星が降る塔

藤滝莉多

星撒く子

 はじまりは、ある日目の端で、小さな光のようなものが見えた時だった。

 少女は何かと思い辺りを見回すも、そこには太陽と月の境目の淡い青の空、ほのかにまたたく星の光以外何もない。

 見渡す限り何もない世界に、ここは存在していた。

 空にそびえる、白い塔のような柱。その一本の柱が支えるのが、この純白の広間のような場所。

 孤独な、空の上の広間。

 しゃりん。

 何かが床に落ちた。

 音のした方を少女が見ると、遊色のたゆたうガラスのようなものが、白い床の上で破片となって散らばっていた。

 まるで砕けた瞬間に時が止まったかのように、破片のいくつかが浮いている。床に落ちている破片も、おかしな角度でとどまっている。

 少女は首を傾げ、その遊色の破片へ駆け寄った。

 息を殺すようにして浮かんでいる。

 少女が手をのばす。浮かぶ破片のうちのひとつが肌をかすめた。肌に赤い一筋の線が引かれる。

 少女はひざまずき、その遊色の光にそっと触れてみた。

 「きゃっ……。」

 とたん、少女は小さな悲鳴をあげた。

 その光に触れた瞬間、自分を襲った鋭い光。

 その一瞬の閃光の中で、少女は確かにおかしなものを聞いた。

――ありがとう。あなたが居てくれて、良かった。

 絞り出すような、心全てで感謝を表現したかのような、暖かい心。

 欠片に触れた瞬間、その心が少女に入り込んできた。

 純粋で美しい、混じり気のない愛。それなのに触れた少女の体を切り刻まんとするかのように、少女に細い傷跡を引いた。

 少女はその衝撃から、思わず体が後ろに倒れた。白いワンピースが、磨き込まれた床の上にふわりと広がる。

 その上についた手には、細い傷に血の珠が浮いている。

 まるで赤い流れ星のような傷跡たちを見て、少女は呟いた。

 「今のは、さっき見えた光……流れ星?」

 目の前には、あのガラスの破片のようだった砕けた流れ星も、ほのかに輝いていた遊色の光も何もなかった。






 差しはじめた太陽ソレイユの光になでられ、白く輝きだすなめらかな床。視界の端には、さえずるようにせせらぐ水や、永遠に湧き出る水が瞬いている。

 白い床や柱には草のつるが巻きつき、まるでどこかの中庭のようなこの場所が、空に囲まれ、孤独にそびえていた。

 そして、差した光に導かれて。

 はだしの白い足が、ぺたんとなめらかな床にふれた。

 遠い目をした、一人の少女。

 ひた、ひたとさらにその先へと歩みを寄せ続ける。

 白い床の終わるところにいけば、そのはるか下に霞みがかった海が見えるばかり。

 ここの外は、見渡す限り何もなかった。

 半日もあれば一周できてしまうようなこの場所を、少女はただひたすら歩いては、眺めていた。

 手すりにとまるようにほられた鳥の彫刻、アーチを描く蔦や葉も、そこに咲くこぼれるようなバラも、全て白い石でできた彫刻だった。

――なんて、きれいな所。

 少女は何も、知らなかった。

 ただ分かっていたのは、夜明け頃に、この場所に流れ星が流れ着くこと。


 あれから、小さな流れ星には何度も出くわした。

 入っていた心は、その流れ星ごとに違った。


――助けて。

――頼っていいの?

