2-2

「狩人協会日本支局、諜報員のU・Dです。よろしくね、キランッ☆」


 右手を顔の横に付け、見事なウィンクを飛ばし、十四か十五歳の少女は挨拶を決めた。

 空気が凍り付いた司令室に居るのは四人、高坂祐司、赤銅柘榴、ケイト・マクレガー、そしてU・Dである。

 廃ホテルの調査も終え、狩人志望者を一人抱えて戻ってから一日、新たな任務と聞いて呼び出された柘榴とケイトを待っていたのは、複雑な顔をした部隊長と、無駄に元気な元住所不定無職の少女であった。


「ちょっと、人がフレンドリーにボケて上げたんだから、ツッコミを入れるのが社会人としてのマナーじゃないの?」

「……高坂部長、これはどういう事ですか」


 ポーズはそのままに、冷めた口調に戻った少女を無視し、柘榴は上官に抗議の声を上げる。

 すると、高坂は酷く憂鬱な顔でとんでもない事を口にした。


「どうもこうも無い。本人の言った通り、U・D君は日本支局の狩人として正式に任命された。担当はケイトと同じ怪物の探査。また、彼女のパートナーはお前だ、柘榴」

「「えぇっ?」」


 寝耳に水の命令に、柘榴もケイトも上官の前である事を忘れ、素で驚きの声を上げる。


「ちょっと待って下さい、俺はそんな事一言も聞いてませんよ!」

「今、言っただろう。あとこれは命令だ、反論は許さん」

「そんな……では、私は他の誰かと組むのですか?」

「ケイトは単独で別の任務に就くようにと、指令が来ている」


 二人は次々と抗議と疑問を並べるが、高坂は冷たくあしらってとりつく島もない。


「何よ、こんな美少女と組むのが嫌だって言うの? 柘榴って婆専?」

「ねえUちゃん、それって現パートナーが婆だって言ってるのかしら?」


 蚊帳の外にされて不機嫌そうなU・Dの一言に、三十路前の女性狩人は眉を怒らせる。


「ケイトもそいつの与太話に付き合うな。それより、こいつが狩人になった事は良いとしても、即俺のパートナーというのは問題がありすぎます。何の訓練も受けていない素人を現場に出すなんて正気とは思えません!」


 狩人になったからといって、いきなり怪物と渡り合える力が付く訳ではない。

 通常、協会に入会した者は、二年以上の訓練を受けてから初めて現場に出る。

 それは兵士や警察官として経験を積んできた者とて同様だ。

 なまじ人間相手で慣れている分、人間なら死ぬような傷を受けても平然と動ける怪物を相手にした時、油断して命を落とす事があるからである。

 特殊部隊同様の訓練で体を鍛え上げ、座学で怪物の特徴を徹底的に覚え込まされ、それでようやくスタートライン、怪物から身を守れるというレベルなのだ。

 その過程を飛ばしていきなり怪物と対峙するなど、死ねと言っているも同然の処置である。

 柘榴は分かっていない本人に代わり食って掛かるが、高坂の方はあくまで冷静な態度を崩さず、憤る部下の顔を見つめ返した。


「U・D君、悪いが少し席を外してくれないか」


 高坂はふと柘榴達から視線を外すと、隣に立っていた少女にそう命じる。


「了解です、丁度良いからビルの中を見て回って来るわ」


 U・Dは珍しくごねる事もせず、足早に司令室から出て行った。

 当人の足音が遠ざかるのを確認すると、柘榴は少しだけ平静を取り戻して尋ねた。


「高坂部長、詳しく説明して下さい。でないと俺もケイトも納得出来ません」


 昨日来たばかりの少女をろくに訓練もせず狩人に命じ、危険度の高い現場での仕事に配属した上、ケイトとのコンビを解消させてまで柘榴と組ませる。

 命令の一言では納得出来ない、あまりに理不尽な処遇に、問う声には静かな怒りが込められていた。

 ケイトも非難の視線を向ける中、高坂は深く項垂れて言った。


「私にも分からん、全ては竜崎りゅうざき局長が決めた事だ」

「局長が? どうしてですかっ?」


 何故と問う声に、高坂も首を横に振る。

 竜崎宗一郎りゅうざきそういちろう――狩人協会日本支局、初代局長・竜崎冬彦りゅうざきふゆひこの曾孫であり、現局長として日本支局を取り仕切っている人物だ。

 政府要人や協会本部との会合で忙しい彼が、直々に一人の少女の処遇を決めるなど、前代未聞の事だった。

 驚きに口の塞がらない柘榴と、竜崎の名前を聞いて身を固くするケイトに、高坂は自分の知る限りを語って聞かせる。


「昨夜、U・D君を連れてきた後、幹部でその処遇を話し合っていたのだが、遅れて来た竜崎局長が彼女と二人きりで何かを話した後、我々に一言『あの少女は日本支局で預かる』と言って、配属やら何やらを全て独断で決めてしまったのだ」


