第1話 Birth

6月とは、確かに夏である。

だがしかしこうまで暑い必要があるだろうか。

時間は午後2時。

暑さがピークに達した中、2人の高校生がのそのそと歩く。


「いやあ、暑い。これなら学校居た方がよかったよ。中途半端な時間に攻めてきやがってよお」

伊予ミキヤは重ねたプリントをバサバサ扇がせている。


「俺は助かったよ。だって次の時間の現代文の課題やってなかったし」

夢見ヒロムは赤いプラスチックの下敷きを扇がせている。


「この前あんな怒られといて懲りてねえのかよ」


「だーかーら、俺は巨乳激カワ魔法少女の妄想でいっぱいいっぱいなの」

ヒロムはプリントの裏に描いたかろうじて人と認識できる絵をミキヤに見せつける。

ヒロムに言わせればこれは彼の妄想する『巨乳激カワ魔法少女』であるらしい。


小さい頃からテレビでヒーローが活躍する姿に魅了され、マザーになることをずっと夢見てきた。ヒーローを生みだすには強大な想像力が必要であるということを知ってからは、常日頃から自らの理想的なヒーローの姿を考え続けてきた。


小学生の頃は巨大なロボット、中学生では黒いマントを羽織ったヴァンパイアとその姿は歳を経るごとに変わっていったが、今では先ほども述べていたように『巨乳激カワ魔法少女』という欲望が剥き出しのものになってしまっている。


「わーかったよ、じゃあな。また明日」


「おう、また明日な」


「あ、そういや今日アレ持ってくるって言ってなかったか」


「え?何を」


「アレだよ。……魔法少女クリームピュアのBDだよ」

ミキヤは周りに人がいないのを確認してこそこそと言う。

ちなみに魔法少女クリームピュアとはヒロムの妄想の元にもなっているほど好きなアニメで、いつもその話ばかりしているうちにミキヤもハマってしまったのだ。

元々ミキヤにはヒロムと違ってアニメを見るような趣味は無いので魔法少女モノを見ているということにイマイチ恥ずかしさが隠せない。


「あー、忘れてた。明日こそ渡すから」


「明日こそ頼むぞ」


「分かったって。じゃあな」


ヒロムはミキヤに手を振り、家へと続く路地へ入っていく。


今日彼らが平日の午後2時に下校しているのは決してサボりなどではなく、『彼ら』が地表へ侵攻を仕掛けてきているとの警報が発令されたからだ。


本来こんな風にのんびりと帰っている場合ではないのだが、人々は『彼ら』の侵攻をほとんど現実離れしたものとして捉えていて、警報が出たとしても普段とあまり変わらない生活を続けるだけであった。


なぜ?と言われれば、「ヒーローがいるから」だ。

ヒーローは『彼ら』を圧倒するだけの戦闘力を持つし、人類も『彼ら』のテクノロジーに対し対抗出来うるほどに発展した。

数百年前に初めて現れた『彼ら』に比べて、現在の『彼ら』に対して今の人類が感じる恐怖はすずめの涙ほどになったといっても過言ではない。



『彼ら』とは誰か?

その正体は数十年前にとっくに判明している。

有史ゆうし以来、数百年前に地表へ侵攻するまで姿を現さなかった『彼ら』を端的たんてきに言うならば、『地底人』だ。

彼らは人類、区別して言えば地表人が地球で生きていくのと共に、そのはるか下で長い歴史を築いてきた。

しかし、どういう訳か突然地表への侵攻を始めたのが数百年前。

結果的にそれがヒーロー発現のきっかけとなったため、初回の地底人の侵攻がHA(ヒーローエイジ)0年とされている。


HA280年を迎えた今、もはや地底人は人類を脅かす存在ではなかった。

表立った被害もなく、少し反撃を加えれば地底人はあっという間に逃げ帰っていく。

なので、地底人侵攻の警報というのも、雪国以外での大雪のような、日常の中の非日常のようなイベントでしかなくなっていたのだ。


ヒロムは自宅まで辿り着くと、右ポケットにしまっていた玄関の鍵を取り出す。

そして、鍵穴に差し込み、左へ回す。

……が、回らない。

この家はヒロムが2歳になった頃に購入した家であり、玄関の鍵を開けるというのは10年近くほぼ毎日続けているルーティンだ。

まさか回す方向を間違えたなんてことはない。


それならば鍵がかかっていないということなのだろうが、これまでに玄関の鍵が開いていたことなど果たして片手で数えるほどもあっただろうか。

何やら不穏な空気を感じたヒロムは、大袈裟かもしれないけれど慎重に玄関のドアを開けるのだった。



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