――本当だ、願いが叶った。

――ひどい、ひどいひどい。


 どれも涙とともに入っているような、切なるもの。


――裏切り者。

――私も、あなたを守ります。


 それが悪意であろうとも、美しい感情であろうとも、その心は少女の体に傷を負わせた。

 思いが強ければ強いほど、その流れ星は光を増した。しかし、光と傷は比例しなかった。


――信じていたのに。


 その心を秘めた流れ星が、刻々とその場所に近づいてきていた。






 まるで流れ星は、空を翔けながら話しかけてくるかのようだった。

 最初は小さな声すぎて、触れるまでその流れ星の声は分からなかった。

 しかし次第に、まるで流れ星そのものに心があるかのように、声を持って話しかけるかのように、それは明確になっていった。

 いつもより、流れはしない、空に浮かぶだけの星が大きく見えたある日。空が白みはじめると共に、少女は腹を決めた。

 今日も降り注ぐ流れ星。ひとつひとつ、心を燃やすかのように様々な光を放ちながら落ちてくる。

 その多様な色は、まるで様々な感情が混ざりながら生き、その間も移り変わってしまう、人の心そのもののよう。

 だいぶ近づいてきた、三つの星の声が聞こえ出す。

――愛する人と死に別れて、悲しい。

 星は今日も話しかけてくる。

――ありがとう。

 いや、心を、声を運んで来ているだけの物質だとは分かっていようとも。

――どうしてお前は、そんなひどいことができたんだ!

 少女は ぎりりと歯ぎしりをして、その声をあげた。

 「一体何なの! 脈絡のない感情ばかり私に当てつけてきて。こっちに来ないで!」

――愛する人と死に別れて、悲しい。

 「知らないわよ、あなたの死に別れたことへの悲しみが、どうして私の所に来るの。私を傷つけるの。私を巻き込まないでよ!」

 悲しむ星が、ひとつ大きく瞬いた。ゆらゆらと、光は弱くなったり、強くなったりを繰り返す。

 次に暖かい、感謝の心が響いてきた。

――ありがとう。

 少女は鋭く声をあげた。

 「誰に向けての感謝だか知らないけど、ありがとうなのにどうしてそれで傷をつけてくるの。本当は不平なのに、無理にそう思おうとしているの?」

 今度は感謝の星が、強く輝き始めた。赤く赤く、燃え盛りだす。

 そこで少女は目を見開いた。

 一度目は、単なる偶然かと思った。

 しかし二度目を見て、これはきっと偶然じゃないと確信した。

 言葉をかけたことで、あの流れ星たちは確かに揺らいだり、色を変えたりして反応を見せた。

 燃え盛り出した感謝の星が、ぼろぼろと崩れていっている。

 そのままその流れ星は、自らの光で自分の核を燃焼していった。

 最後はひときわ強い光の粒を二、三粒きらりとこぼして、感謝の星は空で消えた。

 瞳を揺らしながら、少女はその様を息もせずに見届けていた。そして、喉の奥から微かな声を漏らす。

 「この流れ星、言葉が通じる」

 心が高揚しだし、唇からは笑みがこぼれた。興奮気味の呼吸を落ち着けて、すうっと息を吸う。

 「言いのめせば、勝てるんだ」

 今まで一方的に攻撃を受けるだけだった、この理由の分からない仕打ち。私は怒っているの。やっとそれをあの流れ星たちに思い知らせてやれる!

 少女はその思いを胸に、空を仰ぎ見た。

 頭上には、怨恨ほとばしる言葉を吐きながら流れてくる、三つ目の流れ星があった。

――どうしてお前は、そんなひどいことができたんだ!

 負の感情が強いものほど、彼女の体を強く傷つけた。感情の刃を携えてきた、煌々と燃え盛るひときわ大きなその流れ星に、少女は感情ごと叩きつけるような鋭い声を発した。

 「うるさいわね! ひどいのは傷つけに来るそっちでしょ!」

 流れ星に入っている感情は、まるで自分がそれを体感するかのような生々しさがあった。胸の痛みから細かい葛藤まで、全てが分かるような。

 そのため、この流れ星の感情から、その感情の持ち主が何者であるか、ほんの少しだけ少女は読み取れてしまっていた。

 「あなた、どこかで聞いた事件を、関係者でも無いのに外野で怒っている人ね。正義心のつもりかしら。ただの偽善のくせに! 悪い人を攻撃して良い人になっているつもりのあなたの方が、よっぽどたちが悪いわ。」

