第六幕:赤い鬼
6-1
森に囲まれた夜の山道を、一条のヘッドライトが通り過ぎていく。
車の運転手、
静香は自分の村が嫌いだった。
負債ばかり増える植林場と、寂れた農地以外は何も無い、山に囲まれた寒村。
ちょっと買い物や遊びに行こうと思ったら、車で一時間もかかる隣町まで行かなければならない。
まだ二十二歳で、遊びたい盛りの彼女にとって、村は退屈で不便なものでしかなかった。
それでも、この村から離れられない。
都会で一人暮らしをしたくても、過保護な両親と頑固な祖父を説得できるほど、静香の心は強くなかったのである。
一時は束縛から逃れる為、両親と祖父の死すら望んだものだ。
(自分で殺す度胸も無いくせに……)
そう心の中で毒づく頃には、彼女は家に着いていた。
車を車庫に入れ、疲れた体で玄関を開けた所で、家の中から漂う異臭に気付く。
その鉄にも似た臭いに、静香はふとある事件を思い出す。
それは七年前、彼女がまだ学生だった頃のこと。
隣の県の、ある町で起きた恐ろしい事件。
一夜にして、住人が三十人近くも虐殺されるという、残酷な事件。
しかも、その被害者達の死因が異常で、人間では有り得ない怪力で引き裂かれた者や、歯で噛み殺された者までいたという。
事件当時、その町の近くに居る親戚を訪ねていた静香は、自分の直ぐ側でそんな異常大量殺人事件が起きていた事に、心底震え上がったものだ。
村に戻って以降、その事件がテレビや新聞で報道される事はなかったので、犯人が捕まったのかどうかを彼女は知らない。
それにしても、何故今になって、そんな昔の事件を思い出したのかは、静香自身にも分からなかった。
多分、先ほどまで考えていた、家族が死ねば自由になれるという妄想を、当時ニュースを見た時にも思っていたからだろう。
その真偽はさておき、静香は自由を手に入れた。
彼女を束縛していた両親と祖父は、家の中で惨殺死体となっていたし。
何より、彼女を狭い世界に留めていた『生』という鎖が断たれたのだから。
玄関から飛び出してきた何かが、静香の首を切断する。
彼女が最後に見たのは、首の無い自分の死体と――
赤い、赤い月だった。
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