6-2

 パンッパンッと爆竹を破裂させた様な軽い音が、狩人協会日本支局の地下四階に響いていた。

 音の発生源は狩人には似つかわしくない幼い少女ことU・Dである。

 その手には、9㎜弾が五発装填された回転式拳銃リボルバー『S&W M940』が握られている。

 だが、その外装はピンク色のメッキで塗装され、隠密性の欠片もない悪趣味な物に改造されているのだった。


「全弾命中。まっ、こんなものよね」


 U・Dは弾を撃ち尽くすと、二十m先に下げられた人形の紙に五つの穴が空いている事を確認し、クールに銃口の煙を吹き飛ばした。

 それを見て、横に立った柘榴も感嘆の拍手を鳴らす。

 ここは協会ビルの地下に作られた射撃訓練場で、ここ一週間ほど新たな狩りを任命されずに暇を持て余していた二人は、射撃の練習に勤しんでいた訳である。


「ふふふっ、無敵の美少女U・D様にとって、この程度は朝飯前よ」


 上機嫌に笑い声を上げるU・Dを、柘榴も今日は茶化したりしない。

 実際、U・Dの射撃能力は素直に感心させられるほどのモノだったのだ。

 拳銃は一般に思われているほど、そう簡単に当てられる物ではない。十m先の目標に命中させるのでさえ、一年は練習が必要と言われている。

 それなのに、U・Dは二十m先の目標に五発も連続で当てたのだ。十分賞賛に価する技量である。


「お前、拳銃を撃った事があるのか?」

「母国は米国ステーツだって言ったでしょ。あっちじゃ銃を触る機会なんて幾らでもあるわ」

「それ、本当だったのか」

「失礼ね、私は嘘を吐いた事なんてないわ」

「その言葉が嘘だ」


 すっかり意気の合った突っ込みを入れながら、柘榴は人型の目標を指差して告げる。


「お前の腕が良いのは分かった。だが撃つなら肩や腹じゃなく、頭と心臓にしろ」


 全て命中していたものの、腹や肩にしか当たっていない事を示唆すると、U・Dは不満げに頬を膨らませた。


「流石は冷酷無比な狩人様、慈悲の欠片も無い事を言うのね」

「お前が優しいのは知ってる。だが俺達の相手は人間じゃなくて怪物なんだ。確実に息の根を止めないと、こちらの命まで危なくなる」


 そう告げる柘榴の言葉には、数多の修羅場を潜ってきた戦士としての、重い経験が込められていた。


「怪物の中には強靱な生命力や再生能力を持ったモノも多い。だが、絶対に死なないモノなど存在しないんだ。脳と心臓を破壊して、さらに細胞の欠片まで焼いてしまえば、どんな化け物だろうと滅ぼす事はできる」


 柘榴はそう切々と怪物戦の基本を説明する。だが――


「そう、死なない化け物なんて存在しない、ね……」


 U・Dは、どこか影のある表情で俯いてしまった。

 調子でも悪いのかと、柘榴が心配して顔を覗き込むと、直ぐにその表情は消え、ニヤリとした意地悪な笑みが返ってくる。


「じゃあ、今度は柘榴がお手本を見せてくれないかしら」

「えっ?」


 突然の要求で驚く歴戦狩人の前で、新米狩人は素早く弾の装填を終え、その悪趣味な拳銃を鼻先に突き付けてくる。


「ほら、見事に心臓と脳を撃ち抜いて見せて、先生?」

「……分かったよ」


 満面の笑顔で脅迫に近いお願いをしてくるU・Dに、柘榴は渋々銃を受け取る。

 そのまま乗らない感じで銃を構え、新しい目標に五連射する。だが、穴は一つも空いていない。


「あらら~、全部外してしまわれたのかしら~?  先生はお優しいのですね~」


 エセ貴婦人喋りでコケにされ、柘榴はむくれて銃を突き返す。


「俺には断首刀だけで十分だ。拳銃なんて弾切れを起こすし、減音器サプレッサーを付けたって音は出るから、町中じゃ目立って使えないし、そもそも人間用に作られた武器だから、怪物相手にはパワー不足なんだよ」

