二人も承知していると思う。やつは、この辺りで目撃された」


「なるほどー。目撃者は?」


「ダンジョンから出て帰るところだった3人のランクD冒険者だ。付き添いでBランク冒険者が一緒に居たんだが・・・」


「殺されたか。どうやら目的はある程度力のある冒険者みたいっすね」


 カリウェイの無念そうな表情で、言葉にせずとも二人には伝わった。つまり、ガイサは御伽噺のように強者を求めてさ迷っているのだ。このままだと、ダンジョンを目的にして向かった冒険者が殺されたり、もしかしたらこの街へとやってくるかもしれない。もしそうなれば被害は甚大だろう。冒険者が育つまでにはある程度の時間が必要である。もしその戦力を失えば、他の魔物や帝国からの脅威に対抗できなくなってしまう。それだけは避けなければならなかった。


「うむ。故に君達には力を貸して欲しい」


「もちろん、これは俺らにとっても関係のある話だしな」


「ええ、もう少しきちんとお話を聞かせてください」







 しばらく3人で話をしていると、突然何かが爆発するような音が響いた。どうやら距離はそんなに遠くない。


「何事だ!?」


 カリウェイが声を上げる頃には、テッペとコーキンは既に立ち上がって己の武器を手にしていた。いついかなる時でも対応出来るようにしているのが、Aランクたる所以である。


 しばらくすると目に見えて変化があった。少し離れた場所から一筋の光が立ち上り、空中に伸びていくのが窓から見えるのだ。これには白黒の二人も唖然としていて、少しするとその光は龍の形になっていた。


「祠に何かがあったらしい、すまぬが着いてきてくれ。おい、騎士団と馬車の用意をせよ!」


 その位置は、この街の守護を司る龍神が眠る祠の真上。祠に何かがあったのだと悟ると、カリウェイは即座に部屋を飛び出し走り出す。呼びかけに答えるように白黒の二人はカリウェイを追走し、執事長は騎士と馬車の手配を始める。


 何度か龍神に動きがあった。そして馬車の用意が出来て乗り込もうとする頃には突然消えてしまった。とにかく向かわねばとカリウェイは白黒の二人を引き連れて馬車へと乗り込む。


「龍神様は消えてしまったようだが何が起きているか分からない。護衛には騎士団からつけるので到着したら二人は情報収集と周囲の警戒を頼む」


「了解ー」


「わかりました」


 どうしてこんなことに・・・。そう思いながらも、カリウェイは自分の成すべきことを成す為に、駆けるのであった。


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