 少女はできる限り感情を込めて、心の底からの言葉になるようにして言った。

 すると三つ目であった、少女の名付けた「偽善の星」は、激しく、激しく燃え盛った。

 それを、まるで動揺した人の心のようだと少女は思った。二の句を続けられず、表情だけが揺らぐようなあの姿。

 少女はその星との戦いに、勝ちを確信した。

――愛する人と死に別れて、悲しい。

 そこを唐突に入り込んできたその声に、少女は対応できなかった。

 すっかり忘れていた、最初に相手をした悲しみの星。感謝の星を撃墜したことで、何故だかその星すらも対処できたかのように思ってしまっていた。

 そしてその流れ星は、海の青のような光を撒き散らしながら、少女の顔思い切りにぶつかって砕け散った。

――愛する人と死に別れて、悲しい。

 少女は文字通り、そのぶつかってきた感情を丸ごと味わった。そしてまた、分かってしまった。

 誰かが誰かを悼む、悲痛な心の声。

 そしてその誰かが、悼む方も悼まれる方も、どちらとも自分では無いこと。

 「どうしてよ……。」

 少女は光の火傷を負いながら、床に這いつくばって声を漏らした。

 「どうして、何も関係無かった私が、その感情をぶつけられなければならないのよ!」

 地面に髪が垂れ、少女がゆらゆらと体を動かすたびに、流れ星の光がしたたる少女の髪が引きずられる。

 「大体、どうして感謝の感情に痛みが含まれているの。死に別れた悲しさに、どこか恨むような響きがあるの。一体何があったのよ。私はどうしてここにいるのよ。なんでこんな目に合わなければならないの!」

 最後は、空に向かって吠えていた。髪が顔にかかり、流れ星が顔に当たった衝撃でくらんだ目は、まだ少し見えにくかった。

――どうしてお前は、そんなひどいことができたんだ!

 だから目の前に迫り来る、見たこともないような大きな光球に気が付けていなかった。

 そして気付いた時、燃え盛るその感情の塊に、少女は言葉を無くすしかなかった。

 燃え尽きると思っていた流れ星が、さらに大きく、強くなって自分に迫ってきている。

 「どうして……」

 少女の頬に涙が流れた。

 「私の読みがあってたわけじゃ、な」

 そこから先は、光と衝撃と、爆発音の世界だった。





 目を覚ませば、そこはいつもの空の上の場所だった。






 星の痛みは、体の中でナイフに暴れられているかのような痛みだった。

 星自体には、当たられても光と音と衝撃しか来ない。

 当たれば当然傷は付くし、傷なのだから触ったら痛い。

 しかしどうしても、傷を付けているのは星そのものではなく感じた。

 「私、頭がおかしくなったのかな。」

 体に傷はもう無い。一体あれからどれだけ経ったのか。傷が治るまで飲まず食わずで居られるわけがない、誰か来たのだろうか。それとも、あれは夢だったのだろうか。

 頭の中を巡るものはどれも心に引っかからず、少女はずるずるとレースの裾を引きずって水面に寄り、流れ星が当たった傷が顔にないことをもう一度確認する。

 「何も、分からない。」

 少女はその場で膝を抱えて、きらきらと輝く水しぶきにレースのスカートを濡らしながら座っていた。

――流れ星は私を傷付けられない。私の心の中にあるナイフが暴れることで、それに比例して私に痛みと傷ができるの。流れ星はそれを引き起こす引き金のようなもの。

 少女は漠然と、自分がそれを証拠もないのに確信していることを感じていた。

 「ナイフって、何よ……。」

 自嘲気味に言葉を吐く。しかし少女は、その感覚に覚えがあった。それを思い出そうとすればするほど、少女は頭の中にもやがかかるかのように、それに辿り着けなくなった。ただ代わりに、「悪意」という単語だけが頭の中を回っていた。






