第四幕:触れた神の祟り

4-1

 丑三つ時を越えた深夜と早朝の境目、街灯の光だけが辺りを朧に照らす寝静まった街に、騒がしい四つの人影があった。

 彼らは誰もがまだ歳若く、学生特有の活力に満ちていて、多少品性に欠ける雰囲気はあるものの、どこにでもいる年頃の青年達だった。

 気の合う仲間達と酒を飲み交わし、終電も逃してしまった彼らは、火照る体と若さを持て余し、今こうして夜の街を練り歩いていた。

 酒臭い大声で流行歌を合唱し、閉まった商店のシャッターを蹴りつけて騒音を撒き散らす彼らに、住民の幾人かは起き出すが、それが酔っぱらいの仕業だと知ると、誰もが溜息を吐いて寝直すのであった。

 そうして彼らが閑静な商店街を抜け、細い裏道に入った所で、一人が吐き気に襲われて口を押さえた。


 彼はなけなしの公共心を発揮し、道路の真ん中から道の端に寄ると、丁度あった空き地に踞り、吐瀉物を撒き散らす。

 他の仲間が「だらしねぇ」と笑うのに悪態を吐き返しながら、彼は幾分酔いの覚めた頭で顔を上げ、そこがただの空き地でなかった事を今更知った。

 石造りの低い塀で囲まれ、二体の狐像が守るように置かれた小さな社。

 付近の住人からさえもほとんど忘れ去られ、参拝する者もいない寂れた神社。

 夜気とは違う冷気に満ちたその神場に、反吐を撒き散らしてしまった青年は訳もなく罪悪感と怖気を感じ、思わず後ずさってしまう。

 しかし、それを見た仲間達に「まさか幽霊が怖いのか?」と侮辱されては、彼も面子が立たない。


「へっ、こんな間抜けな狐を誰が怖がるかよ」


 彼は虚勢を張って怒鳴り声を上げると、全力で狐の石像を蹴り倒した。

 台座から跳ばされ、砂利の敷き詰められた敷地に落ち、固い音を響かせた狐の像は、首の部分が折れてごろごろと塀の端まで転がった。

 その見事に体重の乗った蹴りに、仲間達から歓声と賞賛の声が上がり、彼も先ほどの怖気など忘れてポーズを取る。

 酔いが再発して悪ノリを始めた彼らが、もう一方の狐像を蹴り倒し、木製の社にまでその破壊衝動を向けるのに、それほど長い時間は掛からなかった。

 元の姿が分からないほど全壊した神社で、青年達は適度な疲労感とそれを上回る爽快感に包まれ、馬鹿のように笑い転げる。


「幽霊が居るってんなら出てこいよ、俺が蹴り殺してやるぜ」


 そう吹いてまた爆笑する彼らの間違いを指摘する者は、その場に居なかった。

 幽霊とは人間が死んで魂となったモノ、または死んだ人間が現世に現れたモノの事。

 彼らが破壊した社にいるのは幽霊ではない。

 神社とは『神霊が来臨する屋代やしろ』の意。そこにいたのは文字通り『神』だったのだ。

 人の霊とは格の違う、神の霊を祀るお社、八百万の一柱が降りる場。

 宗教やオカルトに疎い彼らが、それを知る事は最後までなかったであろう。

 ただ、突然仲間の一人が踞り、奇妙な唸り声を上げ始めた事には直ぐに気付いた。


「おい、お前も吐きそうなのか」


 背中をさすろうと近寄った彼は、振り返った仲間の顔を見て戦慄した。

 目は細く釣り上がり、犬歯を剥き出しにした、醜く歪んだ人とは思えぬ獣の面。

 歪な笑みを浮かべたそれは何故か、狐の嘲笑を連想させた。

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