 そう告げる高坂の顔に自分達と同じ疲労と反感が見られ、柘榴は少しだけ落ち着きを取り戻す。

 協会は完全なトップダウン制であり、上からの命令は絶対だった。

 その方が緊急の事態に素早く対処でき、また竜崎宗一郎他、幹部達が優秀な為、問題もなく効率的だったのだが、今回の件はあまりにも異例すぎる。


「竜崎局長はともかく、本部の方はどう言っているんですか?」


 柘榴自身に反論する権利が無くとも、竜崎より上の立場にある本部の者に、理不尽な命令を覆して貰えないかと尋ねるが、それにも高坂は力なく首を横に振る。


「駄目だ、私が直接連絡を取ってみたが『局長の指示通りに』としか返ってこなかった」


 深く溜息を吐く高坂につられ、柘榴も項垂れてしまう。

 するとそこで、何やら思案顔をしていたケイトが口を開いた。


「部長、私の処遇はどうなるのですか。別の任務があると言っていましたが?」


 妙に硬質な声で問われ、高坂は僅かに気後れしながらも答える。


「私は知らんよ、竜崎局長が直々に言い渡すそうだ」

「……そうですか」


 投げやりに告げられた言葉に、ケイトはさらに顔を硬化させていく。

 そんな普段の彼女らしくない態度に、柘榴は違和感を憶えながらも、今はU・Dの事で頭が一杯だった。


「それで、まさかもう新しい狩りが決まっているのですか?」


 パートナーの変更による訓練休暇でも与えられないのか、と言外に訴えるが、それは灰色のファイルによって退けられる。


「次はこの狩りを頼む。柘榴には休み無しで働いてもらって申し訳ないが……」

「いえ、俺の事は構いません」


 語尾を弱くする上官を気遣ってそう言いながらも、柘榴は眉が吊り上がるのを止められなかった。

 手渡されたファイルは灰色。確実な証拠は出ていないが、高い確率で怪物が関与している危険な事件だ。経験の無い素人を送り込んでよい任務ではない。


「これの指示を出したのは――」

「竜崎局長だ。無論、拒否は許されない」


 冷たく告げられた事実に、柘榴は予想していたとはいえ怒りを感じずにいられなかった。

 自分一人なら、どんな危険な任務に就かされようと不満はない。怪物を滅ぼし尽くし、平和に暮らす人々を守る事が柘榴の願いなのだから。

 その途上で命を落としたとしても、誰に言う文句も無い。

 だがしかし、他の人間を、それもほんの昨日まで普通の人生を送っていた少女を巻き込み、死なせようとするなんて事は、どうしても許せなかった。

 退屈で平凡でも、ただ幸せに生きる、そんな叶わなかった――


「柘榴、おい聞いているのか、赤銅柘榴っ!」


 思考に埋没していた柘榴の耳に、高坂の怒声が鳴り響く。

 はっとして顔を上げたそこには、厳しい部隊長の顔があった。


「上からの命令は絶対だ、分かっているな」

「はい、了解しています」


 内心の怒りを隠し、柘榴は服従の言葉を口にする。

 彼は狩人を辞める訳にはいかないのだ、自分の為にも、残された大切な者の為にも。

 そんな張りつめた顔で敬礼をする柘榴に、高坂はふっと顔を和らげて告げた。


「お前は直ぐに新たな狩りに就け。そして、頼り無い新人を守ってやれ」

「……はい、了解しました」


 一瞬だけ、父親のように微笑んだ高坂に、柘榴は少しだけ救われた気持ちで敬礼した。

 そこへ、何時の間にか普段の調子に戻ったケイトが声をかける。


「それじゃあ、さっさと次の仕事を終わらせて、Uちゃんの歓迎会でもしましょうか」


 ケイトは名案とばかりに手を叩き、柘榴の手を取って出口に向かう。

 それに高坂も笑って応え、二人の部下を見送った。

 元となった相棒に手を引かれ、柘榴は幾分軽くなった足取りで、新たな相棒の元へと歩み出すのだった。

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