 まるでこの世界は夢の中のよう。ここがどこか分かるわけではないものの、自分がここに居ることには疑問を持たず、ここが自分以外いないということ、星を相手にしなくてはならないという予備知識だけが備わっていることも。

 それでも、自分が訳もわからず流されるままだった、その未知の部分を何とか知ることができないか。何か起こった後に、思い出したかのように新しい知見が広がるこの様を、何とか先回りして、あの流れ星に抗えないか。少女はそればかり考えるようになっていた。来る日も来る日も、流れ星はやって来る。流れ星の思いはちくりと胸に感じる程度のものから、自分が誰だったのか分からなくなるくらい心の中に侵食してくるものと様々だった。

 少女は歩きながら、ため息をついた。側にあった手すりに手をかけて、よりかかる。

 そこで、おやっとひとつ、瞬きをした。

 手すりにあった、あの小鳥の彫像がない。白くてすべすべして、可愛らしかったあの彫刻。

 手すりを撫でてみると、何だか、手すりに施されていた彫刻まで無くなって、どこかちんけな手すりになった気がする。

 石でできたバラのアーチも、床が太陽の光を照り返す様も、どこへ行ってしまったのだろう。見渡した今の景色は、まるでどれも、安っぽいハリボテだ。一体いつから。私はどうして気が付かなかったのだろう。

 周りに広がっていた海の光景も、あれほど細かく見えていたさざなみ、そのきらめき、空気感。そのどれもが無くなって、今見えるのは何も無い、無の空間だ。

 「え……」

 世界が、粗くなっている。

 少女は漠然と、そんな考えに襲われた。






 いつもふたつかみっつ程度の流れ星で、気が付いたら治っている流れ星による傷。でもその日は、唐突にやってきた。

 その日は風も水も音も、光さえも息を殺して静まり返るような、どこか張り詰めた空気だった。そう、どこかに行ったはずの世界たちが戻ってきていたのだ。細かなきらめきや質感まで、まるで最初の時のように。

