第8話 龍の神

 その存在は空にその長い身体を浮かんだ状態でこちらを見下ろしていた。きっと凄まじい威圧感なんだろう。先ほどまで怒りと狂気に満ちていたゴミの目には明らかな怯えが宿っていて、震えている。トカゲはそういうのを感じる力が弱いのか、衝撃波に転がされたことで更に増した怒りを蓄えたまま、突如出現した巨大な龍を眺めている。そしてジェノは驚いた表情で見上げていた。


 姿は日本の漫画やゲームなどのキャラのモチーフとしてお馴染みの東洋の龍。蛇のような長い身体に脚と鉤爪、そして全身を覆う薄水色の鱗。顎の下を探せば逆鱗もあるかもしれない。頭には二本の立派な角が生えていて、それぞれが何度か枝分かれして威圧感を高めている。鬣や髭も立派なものが生えていて、本当にザ・龍といった感じだ。


「我は龍神・・・この地を守護する使命を負った者・・・。何故眠りを妨げたのか」


 龍神とやらの口から発せられる声は低く、そして重い。ビリビリと大気を振動させるそれは、ただ喋っているだけなのにさっきトカゲがあげた雄叫びの数倍の威圧感を放っている。そんな中でチリもゴミも問いかけに答えられる訳もない。ただ驚きと恐怖の混じった顔で呆けているのみだ。


「もう一度問おう。何故、我の眠りを妨げたのか理由を話してみよ」


「グ・・・グオオオオオオオオオオオオ!」


「!?ルカーダ!待て!」


 再度の問いかけ。しかし答えられる者はいない。そして威圧感に耐えかねたのか、トカゲが突如飛び上がり、咄嗟に呼びかけるゴミを無視して雄叫びを上げながら龍神の顔へと突っ込んでいく。その身体からは炎が吹き上がり、それを身にまとったまま高速で空を翔る。それを見た龍神の対応は分かりやすかった。顔の横に2mくらいの水の玉が沸いて出たかと思ったら、そこから一筋の水が、トカゲの身体の中心を撫でるように放たれた。それを受けたトカゲは、空中で二つに分かれ、身体に纏った火が消える間もなく広場へと落ちてきた。血や臓物を撒き散らしながら。ってうわ、グロい!


「我に害を成さんとする者達か、それも良い。我はそれを全力で迎え撃ち、再び眠りにつくとしよう」


 なんて、龍神はめっちゃ臨戦態勢。そりゃあまぁいきなり叩き起こされて不機嫌ながらも理由聞いてるのに襲い掛かられたら仕方ないだろうね。けどこのままだとまずい、うまく使ってやつらを蹴散らすつもりが、このままだととばっちりだ。


「ま、待ってくれ!俺たちはそんなつもりはない!祠が壊れたのも何かの間違いだ!」


「本当です!信じてください!」


 ゴミとチリは必死に懇願する。龍神はしばらく考えていたようだけど、やがて口を開いた。


「ならば即刻ここを立ち去れ。我の気が変わらぬ内にな」


「「はい!」」


 予想外なことに龍神はあの二人を見逃すようだ。普通ここは許さん、死ね!とか言って問答無用でぶち殺してからこっちと戦闘になるパターンだと思ったんだけど。というか、あいつらが見逃されたってことはもしかしたら俺達は逃がしてくれないかもしれない。となると流石に実力でなんとかしないといけないだろうから、念のためスキルを作成しておこう。


「【スキル創造】」


 今回申請するスキルは、時間停止だ。効果のところにはそのまま自分と任意の対象意外の時を止めると打ち込んで、送信あくまでイメージだ。だが強力な効果だからか、すぐには返事が来そうにない。少し時間を稼ぐ必要があるか。


「さて、我が祠を壊したのは貴様だな・・・。あのようなトカゲ風情に傷がつけられるようなものではない」


 流石龍神と言うべきか、俺が破壊したことがばれちゃってる。これはやっぱり見逃してもらえそうにないし、あのスキルも必要だ。


「いや、ちょっと待ってくれよ!俺達はそんなことしてねぇし、あのトカゲに無理なものが出来るわけねーよ!大体、あのトカゲがぶん殴った瞬間にぶっ壊れたのを見たんだぞ!」


