第11話 動かない

ノーデルとスートリアは気候も時差も雰囲気も、ほとんど真逆と言っても過言ではない。


スートリア皇国は四季の中ではとりわけ春が強い国だ。

日差しは眩く気候は暖かい、土地は肥え実り豊かでスートリア特有の生き物も数多く棲息しており、国民も穏やかな質の者が多く、様々な民族の血が入り混じった結果美男美女の国としても知られている。



シアノ・スート・フォン=グラジュス


スートリア国の第一皇子だ。

マルーンの煌めきを持つ瞳と、健康的な薄い褐色の肌、髪は若草を思わせる瑞々しい黄緑色の髪は肩にかからないギリギリまで伸ばされており、美しい模様の掘られた金色の髪留めで左に寄せて一つにまとめられている。


自室から抜け出し、青や紫の花々が甘く咲き誇る広い庭に出てシアノは思案していた。

準備さえ整えば、すぐにでも自分の戴冠式は執り行われるだろう、第一皇子なのだから当然である。

しかしながら、第二皇子である自分の弟、“ソオラ・スート・フォン=グラジュス”の方が皇帝に相応しいのではないだろうか、“アレ”には人を“魅惑”する不思議な雰囲気がある、事実心酔してる家臣や国民も少なくはない。


「難儀だな」


シアノの年齢はまだ二十にも満たない、しかし随分と低く男性的な声でそう呟き前髪も一緒くたに結んでいるためむき出しになっているおでこを下から上へ撫でた。


ただでさえ近頃は“面倒”が多い、宰相や腹心の部下、そして弟など信用できる人間は限られているだろう。そして何より、“あの”セードやノーデルが大人しくしているとは考えられない、舐められることは必至だ。

国を憂う気持ちは有る、勿論有るが、有るからこそ自分は力不足も甚だしいと思わずにはいられないのである。

しかしながら、このタイミングで第二皇子が戴冠なぞ行ってみろ、どんな疑念が沸くことか。要らぬ争いを起こしたくはない。ソオラと一度よく話し合っておくべきだろう、シアノは一旦そう結論付けた。


「兄さん」


「……ソオラ」


振り向くとそこには、なんてことないいつものように微笑みを携えているソオラがいた。


シアノとソオラはあまり似ていなかった。

長さと結い方はシアノと同じだったがソオラは癖っ毛でたんぽぽやお日様のように柔らかい黄色をしており、ぴょんぴょんと毛先が跳ねて毛束が犬のしっぽのようになっていた。目の形も二人ともつり目気味ではあったが、利発的なシアノとは違いどちらかと言えば女性的であったし、瞳の色も若草ではなくて、その中に生える菫の色をしていた。

ただ、肌の色は二人ともお揃いで、身長はソオラの方が少しばかり高かった。


「風邪をひいてしまうよ、大事な時期なんだ休んでおいてくれ」


「あァ、そうだな…」


シアノは今はまだ言うべきでは無いと思ったのか口をつむぎ、代わりにソオラの肩に軽く手を乗せた。


「心配をかけた」


「一緒に戻ろう」


二人は同じ顔をして笑った。

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