第7話 コウロ大混乱
「ちっ、間に合わなかったか!」
殴り倒したゴミの腹に蹴りを入れながらジェノが呟く。うめき声を上げながら転がっているがもはやそれは気にしない。問題はこいつが何を呼んだのか、だ。
「今あいつは何を呼んだんだ?」
「・・・あ、ああ」
ゴミに突き飛ばされて尻餅をついて呆然としていたチリに駆け寄って声を掛ける。予想外だったのか一瞬間があってからこちらに目を向ける。負けたことが信じられないのか、仲間に突き飛ばされたのがショックだったのか、それとも今から来るものを恐れているのか。
「おい、さっさと答えろよ!」
「す、すまん。あいつが呼んだのはあいつの従魔だ。俺たちのパーティーの前衛をしていて、知能は低いが単純に強い」
苛立ったジェノが呼びかけてチリはようやく返答する。どれだけ放心してるんだまったく。今はとりあえず逃げるとしよう。
「ジェノ、あ、そこやばい」
と思ったんだけど、空から黒っぽい何かがジェノ目掛けて降ってくる。声を掛ける寸前でジェノも気づいたらしく、確認するのも惜しんで転がるようにこちらへ離脱してくる。間一髪のところで攻撃を外したその黒いのは、怒りに満ちた瞳でこちらを睨んで来る。
黒く見えたのは濃い赤。全身が棘棘した鱗に覆われていてファンタジーでよく聞くリザードマンのようでもあるが、色々と違っている。まず身長が2、5mはあろうかというくらい大きく体格も立派だ。腕は丸太のように太く脚や尻尾もさらに太い。顔つきはトカゲというよりもはやドラゴンであり背中には立派な翼も生えている。これは完全にやばいやつだ。少なくとも近接戦闘はゴミより確実に上だろう。
「あんた、これなんとか出来るか?」
一応の期待を込めて聞いてみるけどやはりダメなようだ。絶望した顔で首を振っている。
「無理だ・・・。こいつは気性が荒くてドロンの、あいつの言うことしかきかねぇんだ」
ちっ、やっぱり役立たずだな!これには流石にジェノも荷が重そうだとばかりに視線を向けてみると、意外にも笑っていた。はっきりと恐怖しているのは、勝てないと確信しているのは伝わってくる。それでも、ジェノは笑っていた。
「なーに、こんなトカゲ野郎オレ一人で十分だぜ。だからちょっとうちの母さんのとこまで先に戻っててくんねぇかな」
ジェノは、ゴミを庇うようにして立ち怒りに満ちた視線を向けてくるトカゲを手に持った武器を構えて警戒しながらいつも通り余裕そうな態度を崩さないように努力して話している。きっとあのトカゲが本格的に動き始めたら、ジェノでは良くて防戦一方、悪くて瞬殺されるのは間違いない。あくまでかっこつけようとしている主人公を見捨てるヒロインなんているわけないし、ここは離脱するわけにもいかない。なんとか切り抜ける策を考えないとな!
「くっそ、よくも腹を切ったり殴ったりしやがったな!オレは大丈夫だからお前はあいつらを八つ裂きにしろ!」
「ギャオオオオオオオ!!!!」
ゴミの命令に答えるようにトカゲは雄叫びをあげる。こうなったらジェノに頑張ってもらって考える時間を稼ぐしかない。倒すだけならきっと簡単だろうけど実力を隠したまま目立たずに、というのは難しい。ここは何でも利用して切り抜けるしかない。
「ぐっ、くっ!」
そして遂にトカゲがこちらに向かって丸太のような腕を振るわんと踏み込んできた。まるで車でも突っ込んできたかのような衝撃を、ジェノはいつの間にか剣を幅広で重さを重視した長剣のような形にして受け止める。つもりだったんだろうけど、その防御ごと後ろに吹き飛ばされる。やっぱりジェノには荷が重かった。そりゃあ明らかに前衛じゃないゴミに対して押されてたんだからそうなってもおかしくない。むしろまだ息はあるみたいだから恩の字だろう。
「【水の使い手】」
しかしだからといってこのまま放っておけば追撃を受けて間違いなく死んでしまう。せっかく出来た縁なのにそれは困る。だから今考えた策を実行することにした。まずは意識をこちらに向けなないとだ。
スキルを発動して自分の周囲に握りこぶし程の水球を3つ程と、未だ起き上がれないジェノと今にも走り出しそうなトカゲの間に3つ程浮かべる。トカゲは自分の視界に突如出現した水球を警戒して走り出すのを止めた。その隙にトカゲの前方に漂っている水を水弾としてトカゲに射出する。
「グルルルルル」
その三つの水弾をトカゲは煩わしそうに片腕で弾き散らすと、苛立ちの篭った目をこちらに向けてくる。それを確認してさらに自分の周りに浮かべていた三つを放つ。そしてこれも簡単に迎撃されたけど、完全に攻撃の対象がこちらに移った。チラリと視界に入れたジェノはまだ頭を垂れて膝をついている。立ち上がろうと必死みたいだけどまだ時間がかかりそうだ。
「ルカーダ、まずはあの子供からだ!行け!」
「【弱体化】オフ」
ゴミが楽しそうにトカゲを嗾けるのを無視しつつここで弱体化をカットしておく。そしてこちらに向けて走ってくるトカゲを引き付けて、ギリギリのところで後ろに向かって高くジャンプする。“ムゲン”の持つ身体能力が可能にしたこのギリギリの回避の前にはトカゲも成す術なく、俺の背後にあった祠へ拳を叩きつける。そして俺は空中で一回転して祠の背後に着地する。きっとゴミはこの刹那の見切りに唖然としてるに違いない。
しかしここで予想外なことが一つ。トカゲが全力で殴りつけたはずなのに祠は微動だにしてない。あのトカゲでもびくともしない程の強力な結界が張られていたらしい。このままでは作戦がおじゃんになって、実力でこのトカゲを叩きのめさなきゃいけなくなってしまう。仕方ないから壊れないと判断した瞬間に、祠の裏から拳を叩き込んだ。
腰の捻りも重心の移動も何も無く、ただ腕を突き出しただけのパンチ。
次の瞬間、祠が弾け飛んだ。
衝撃波のようなものも発生して祠を挟んで正面にいたトカゲももと来た方向へと吹き飛んでいき、ゴミやチリ、ついでにジェノも打ち付ける衝撃を耐えていた。やりすぎたかな。調節難しいし、【弱体化】のスキルはとっておいて正解だった。
そんなことを思いつつジェノに駆け寄ると、いつの間にか空を暗雲が覆い、祠のあった場所からは太い一筋の光が天に立ち上っていく。それが空中で段々とくねっていき、輝きが収まるとそこには巨大な龍が出現していた。
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