 と、ジェノが声をあげて必死に弁解している。そりゃそうだ。自分を一撃でぶっ飛ばしたトカゲを大したことでもないようにあしらった龍神から生き延びる為には、戦わないことが一番だ。先ほど水のレーザーを放った水球は未だに龍神の顔の近くに漂っている。つまり、いつあのウォーターカッターが飛んできてもおかしくない状況なら必死にもなる。けど、龍神は聞いてくれないだろう。この地を守護する使命があると、龍神は言った。その龍神にとってきっと、俺という存在は脅威以外の何者でもないだろう。


「我には分かる。そのような強大な力を、守護者として捨て置くことは出来ぬ。覚悟するがよい」


 やっぱりか。もうあっちは完全にやる気だ。殺すと書いて殺る気だ。なんとか被害が出ないようにこの局面を切り抜けなければならない。その為にはまず一つの条件を達成しなければいけない。


「ジェノ」


「分かってる、スプリは俺の後ろに隠れてろ」


 ジェノは全く臆することなく、嫌、すっごい怖がってる。間違いない。トカゲの時ですらそうだったんだから今は尚更だろう。それでも変わらないこいつは、やっぱり主人公の器だ。これからも存分に引っ張っていってもらおう。


 そして遂に、龍神の攻撃が来る。極限にまで圧縮された水の線が、凄まじい速度で足元からこちらへ向かってくる。ジェノは剣というよりはもはや巨大な盾に変形させて受け止めようとしている。さっきと全く同じ、ただの水ならばきっと防げたと思う。けどよく見ると、今放たれている水には極小の何かが混ぜられている。きっとあれは防げない。そうなればすることは一つだ。相手が水を司る龍みたいで良かった。


「【水の使い手】」


 三度このスキルを起動する。このスキルの良いところは、操作できる対象が何も自分で生み出した水に限定されるというわけではないところだ。


 ジェノにも分かりやすい協力の形として、ジェノの構える盾の前面に水の盾を生み出して回転させる。これで水流を乱れさせて威力を減衰するというアピールだ。メインの方法は、ジェノの用意した盾でもギリギリ耐えられるように、かつ水の圧力は失わせないよう水を僅かに散らさせることだ。ウォーターカッターは大量の水を細く一点に集中させなければ威力を発揮しない。つまり相手の圧縮するコントロールの上から操って太くする。そうすると、


「う、おおおおおおおおおお!!」


「何!?」


 ついに盾に水が着弾し、そのまま上へと走っていってすぐに通り抜ける。本来ならば先ほどと同じように真っ二つになって終わっていた。しかし、わずかに分散されて切れ味の無くなった水はもはや高圧の水鉄砲。放水車の放水よろしく、盾を構えたジェノと、その背後の俺ごと後ろへと吹き飛ばしていく。そしてその隙にジェノの延髄に優しい優しい人差し指での手刀を入れて意識を刈り取っておく。


 そのままもみくちゃになりながら地面を転がり、俺の上になって気を失っているジェノをどかして起き上がる。そこまでしたところで、申請の許諾が頭の中へ届いた。


 余談ではあるが、このスキル作成のスキルはいくつかの段階に分かれている。


 まずは頭に浮かぶ申し込み用紙のようなものにあいまいでも良いので効果(必須)と名前を書き込んで、提出する。スキルによってまちまちだけど、どこかで内容を吟味して許諾がおりると詳細な内容と名前のついたスキルが戻ってくる。それにはコストについても書かれているが、それは習得する際のコストだ。


 もしもコストが重いと感じたならば、そのまま廃棄も出来る。このコストと言うのが前にちらっと言っていた“ムゲン”の欠陥というか、制約というか、習得するときに“ムゲン”としての存在を支払う。しかも年単位ではなく%単位。強力な効果はコストが重く、0になれば消滅するらしい。一応この存在とかいう概念はどういう理屈か生命力:Sのおかげで自然回復するらしいから、短期間で欲張らなければ大丈夫だ。


 そしてお目当ての【時間停止】だけど、効果もコストも予定内、習得だ。


「あの人間に耐えられるような攻撃ではなかったはず。貴様、何をした・・・!」


「何って、ヒロインしてるんだよ」


 仕留め切れないどころかぴんぴんしている俺に龍神の怒りはマックスハートだ。そんなに怒ってると、これから身が持たないぞ。なんせ、一方的に痛めつける予定だからな。


 さぁ、俺の存在を70%も支払って得たスキルだ。早速使わせてもらうとしよう。


「【時間停止】」

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