第3話 Attack

誰も来ない。

2時過ぎに警報が発令されて、それからミキヤとだらだら帰って、こうやって捕えられたのが3時前くらい。

でも、リビングの時計の短針は5を指している。


ヒロム達は捕らえられたまま、2時間以上が経過していた。

そもそもいつ地底人たちがこの家にやってきたのかも分からない。


状況は変わらず、夢見家の4人は捕らえられたままだ。

仕事に出ている父1人だけがまだ帰ってきていないが、警報が出たということは会社は恐らく休業になっているはずであるのでどこかで道草を食っているだけであろう。

たとえ帰ってきたとしても結局何もできずに一家同様縛られるだけだと思うが。


警報が鳴ってすぐに帰っていれば。玄関での異変にもっとちゃんと気付いていれば。

ヒーローもいないとなった以上、もはや後悔しか出来ない。


すると突然、『ムルグルス』と地底人に呼ばれていた触手の塊から、

1本が玄関に向かい勢いよく伸び始めた。

もしや、と思った矢先に聞き覚えのある悲鳴と共にヒロムの父が転がり込んでくる。


「父さん……」


父は一家最後の希望であったが、あっけなく触手に捕らえられ一家団欒いっかだんらんの形となってしまった。


「うおぉっ!?何だこれ!?誰だこいつら!?

おい!俺の家族をどうしたんだ!放せ!放せぇぇぇぇぇぇ!!!!!」


体育会系で常に暑苦しいところのある父は地底人の怒りに触れたのか、

ムルグルスに手足を縛られるどころか口まで塞がれてしまった。


これで、当分の間助けは見込めなくなった。

早くても明日、ヒロム達兄弟が全員学校に来ていないこととか、父が出勤していないことを不審に思った人が確認するくらいまでは誰も気付かないだろう。

もし夢見家が地底人に監禁されているなど誰が思うだろうか。


その時、突然けたたましくサイレンが鳴りだした。

これは緊急危険速報のもので、主に地底人が付近に出現した場合に用いられる。

誰かが夢見家に起きている異変に気付いたというのだろうか。



話は少しだけさかのぼる。

父が地底人の巣窟と化した夢見家の玄関を開け、謎の触手に捕らえられ消えていったのを見ていた少年がいた。

魔法少女クリームピュアのBDが待ちきれなくて取りに来たヒロムの友人ミキヤである。

ヒロムの趣味が役に立った初めての瞬間といっても過言ではない。



そんなわけで、あっという間に警察対地底部隊が夢見家周辺を取り囲んだ。

時刻は5時半。

突然の事態に周辺住民も戸惑っている様子で、野次馬が集まっているのがガヤガヤ声で分かる。

西隣に3階建てのアパートがある都合で、この時間になると日光は当たらなくなる。

普通は逆なのであるが、地底人たちはこのタイミングで窓のカーテンを開けた。

彼らは強い光に弱いので、これまでカーテンを閉め切っていたが、日光が差し込まなくなったので開けたのだろう。

すると、これまで見えていなかったのだが、窓の外にある庭には、見たこともないような乗り物と大穴が開いていた。

その奥には、警察対地底部隊が構えているのが見えた。

乗り物の先端には掘削くっさくのためか大きなドリルが付けられていて、足元にはどのような場所でも進めるようにするためであろうキャタピラがある。

恐らく彼らはこの乗り物で庭を突き破って来たのだから、たまたま着弾点になってしまった夢見家は不幸であるとしか言いようがない。


地底人たちも対地底部隊の到着により、焦り始めている様子だ。

何やら話し合っているが、その内容は翻訳されていないので把握できない。

すると、彼らのうち最も背の高い男がおもちゃのような見た目の銃を持ったまま母の元へ歩み寄る。

彼が母の体に巻き付いているムルグルスと呼ばれる触手をポンポンと叩くと、母の体が浮かび、ゆっくりと窓際へ流れていく。

窓際で吊るされている母に銃を突きつけると、彼は外で構えている対地底部隊に対し翻訳された言葉で言った。

「今すぐ立ち去れ。さもなくば、一家全員を殺害する」


完全なる脅迫である。

今や戦争も無い時代において他なる脅威に命を握られたことなど一般人の彼らにあるはずもない。

ヒロムは恐怖のあまり涙が出そうではあったが、家族がいる手前、不安をこれ以上募らせまいと必死でこらえた。

ヒーローはまだ来ていないようだ。

しかし、このように人質として捕らえられている以上、ヒーローたちも自由には動けないだろう。

自分がヒーローを生みだすどころか、むしろ重りになってしまうとは。

情けなさと恐ろしさで、心がへし折れてしまいそうだった。


警察側も、地底人の呼びかけに応じる形でスピーカーを手にして応じる。

「お前らにも家族がいるだろう。このことを知ったらどうする。

今すぐに人質を開放し、地底へ帰るんだ」

余りにありきたりなセリフだった。

しかし、次の言葉に夢見家にいる全員が驚愕した。

「だから、あと10分以内に帰還しろ。

さもなくば、人質ごとお前らを爆破する」

ブラフなのか本気なのか、素人のヒロム達には判別のしようがない。

しかし現に目の前にいる隊員達はロケットランチャーをこちらへ向けている。


10分。

時間とは場合により体感速度が流動的になるものだ。

地底人たちは分からないが、一般人であるヒロム達はロケットランチャーなどという非人道的な兵器を撃ち込まれればひとたまりもないし、この家だって何の変哲もない、ローンをあと30年残した2階建ての一軒家であるため、重火器に耐えられるような造りでは到底ない。

すなわち、残された10分、厳密にいえば残り9分何秒かがヒロム達の寿命ということになる。

命がかかった10分というのは、余りにも短く感じられた。

地底人たちが帰れば話は別なのだが、彼らが引く様子はない。

もしかすると彼らのハイテク技術でロケットランチャーを防ぐことが出来るのかもしれないが、対地底部隊と地底人達のどちらの思惑もヒロム達には伝わらない。


「残り、5分」

外にいる対地底部隊の隊員がスピーカーを通してこちらへ残り時間を告げる。


「残り、3分」

時間は進むばかりだ。

ヒロムは走馬灯のように、過去の記憶を思い返すくらいしか出来ない。


魔法少女クリームピュア、

魔法少女プリティ☆サニー、

魔法美少女マジカルエリナ……

ああ、来てくれないのか、ヒーロー、

激カワ巨乳魔法少女……

ああ、そうだ今日はクリームピュア2期の放送日じゃないか。

物語の終わりを見れないまま死ぬのは惜しい。実に惜しい。

ああ、誰か。誰か助けに来てくれ。


「んぐぅっ!?」

薄暗い部屋が一瞬光ったかと思うと、

悲鳴と共に地底人のうちの一人が吹き飛んでいった。


「何だ!?ぐぁっ!」

「ぐおぉ!」

「ぎぁあっ!」

カメラのフラッシュの様な、一瞬の強い光と共に吹き飛んで倒れていく地底人達。

室内の全員がこの状況を理解出来ていない。


そうして、光が止んだ後にただ一人だけ立っていたのは、杖を持った女の子だった。


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