第11話 回想:ジェノから見たこれまで 2

「ジェノ、大丈夫か?」


 スプリが心配そうに問いかけてくる。あいつら二人組みはCランクだそうだ。もしそれが本当なら登録したばかりのFランク冒険者では全く話しにならないだろう。しかし、オレは笑ってみせる。


 大丈夫だ。装備を見るに一人は魔法使いでもう一人はレンジャーか盗賊だろう。後衛職二人なら魔法使いを真っ先に潰せばまだなんとかなる。それに、相手は明らかに油断している。このくらいのイベント、オレに唯一与えられた才能を使って、乗り越えてやる。なんせオレの相棒が見てるんだからな!


「ああ、このくらいで躓いてたら旅なんかしてられねぇからな。かかってこいや!」


「何っ!?」


 威勢よく啖呵を切りながら腰の皮袋から一つのアイテムを取り出す。闇くらましという名前で、使った場所の周辺を若干薄暗くして認識を阻害するアイテムだ。しかしそれに魔力を流しながら地面に叩きつけると、その瞬間に辺りは真っ暗闇に包まれる。


 この中ではオレも何も見えないが問題ない。攻撃が飛んでくるのを警戒して僅かに位置をずらし、次は蛍光石という闇の中で使うとぼんやりと光るので照明代わりに使われるアイテムを、左腕で顔を覆った状態で地面に叩きつける。先ほどと同じく、アイテムの性能を遥かに凌駕した閃光が放たれて、今まで周囲を覆っていた暗闇ごとやつらの視界を蹂躙する。


「ぐわぁっ!?」


「くそ、目くらましか!」


 これこそが今のオレに使えるただ一つの才能、【使い捨て】という名のスキルだ。効果は、継続して効果を発揮する物を対象にして使うと、そのアイテムは使用した時に継続して使用出来るはずの効果を全てその一回に注ぎ込む使い捨てアイテムに変化する。注意点としては、その元々のアイテムが発揮できる効果の総量は同じということである。簡単に言えば、1の効果を10回使えるアイテムがあるとして、それに【使い捨て】を使用すると1回で10の効果が出る。11や12になったりはしない。そして砕け散る。


 使い勝手は良くないように思えるが、今使ったようにそこらで買えるようなアイテムでも強力になるので

実際には強力な部類だとオレは思う。とはいえ、何でもかんでも使い捨てに出来るほどの余裕は無い。うまく使っていきたいところだ。


 そしてやつらは二人とも顔を押さえて呻いている。この隙に短剣を振り回している方・・・仮にゴミとしておくか。ゴミの脇を通り抜け、魔法使いっぽい方・・・仮にチリだ。チリの方へ素早く駆け寄り、勢いそのままに軽くジャンプしてチリの首筋へ肘を叩き込む。短い悲鳴をあげてチリは意識は失った。よし、あと一人。


「やっと目が見えてきやがった、もう許さねぇ!」


 オレがチリを仕留めている間に視力を回復させたらしく短剣をこちらに向けて睨みつけてくる。腐ってもCランク、中々やるみたいだな。オレも対抗するように先端に宝石のはまった棒を構えると、棒の先端から30cm程のオレンジ色の刃が現れる。


 おそらくゴミの中の油断はもうほとんど無い。怒りに任せて殺しにかかってくるだろう。ここからが正念場だ。呼吸を整えて、思考をクリアにする。おそらく戦闘技術で敵わない相手に勝つためにどうするか。ひたすら考え、実行することでしかオレに勝機は無い。


 オレは後ろで見守ってくれているであろう相棒の姿を脳裏に描きながら、一歩踏み出した。






 気づけたのは偶然か、直感か。何かを考える前に咄嗟にスプリのいる方へと飛び込んで地面を転がると、さっきまでオレのいた空間に何か黒っぽい生き物が着地していた。


 素早く立ち上がりながらよく眺めてみると、真紅の瞳に怒りを込めてこちらを睨みつけてくる大きな人型トカゲがそこにいた。


 まずい。ゴミが呼んだ何かはパーティーの前衛を担当している従魔だとは予測がついたが、まさかこんな大物が出てくるとは。このモンスターは記憶に違いが無ければクリムゾンリザードマンという種族で、リザードマンの上位種であるレッドリザードマンの変異種とされている。知能が下がった代わりに強靭な肉体や、高熱の炎を操る力を得た強力な魔物である。魔物としてのランクはCだが、戦闘力だけならばBランクにも匹敵する。


 ゴミのやつら、こんなのを従魔にしてるなんて相当な実力のパーティーだぞ。なんだって新米冒険者をいじめるようなことしてやがんだくそ!ゴミを気遣ってか今はまだこちらへ突っ込んでくる様子は見えないが、あの太い腕から繰り出される攻撃をまともに受けては、良くて戦闘不能、悪ければ木っ端微塵だろう。


「あんた、これなんとか出来るか?」


 スプリがチリの方へ話しかけているが、表情は芳しくない。これは無理そうだな。くそ、なんだって震えるんだオレの腕!