 朝が来た覚えも、夜が来た覚えもないその日。その日は最初から、永遠に太陽と月の境目の空をしていた。

 だからもう、何かが起こる予感はしていたのかもしれない。

 白い床が、唐突に明るくなった。

 少女は一瞬、床が光ったのかと錯覚した。しかしそれに伴い一段と濃くなった自分の影を見て思い直した。

 続けて聞こえてきた空気を引き裂くような音に、さっと血の気が引く。

 空気を震わせ、肌や髪にわずかな振動を浴びせながら、強大なそれが近づいてくるのを感じる。

 少女は後ろを振り向いた。

 地面を明るく照らすことや、びりびりと音で物を振動させることができるほどの流れ星。今までに無かった現象を引き起こせるほどの流れ星。

 その流れ星たちが作り出す。恐ろしく荘厳な光景を。

 薄い青色の空に、無数の真珠色の流れ星が駆け抜けている。白い光の輪郭や長い尾は、虹色となって透けていく。

 流れる星は月のように大きく、それが空から落ちてくる様を見て、少女は白い光を浴びながら、思わず呟いていた。まるで、この世の終わりだと。

――信じていたのに。

 無数の星が叫ぶ異口同音が、まるで唱和のように鳴り響いていた。






 「ああ……」

 轟音とともに、地の果てが、この柱が、床が、砕かれていく。

 「あああ……」

 全てが崩壊していく。

 「ごめんなさい、ごめんなさい」

 思わず唇からもれていた。

 何に謝るのか分からないまま、許しを乞うた。

 「ごめんなさい。ごめんなさい、ごめんなさい!」

 ずん、とまた大きな音が鳴った。

 少女の体が傾き、床ごと、ゆっくり斜めになっていく。

――信じていたのに。

 「あぁあ……!」

 喉の奥から声がもれた。涙と共に泣き声となった声が溢れ出す。

 また一際大きな音がなる。爆発音に調和するかのような、あの声が聞こえる。

――信じていたのに。

 惨劇を祝う唱和が響く。男の声、女の声叫ぶ声囁く声。無数の星の数だけある様々な人の「信じていたのに」の感情がこの場所に降り注ぎ、建物を大きく抉っていく。

 不信の星は、多すぎた。強すぎた。

 飛び散った破片だけでもかなりの痛手を負ったと言うのに、尚その星たちは空でまだ無数に線を描いている。

 傾いた床で、ずるっと体が動いた。

 そこをめがけて、とうとう不信の星のひとつが少女の体を穿った。

 今までのものとは比にならないほどのそれは、体の中をばらばらに砕いた。

 体の中をナイフが暴れている。ナイフどころではない。体の奥底から湧き上がる凶悪な何かが、自分で自分をミンチにしようと暴れている。

 そして痛みと同時に伝わった、不信の星の感情。体の中で吹きすさぶ凄まじい感情の嵐に意識を切り離されそうになる中、少女は確信した。

 今までまるで脈絡のない、雑多なものだと思っていた様々な流れ星。

 あれらは全て、一貫していたんだと。

 蘇り、溢れてくる星の言葉たち。

 愛する人と死に別れた感情を携えていた星。ありがとうという言葉の星。そして最後の信じていたのにという悲痛な星。並べるとよく分かる。これは、大切な人を亡くした悲しみにつけ込んだ物のことだったんだ。だから、あんなにも第三者からのどうしてそんなひどいことができたんだ、という感情がたくさんあったんだ。

 「信じていたのに」の心は全てを内包していた。何故ならそれは、その人たちが最後に抱いた感情だから、それまでのことが全部そこに入っていた。

 何故分かるかって、誰の感情なのかって。

 私はその人たちを、騙した張本人だから。

 この流れ星たちは全て、私に向けられた感情だったんだ。

 ああ、全て思い出した。

 人の心の隙間を利用して、私はその哀れな子たちを利用した。まるで自分はその死者とつながっているかのように見せかけて、少しずつ、少しずつ信じ込ませていった。

 私のご機嫌取りのために、あの子たちは何でもした。盗みだけじゃない。人さらいや、人殺しだって。

 それくらい、あの子たちにとって失った相手は大事な相手だと分かっていたから、選んだ。

 でも最後は、私の罪は暴かれて、私は罪の秤にかけられた。

 そう。

 「あの流れ星たちは、全部、私への罰だったんだ」

 私は罰の世界に閉じ込められた。

 ここは元から、私のためだけの空間だったんだ。私を懲らしめるための、罰を与える世界。

 どうして最初に、感謝の星だけが撃墜できて、偽善の星は撃墜どころか威力が強まったのか、ずっと不思議だった。

 きっとその人の感情を切り取ったのだろう感謝の星は、自分に向けられた感情に対して「もうこの女に感謝する必要は無い」と私を見限ったのだ。感謝であるはずの感情が、どうして私を傷つけるのかも、恐らく分かってしまった。感謝していたのに私は裏切っていたから、それを責めていた、簡単に言えば本当は嫌味の星だったんだ。

 「いや、ちがう。」

 息に溶けてしまったかのような、微かな声が漏れ出た。心で暴れ狂うナイフの存在をそこで思い出した。そしてそれを思うたびに頭に浮かんだ、「悪意」の文字。

 分かった、思い出した。

 あの感覚はそのまま、自分で自分の悪意を首を締める時のあの感覚だ。


 下手な違法を犯して、みっともなく捕まる人たちを見ていつも思っていた。

 こんな拙い真似で誤魔化そうとするから、こうやって違法を犯す人が駄目な存在みたいに見えるんじゃないの。もっと精密に華麗に仕組めば、頭の良い人しか法を超えるようなことはできないって、有象無象に思わせることができるのに。こんな奴らのせいで、法や倫理踏みこえるような真似は屑がやること、みたいに株を落とされたくないわ。違う。すごいから、普通の人とは違うから、私はそれを踏み越えられるのよ。