「ほっほっほっ、負け犬の遠吠えは何度聞いても心地良いわね」


 柘榴が必死に言い訳をするも、U・Dはそんなものには耳を貸さず、彼を言い負かすネタを手に入れて小躍りした。

 彼女はそのまま次弾を装填しようとして胴輪シリンダーを外し、しかし、勢い余って空の薬莢をばら撒いてしまう。


「熱っ!」


 火薬で熱された金属の薬莢が左手を直撃し、U・Dは悲鳴を上げて反対の手で押さえた。

 柘榴も直ぐ真面目な顔に戻り、心配して手を差し伸べる。


「大丈夫か、火傷したんじゃ――」

「っ、見ないで!」


 パシン、と乾いた音が鳴り、差し伸べた赤銅の手が叩き落とされた。


「……あ、すまない」


 突然の事に、柘榴は怒るよりも呆気に取られ、大人しく身を引いた。

 U・Dは気まずそうに顔を逸らしながらも、怪我した手を必死に体で隠して後ずさる。


「……ごめんなさい、医務室に行ってくるわ」


 それだけ言い残し、脱兎の如く射撃場を飛び出して行った。

 後に残された柘榴は、一人首を傾げながらも、律儀に銃の後片付けを始めるのだった。





 協会ビルの地下二階、そこは負傷した狩人の手当をする医務室と、泊まり込む者の為の寝所が用意されている。

 その医務室の扉が勢い良く開けられ、とても怪我人にも病人にも見えない、元気な少女が飛び込んで来た。


「ハロー、冴さん。元気にしてたかしら」


 U・Dが図々しい態度で入り込んだそこには、予想に反して二人の人影があった。

 一人は四十代前半の女性で、白衣を着た如何にも医者といった女性――大室冴おおむろさえ

 もう一人は二十代後半の白人女性で、U・Dは久しぶりに会う柘榴の元相棒、ケイト・マクレガーであった。


「あらUちゃん、お久しぶり」

「こらU・D、用もないのに来るなと何度言えば分かる」


 挨拶をするケイトと注意してくる冴に手を振って応え、U・Dはベッドの上に腰掛ける。

 冴が管理している第二医務室は、まるで学校の保健室の様で、あまり病院的な暗さがない。無論、隣室には手術台等が完備されており、骨の数本や内臓の破裂くらいなら、鮮やかな手術で治療してもらえるようになっている。


「用ならあるわ、ちょっと絆創膏を貰いに来たんだけど……ケイトさん、怪我したの?」


 冴がケイトの右腕に包帯を巻いているのを見て、U・Dは痛そうに顔をしかめた。

 ケイトはそれに苦笑で応えると、何でもない風に腕を振る。


「ちょっと仕事でドジってね、四針ほど縫ってもらったのよ」

「浅い切り傷だったから、唾でもつけときゃ治ったんだけどな。痕が残ると嫌だってケイトが煩いから縫っただけさ」

「あら、女なら美しい体を維持したいと思うのは当然でしょう? 私は冴先生と違ってまだ女を捨ててないですもの」


 嫌味を言われたケイトが歳を笠に着て言い返すと、冴は「ほざけ」と舌打ちして、白衣のポケットから煙草を取り出してくわえた。


「冴さん、病室って喫煙可だったかしら?」

「分かってる、火は点けないよ」


 U・Dに不機嫌な声を返しながら、冴は絆創膏の箱を取り出して渡す。


「ほらよ。どこか怪我したのか?」

「いいえ、マンションの備蓄が切れたから欲しかっただけ」


 さらりと協会の備品を着服するU・Dに、冴もケイトも苦笑を漏らす。

 そこで、ケイトはある事を思い出し、破顔してU・Dに詰め寄った。


「ところでUちゃん、柘榴の所で同棲してるらしいけど、どこまで関係は進んだの?」


 協会の狩人とは言え如何にも女性らしく、ケイトは他人の色恋に目が無いのだった。

 冴も興味が有るらしく聞き耳を立てるが、U・Dは深い溜息と共に肩を落とす。


「それが全然。色々モーションをかけても全く乗ってこないのよ。それがどれだけ私の自尊心を傷付けてるか絶対に気付いてないわね、あの唐変木。紳士的な俺って格好良い、とか思ってるのかもしれないけど、女から見ればただの臆病者おおむろさえよ。あ~、言ってたら腹が立ってきたわ。今日の晩ご飯は鶏肉で決定ね」


