5-3

 白と黒の垂れ幕が囲むその場は、淡々と紡がれるお経と啜り泣く声だけが満ちていた。

 高校生連続猟奇殺人事件。そう名付けられた事件の最後の被害者、佐々木和義の葬式である。

 世間的にはもうこの事件は解決している。彼らに恨みを持つとされる人物が、犯人として捕まえられていたからだ。

 無論、それは協会の用意した役者に過ぎず、裁判で終身刑か死刑が命じられた後、秘密裏に釈放される事となっている。

 だから、頭部が破壊され尽くした無惨な遺体を前に、遺族達が憎み呪いを吐く殺人鬼など、本当はいないのだ。


(少なくとも、俺以外には……)


 喪服に身を包み、式場の端で一人佇む柘榴は、口の中でそう呟く。

 U・Dと共にマンションへ帰って着替えた後、柘榴はこうして自ら手にかけた少年の葬式に足を運んだのだ。

 これが醜い自己満足に過ぎない事を知りながら、それでも彼は来ずにいられなかった。

 大切な一人息子を失い、参列者に挨拶をする事も出来ず泣き崩れる母親を、同じくらい目を腫らした父親が支える姿が目に映る。

 その悲しみを、彼は知っている。その憎しみを、彼は知っている。

 大切な者を奪われた痛みがどれほどのものか、彼は七年前に嫌というほど思い知らされているのだから。

 だから、自分がその痛みを与える側になってしまった今、この場に来て頭を下げる事以外、彼には償いの方法が分からなかったのだ。

 それでも一歩を踏み出せず、立ち竦んでいた柘榴に、聞き覚えのあるどら声が飛んできた。


「おや、これは富士野警視じゃないですか。お忙しい本店の御仁が何の御用ですかな?」


 皮肉をたっぷりとブレンドして近付いてきたその人物は、先の事件で出会った平警部補だった。その隣には松尾巡査の姿も見える。


「お疲れ様です。被害者の葬儀に顔を出す事がそんなに不可解ですか?」


 柘榴は不快が顔に表れないように努力しながら、そう言い返す。

 すると、平警部補はニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべた。


「いやいや、おかしくはないですよ。ご高名の第九課が独占捜査をしたにも関わらず、結局一人も助ける事が出来なかったんだ。罪悪感を覚えて葬式に来ても、そりゃあ当然ってものでしょう?」


 捜査を途中で横取りされ、上からの圧力で何も出来ない内に事件を終わらされてしまった警部補には、そんな皮肉を言うぐらいしか憂さを晴らす方法がなかったのだろう。

 隣の松尾巡査が慌てるのを横目で見ながら、柘榴は黙って言葉の針に身を委ねた。

 そうして、不毛な時間が十分も過ぎた頃、葬儀の場に相応しくない険悪なやり取りをする彼らに、控え目な声がかけられた。


「あの、もしかして警察の方でしょうか?」


 その人物を見て、柘榴だけでなく絡んでいた平警部補も身を正す。

 疲れきった顔をした二人の男女は、被害者、佐々木和義の父親と母親だった。

 四十代前半だろうに、まるで定年を迎えた老人のように老け込んだ二人は、柘榴達を警察官と見て頭を下げた。


「息子の為にご足労頂きまして、ありがとうございます」

「あの子もきっと喜んで、うぅっ……」

「いや、この度は本当にご愁傷様でした」


 無理に平静を装う父親と、耐えきれず嗚咽を漏らす母親の痛々しい姿に、毒突いていた平警部補も佇まいを直してお悔やみを告げた。

 柘榴もそれに習って深く頭を下げる。


「本当に申し訳ありません。我々の力不足のせいでご子息を……」


 そう告げて、柘榴は直ぐに後悔した。


(欺瞞だ。力不足も何も、俺が、この手で……)


 怒りに歪めたその顔を、佐々木和義の両親はどのように受け取ったのだろうか。泣き腫れた顔を感謝で僅かに綻ばせ、より深く頭を下げた。


「刑事さんにそれだけ悲しんで頂ければ、息子もきっと本望でしょう」

「いや、それは」


 違うんです、と言いそうになった柘榴を遮るように、母親が淡く笑って語り出す。


「あの子、小さい頃は警察官になりたいって言ってたんですよ。『悪い奴はボクがみんな捕まえてやるんだ!』なんて意気込んでいたくせに、近頃はちょっと悪い友達と音楽なんか始めて、それで、そのせいで……うっ、ううう……っ!」


 もう二度と見る事の出来ない息子の笑顔を思い出し、母親は顔を両手で覆って泣き崩れた。

 その哀れな姿に、柘榴はある言葉が喉元まで込み上げて、必死で口元を押さえる。


 ――違うんです。俺が、貴方の子供を殺したんです。


 その事実を告げる事は、決して許されない。

 怪物と協会の存在を人々に知らせる訳にはいかないから。

 叶わぬ復讐心を抱かせても、さらに彼らを苦しませるだけだから。

 だから、告げる事は許されない。

 だからその罪も、決して許されない。

 懺悔さえ許されぬ赤銅の狩人は、血が出るほど唇を噛みしめ、黙って頭を垂れる以外の方法を知らなかった。

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