 そう思って、腹の中で笑っていた。でも、私が捕まった時にこう言われた。

 「つまり格好良いって見られたいのか。お前だって、おれから見れば何の変わりもない、ただの犯罪者だ」

 私は、あのちんけな詐欺師たちと同じと言われたの。

 認められる? 認められるわけないじゃない。

 馬鹿言わないでよ、とその時は突っぱねられた。

 でも、世間がした私への扱いは……他の有象無象の犯罪者と似た様なものだった。

 嘘でしょ、ねえ。ちゃんと伝えてよ、私がどんな風だったか。ちゃんと伝えて貰えば分かるはず、私は犯罪者でも、見上げたものだって。財力に人心掌握術、嘘が暴かれないよう、凝りに凝った仕掛けを施した綿密さ。人々の間で密かに囁かれて、背徳感混じりの羨望を向けてしまうような、そんな……。

 あれ。もしかして、思っていたのは私だけだったの。

 そう思った瞬間、今までその有象無象の犯罪者に向けてた悪意が、全部自分に返ってくるかのような感覚に陥った。

 みっともない。馬鹿。有象無象。

 それ、全部私? 私のこと?

 ちがう、私はちがう。でも今の私は……いいやちがう、ちがうちがう。

 でも考え直したくなんてない。そんなことしたら、そんなことしたら私。

 それは、今まで人に向けていた刃物を、自分の体の中に埋め込まれたかのような、逃げ場の無い痛み。

 悪意という名前の刃物。

 ありがとうと言われた時、私が心の中でほくそ笑んでいた悪意。

 何てひどいことを、と言われた時、何も持たないのに小うるさいだけの偽善者は黙っててと嘲った私の悪意。

 信じていたのにと言われた時、嘘なのに信じ込んで一喜一憂するあなたは、見ていて恥ずかしいくらいに無様だったと思い返した悪意。

 これは文字通り、自業自得の罰。自分を救えるのは、「考え直す」という自分の心の持ち方だけ。

 しかし私はそれに歯向い、自分で自分の首を絞めるような感情をぶつけ続けた。

 私は自分で自分の首を、勝手に一人で絞めて、何するのよと喚いていた馬鹿な小娘。

 「なんてざまよ、」

 私は世界から追放され、さらに今、追いやられた罰の世界までもから見放されようとしている。

 白い壁や柱と一緒に、底の見えない海のような何かへ向かって落ちていく。

 「本当にみっともない。」

 きっとこの罰の世界を、人は地獄と呼んだのだろう。

 ひょっとしたら、心の中で暴れるナイフの正体は私の罪悪感で、罪悪感が体を傷付けたのではって思ったでしょう?

 ちがう。私は相手に向けていた悪意のナイフを、この世界では無理やり自分の体に入れられただけ。

 消える直前、束の間に戻ってきた私の記憶。

 消えるとしても、私は最期まで私を貫きたい。

 「それが、あなたたちの求める理想の罪人像でしょう?」

 ここは地獄。美しい、地獄。

 自分でも分かるほど歪んだ笑いを残して、意識が消えるその瞬間まで、私は私のままでいようと決めた。

 最期の瞬間、目の前に迫っていた水面に映る自分の姿が見えた。

 もう、あの頃の少女の姿ではなく、様々な所業を犯した、いくつものしわが刻まれた自分になっていた。

 そして自分の後ろでは、まるで涙のように流れていく星が落ちてきている。

 きらきらした、儚い光の粒。

――でも私は、あなたの嘘のおかげで、立ち直るまで生き延びることができた。

 その星は女に当たっていれば、どれほどの傷を負わせるものになったのかは分からない。

 天に跳ねた水しぶきに、幾筋もの流れ星がうつり込んだ。

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星が降る塔 藤滝莉多 @snow_bell

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