 大人ぶりながら怒りを爆発させる少女に、大人二人は忍び笑いを漏らす。


「ひょっとして、柘榴って同性愛者ゲイなのかもよ?  私の巨乳を見ても眉一つ動かさないんだから」


 そう言って自慢の胸を寄せて上げるケイトの頭を、冴がカルテで叩く。


「阿呆、くだらない事を言ってる暇が有ったら仕事に戻れ。今は忙しいんだろう」

「まあね。でも一段落は着いたから、今日明日は休めるわ」


 ケイトは疲れた様子で肩を揉み、それを見たU・Dは首を傾げた。


「今忙しいの? アタシなんか一週間くらい何もしてないけど」


 暇人全開と足をぷらつかせるU・Dに、ケイトと冴は顔を見合わせる。


「Uちゃんと柘榴もここの所は忙しかったでしょ?」

「そうだろう。半月の間に二度も怪物を退治したんだ、十分働いただろうさ」


 口々に頑張っていると褒められ、U・Dの頭にはさらに疑問符が浮かぶ。


「もしかして、一月に二度も事件を解決するのって多い方だった?」


 そう新米狩人が尋ねると、古参の二人は納得した顔で頷き合った。


「そっか、Uちゃん狩人になったばかりだもんね。普段のペースは知らないか」

「怪物の数は多くないからな、本当に怪物が出る事件は、日本全国で月に二、三件も起きれば十分。一チームの狩人が担当する分は月平均〇.二件くらいだぞ」


 ガセネタの確認ばかりしてるのが普通だ、とも付け加えられ、U・Dは衝撃の事実に顎を落とす。


「えっ、何?  アタシ凄いサボってるな~とか思ってたけど、実は働き過ぎ?」


 その問いに、ケイトと冴は同情を浮かべながら深く頷いた。


「間違いなく働き過ぎね。狩人になって三週間で二件解決なんて、新記録並のハイペースよ。柘榴は強い分、危険度の高い仕事を回されるから、相棒のUちゃんも怪物遭遇率は高くなるんだけど」

「柘榴、神楽、梟の三人は、局長お気に入りの懐刀だからな、日本に出現する化け物の五割はあいつらが片付けてるくらいさ。まぁ、U・Dも巻き込まれて死なないように気を付けな」


 二人から同時に肩を叩かれて、U・Dは脱力して項垂れた。


「なんだ、サボりすぎるのも悪いかと思って、射撃練習に来たのに。家で料理の仕込みでもしてれば良かったわ」

「すっかり主婦ね。でも、射撃練習をしておいて損は無いと思うわ。特に、ここ一ヶ月は怪物の発生率が異常に高かったし……」


 そう言ったケイトの顔は暗く、何かを後悔している様にさえ見えた。

 不審に思ってU・Dが冴の方を見ると、女医は火を点けていない煙草を捨てて言った。


「言葉通り、ここ最近は怪物による事件が多かったんだ。お前と柘榴が解決した二件も含め、今月起きた事件は十三件。通常の五倍も起きている」

「都心だけじゃなく、東北や関西、北海道や九州方面でも満遍なく起きてるの。だから今忙しくて、ここにもあまり人が居ないでしょ」


 ケイトにそう指摘され、情報部や装備課の局員には会ったものの、現場に出る狩人とはほとんど顔を合わせていない事に気付く。

 そして同時に、とても嫌な想像が頭を過ぎる。


「もしかして、怪物達が手を組んで、組織的で大規模な犯行を起こすつもりじゃないのかしら?」


 狩人協会に対抗した怪物連合。そんな想像を口にすると、ケイトと冴は揃って爆笑した。


「あはははっ、それは無い無い。怪物は組織を作れるほど数がいないし、それを見逃すほど協会も無能じゃないわよ」

「くくくっ、発想は面白いけどな。それに、事件が多いといっても、統計的には誤差の範囲で済まされる程度だ。誰かの故意によるものじゃないさ」

「悪くない推理だと思ったんだけれど……」


 渾身の想像を否定され、U・Dはむっとして頬を膨らませる。

 その子供っぽい仕草にさらに笑いつつも、ケイトは急に真面目な顔をして呟いた。


「けどね、こう立て続けに事件が起きると、大きな事件が起きかねないのよ」


 先ほどと同じ不安を浮かべる彼女に、冴も同意して頷く。


「小さな事件が多発した後には、何十人もの犠牲者が出る大きな事件が起こるって、狩人の間じゃ有名なジンクスなんだよ。実際、七年前もそうだったしな……」


 冴はそう言い、当時の事を思い出して顔を曇らせた。

 大胆不敵な女医さえもがそんな態度を取る事に、U・Dは嫌な予感がしつつも、好奇心に負けて尋ねてしまう。


「昔、何かあったのかしら?」


 少女の問いに、先輩狩人二人は顔を見合わせるが、決心して語り出す。


「七年前の、丁度今と同じ初夏か。怪物による事件が急増した頃、一際派手な事件が起きたんだ」

「ここから二つ隣の県に、高雛たかひなって言う山に囲まれた町が有るんだけど、そこに凶悪な化け物が現れてね、一夜で住人が二十一名も殺害され、最終的には死者三十五名、行方不明者二名――多分、殺されているだろうけど――合計三十七名もの犠牲者を出す大惨事が起きてしまったの」