「無理だ・・・。こいつは気性が荒くてドロンの、あいつの言うことしかきかねぇんだ」


 帰ってきた言葉がこれだからな。予想通り過ぎてショックすら受けねぇよ。


 どう考えても勝てない魔物。あいつと闘うのは怖い。怖いが、ハーレム要員第1号の目の前で逃げ出すなんてのはオレがオレでなくなっちまう。そっちのほうが、もっと怖いよな。


「なーに、こんなトカゲ野郎オレ一人で十分だぜ。だからちょっとうちの母さんのとこまで先に戻っててくんねぇかな」


 もちろん、十分なわけがない。何分急だったせいでアイテムの持ち合わせももう無い。あのトカゲと真っ向からぶつかるしか残されていないオレに、勝ち目なんてないのは明らかだ。しかし、オレがゴミの腹を切った時に、あのゴミに対してすら心配していたスプリのことだ、勝ち目がないのがばれたらここから離れないだろうからな。母さんのところまで行けば保護してもらえるはずだし、ここはオレが身を挺して時間を稼ぐしかない。取り回しよりも、相手の腕力に対抗するために武器の形状を身の丈程もある幅広の大剣に変える。


「くっそ、よくも腹を切ったり殴ったりしやがったな!オレは大丈夫だからお前はあいつらを八つ裂きにしろ!」


「ギャオオオオオオオ!!!!」


 来る。そう思った時には眼前にトカゲが迫っており、咄嗟に縦に構えた大剣で拳を受けるのに成功したものの、そのまま後方へと吹き飛ばされる。何度か転がってやがて止まる。


 打ち付けた箇所が痛むし、何より剣を支えていた手と踏ん張っていた脚が震えて力が入らない。なんとか立とうとしてみても、四つんばいまでが限界だった。すぐに追撃が来るのではと頭だけを上げてトカゲの方を見ると、スプリがスキルを使ってトカゲに攻撃を仕掛けていた。バカ、逃げろって言ったのに。


 言うこと聞けよ、オレの脚!このままだとスプリが殺されちまう!


「ルカーダ、まずはあの子供からだ!行け!」


 ゴミとトカゲは標的をスプリへと変更したらしい。きっと、スプリはそれを狙って効きもしないのに攻撃をしかけているんだろう。


 今はとにかく立ち上がれ。光景を眺める時間すら惜しいと、頭を垂れて懸命に力を込めるが、それでも立ち上がることが出来ない。これはダメージのせいなのか、それとも無意識に恐怖しているのか。


 屈辱を感じながら頭を上げると、いつの間にかスプリは祠の後ろに立っていて、トカゲが祠を殴った瞬間、祠が砕け散った。









 今日はほんとに、一生忘れられねぇ記念日になりそうだ。Cランク冒険者に絡まれて、やっと撃退したと思ったら正直手に負えない従魔が出てきて、さらに封印が解けて龍神まで出てくるなんて。しかもなんか闘うことになりそうなんだがこれはマジ無理だと思う。流石に。


 けどそんな泣き言も言ってられない。さっきのトカゲみたいにまっぷたつにされるようなことをした覚えは無い。スプリだってきっとそうだ。あのトカゲがぶん殴ったせいでぶっ壊れちまったんだからな。今背中を見せたら確実に背後から打ち抜かれる。なら、最初の一撃をとにかく耐えるしかない。


 龍神の顔の辺りから細い水のレーザーが放たれる。太陽の煌きに最大限魔力を込めて、身を隠せる程の大盾を作り出す。オレが今作り出せる最高の防御。そこに着弾したのがわかったのは、衝撃を感じたからだ。


「う、おおおおおおおおおお!!」


「何!?」


 なんとか防ぐのには成功したが、水の勢いがとんでもなかった。あんな細い水でオレとスプリ丸ごと吹き飛ばされたのだ。空中を飛んでいく感覚。記憶があるのはこの辺りまで。スプリだけでも庇わなければ!と思った瞬間には、プッツリとオレの意識が途切れていた。









「おーい、ほら起きろー」


「う、ううん・・・」


「おいってばー」


「・・・は、どうなったんだ?」


 再び目を覚ましたのは、全てが終わった後。どうやらオレは攻撃を受け止めた衝撃で、気を失ってしまっていたらしい。スプリを守ると誓ったのに、守るどころか守られてこの様だ。


「なんとかお願いして怒りを鎮めてもらったよ。祠も元通りだし」


 視線をやると、鱗の力なのか祠は元の通りに直っていた。一体何があったんだろうか。しかし、スプリに怪我とかは無さそうだから一件落着ってことで良さそうだ。


「おー、まじか、頑張ったな。途中で寝ちまって悪かった」


 わしわしとスプリの頭を撫でる。スプリを守るためにも、オレの夢を叶える為にも、もっと強くなる。


 そう心に決めていると、いつの間にかいた人だかりの中から、数人の騎士を引き連れたこの街の領主がやってくるのが見えた。まぁ、こんだけの騒ぎ起こしたら当然か。色々あって疲れたし、悪いことにならなきゃあいいな。





ステータス

名前:ジェノ

種族:人間

筋力:D 魔力:E はやさ:C 頑強さ:D 生命力:F  

スキル

【使い捨て】

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