第6話 貴族様と勇者様
「これは、これは、セード王国の……勇者様ではありませんか」
随分と大仰に目を見開き、アリスティアは恭しく頭を下げた、長い金髪がシャンデリアの光を反射してカナリアのように光る。笑みを浮かべる口元は醜く歪んでいた。
「オレ……いや、私をご存知なのですか?」
濃い茶髪、サヤと同じく高校生くらいだろう。瞳も茶色、優しく快活な雰囲気を纏ってはいるものの、容姿は十人並みの“モブ”という形容詞が似合う少年、否、“勇者様”は全身に緊張感を纏わせながら、ゆっくり口を開いた。
「ゆっくりお話し致しましょう、どうぞお掛けください」
アリスティアは細く長く美しい手を、客人用の上等な皮のソファへ向けた。
勇者が座ったのを確認すると、自らも向かい側の椅子にゆっくり腰を下ろした。そして、手を叩きメイドを呼びつければ茶の用意をするよう命令した。
「まずは謝罪させてください」
勇者は拳を膝の上に置き深く頭を下げる。
「この度の無礼、本当に申し訳ありませんでした」
「頭を上げてください」
「ッ」
鈍い煌めきを纏ったアリスティアの瞳が勇者を射抜く。
「謝罪は必要ありません、ただ、どの魔法の暴走でこの屋敷に飛ばされたのかお聞かせ願えますか?」
「!! は、はい、わかりました!」
勇者が顔を赤らめながら上擦った声を咳払いで整えたところでトントントントンと四回ノックの音が響いた。
「入れ」
「失礼します」
銀色のカートにティーカップやソーサー、ポットや何種類もの焼き菓子が乗せられている、運んできたメイドは手早く用意をすれば綺麗なお辞儀をしてさっさと部屋を後にした。
「あぁ、とんだ失礼を挨拶がまだでしたな」
アリスティアは思い出したようにそう言えば服に付いているカメオを軽く正してから品のいい口調で自己紹介を始めた。
「私はアリスティア=マリー・ブラッド、ノーデル国で第一等の名を頂いております 以後お見知り置きを」
勇者は、以後なんてねーよ、極度の緊張のあまり心でそう突っ込みを入れながら下手くそな愛想笑いを返す。
「わ、私はタイガ・ミナミヤです、既にご存知のようですがセード王国で“行われた勇者”召喚の儀によりこの世界に招かれました よろしく、お願いします」
ここまで言って、“勇者”、タイガは何か引っかかりを覚えた。
アリスティア=マリー・ブラッド?
ロゥロゥに聞いた“伝説”が頭を過ぎる、まさか、国も違うんだ“あの”ブラッドであるはずない。それに第一等と言っていたが、地位は貴族としては最高位、“あのブラッド”は二等三等どころか貴族ですらない下級の呪術師だったそうだし、これ以上考えるのは辞めよう。余計な色眼鏡で人を見たくはない。
タイガはアリスティアに気づかれないように深く鼻から息を吐き出した。
「魔法の暴走について、でしたよね?私は魔法に造詣が深くないので詳しいことが分からないので……、分かる範囲でいいでしょうか?」
「勇者様は魔力を持ってないのですか……?あぁ、いえ失礼、構いませんよ」
“ない”訳では無いのですが、と言いかけたが今は自分の話をしている場合では無いとタイガは説明を始めた。
ビタという名の仲間の魔道士のこと、完璧な魔法陣と呪文を唱えたはずだったが“何故か”失敗してしまい転移先が分裂してしまったこと。
きっと失敗の原因は緊張しやすい彼の性質のせいではないかということ。
他に仲間はビタを含め五人いること。
自分がアリスティアの屋敷に飛ばされたのは全くの偶然であったこと、そこにセードの意は何もないことを殊更強調して。
アリスティアはうっそりとした顔をして話を聞いていた。
「ええ、ええ、分かりました、では残りの皆様と合流できるよう手配致しましょう」
「え!?」
思ってもなかった提案にタイガは思わず声をあげた。ノーデル国で力を持つアリスティアの助けが貰えれば数刻も経たずに合流出来るだろう。
しかし、
「そこまでして頂いても、返せるものなんて…」
ないですよ と、尻すぼみになっていくタイガをみてアリスティアは“慈悲深い”笑みを浮かべた。
「ハッハッハッ!」
可笑しそうに笑うアリスティアに対しタイガはギョッとしながら肩を揺らした。
「人のために動くことは“貴族”としての役目なんですよ」
“貴族的”に微笑むアリスティアにタイガは感心したように息を漏らした。流石貴族、随分と高尚なことを言うものだと。
「ああ、一つ“お願い”を聞いてください」
アリスティアの金の瞳が鈍く光る、タイガは射抜くようなその瞳に何故か頬を赤らめた。
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