 三十七名。学校の一クラス分にも及ぶ人間が殺害されたという事実に、U・Dも背筋を凍らせる。


「しかも被害者の内、八名は協会の狩人なの。犯人の怪物を倒す事には成功したのだけど、その時抵抗にあってホークチームがほぼ全滅」

「それに、倒せたのは古参エルダーだけだろ? 低級レッサーは逃がして行方不明。本部から大目玉喰らって局長の首が飛ぶかとヒヤヒヤもんだったな」


 専門用語を繰りながら、暗い表情で言葉を交わすケイトと冴。

 そんな二人の話を聞きながら、U・Dはどうにも引っかかる事があった。


「あのね、そんなに大きな事件が起きたっていうのに、アタシはそれをテレビや新聞で見た覚えが無いんだけど?」


 七年前なら間違いなく日本に居たのに、と付け加えるU・Dに、ケイトが微妙な顔で説明する。


「Uちゃんが知らなくても当然よ。怪物が関わった事件は、出来るだけ一般に報道されない様にしてるから」

「それって、報道規制をしたって事かしら」

「そうよ。協会は日本政府と協力関係にあるもの、国から圧力をかけて貰って、あらゆるマスコミの口を封じるくらい造作も無いわ。勿論、事件が起きた高雛町とその周辺地域では、怪しまれない程度に報道し、怪しまれない程度に素早く風化させていったけどね」


 まるで自分がしたかの様にケイトは語るが、それを聞いてもU・Dは納得出来なかった。


「でもそれだけ大きな事件なら、国の命令を無視してすっぱ抜こうとする血気盛んな記者も、一人や二人は居たんじゃないの?」


 そう当然の疑問を述べると、ケイトも当然という顔で頷いた。


「問題ないわ。そういう悪い子は、私達がキチンと処分・・したから」


 ケイトは普段の陽気さを潜め、冷たく鋭利な視線で告げる。

 豹変したその姿に、U・Dは改めてこの女性も狩人なのだと思い知る。

 寒々しい空気が漂い出し、冴は一つ咳払いをすると、場を和ませようとわざとらしく大声を上げた。


「ともかくそんな理由でな、また大事件が起きそうで嫌だから、U・Dもケイトも気をつけろよ。怪我したあんたらの面倒を見るのは私なんだ、仕事増やしたらタダじゃおかねえからな!」


 怖いおばさんの顔を作る女医に、U・Dもケイトも一瞬前の緊張も忘れて笑い合った。

 とそこへ、扉をノックする音と共に、噂の人物が顔を出す。


「U・D、左手の火傷はそんなに酷いのか?」


 現れたのは、相棒の帰りが遅くて見に来た柘榴。

 U・Dはすっかり忘れていた心配性の彼に、少しだけ嬉しそうな笑みで手を振った。


「全然大したことなかったわ、絆創膏を貰ったから大丈夫よ」


 そう告げると、柘榴は納得した様子で首を引っ込めた。


「……少し妬けるかな。私と組んでた時はあんなに心配してくれなかったのに」


 ケイトが誰にも聞こえない声で呟く横で、U・Dは満更でもなさげな顔でベッドから飛び降りる。


「じゃあ行くわ、ケイトさんと冴さんも気を付けてね」

「おう、もう二度と来るなよ」


 女医なりの乱暴な挨拶を背に、U・Dは医務室を出て行った。

 そんな少女を見送り、二人は微笑を漏らすが、同時に首を傾げる。


「なあケイト、U・Dの奴火傷なんかしてたか?」

「いや、してなかったと思うけど」


 二人は少女の掌を思い浮かべ、それがシミ一つない綺麗なものだった事を確認し合い、さらに首を傾けた。


「それにしても、ジンクスが本当にならない事を願うよ」

「そうね、あんな悲惨な事件、二度と起きなければいいのに……」


 冴は楽観的に天井を見上げ、ケイトは酷く暗い顔で床を見つめ、心配が杞憂に終わる事を心から祈った。

 だがしかし、忌むべき因縁は、二日後には現実のものとなるのだった。

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