第8話 気づかない
「ぴ、ぴぎゃあああああッ……!??」
「黙らなきゃ落とすから」
「ふぇっ」
場所は移り、再びビタとリリィラのいる森の中。
“魔獣つかい”であるリリィラが目をつけた五メートルほどのグリフォンのような生き物の背に乗り、駆け回っていた。
「応戦してなさいよね!」
鞭のようなものを手綱代わりに獣を操縦しながらリリィラは怒鳴る。国境付近の森だったのだろう、盗賊集団のテリトリーを侵していたようでこのザマだ。
ビタは赤べこのようにコクコクと首を振りながら細い蝋燭のような指で黒く堅くしなやかな自分の腕ほどの長さをした長い杖で燻んだ紫色をした本を開き叩いたりなぞったりをした。
「惑え 闇よ悪魔の翼よ 愚者を祓え」
杖の先を盗賊集団へ向ける。
「---」
ビタが“何か”を呟くと同時に真っ暗闇の丸い塊が弾け飛び爆発した。
爆風で土や落ち葉枯れ木が舞い、盗賊たちの姿は確認出来なくなった、そしてゴウゴウという音に混じり微かに呻き声が聞こえた。
「
リリィラがそう叫ぶと獣は三十センチほどの厚さのあるガサガサの鋭い蹄で地面をけたぐり、爆風でついた勢いと共に空へ舞い上がった、鋼のようなバキバキと木々の枝を折りながらも一瞬のうちに遥か上空へ。
空は厚い厚い濃いドブネズミの色をした雲に覆われており、空気は乾燥していて少し呼吸しただけでも鼻が痛むほど寒々しい。
「ノーデル国ね」
氷で覆われた静かな国、屋根はオレンジに近い赤褐色で建物は寒さをしのぐ為に様々な粘土や木や石が使われており厳しい造りをしている。
「謝るわ、ビタの魔法の失敗じゃないわ きっとね」
元々、セード王国は西の大国・スートリア皇国と対立関係にあった。しかし、スートリア皇国の皇帝が突然崩御したことを聞きつけ、皇子の戴冠式の前にセード王国はスートリア皇国の現状を確認した後和平ないし同盟の交渉を試みるつもりだった、それに実を言うとセード、スートリアだけではなく、ノーデルも含めた三つ巴に近い形で長年膠着状態であった。
武力のセード、国力のスートリアが手を組めばきノーデルは食い潰される可能性が高い。奴隷のことなど突かれれば痛いところが多いノーデルとしては“何か”手を打つほかない。正攻法で勝てなくても、というのはノーデルの十八番だった。
「でも、ノーデルで“こんなこと”をやりそうな政治に口出すような魔術師は思い当たらないけれど……」
ノーデルではいわゆる専制君主のような政治が行われており、国民性がというよりは典型的な上層部が腐っている状態であった。
「セードに、いるのかもしれないね」
裏切り者が、ビタが低く小さく呟く。
遠い地から魔法をかけるのは余程の緻密さと優秀さが求められるうえ、勇者一行がスートリアに向かうことが漏れていたとは考えにくい。
リリィラは髪を手の甲でパタパタはたき肩の後ろに下げると口を開いた。
「さぁ、マーケットに着くわよ」
敢えて触れずリリィラは努めて明るい口調で続けた。
「セイグルスリッドはノーデル一番の繁華街だから、きっとマーケットも素敵よ」
キラキラと光るものを売っている露店を指差しビタの方を向いて笑う、ビタも眉毛をめいいっぱい下げてはいるものの、柔らかく笑う。
「みんなと合流したらあったかいチーズが食べたいな」
ビタは凍えて感覚の無くなった耳の輪郭を触った。
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