メリー・クリスマス

《伝説の幽霊作家倶楽部会員》とみふぅ

第1話メリー・クリスマス

「リア充どもめ……爆発しろ」


俺の地獄の底から響いてくる呪詛のような呟きは、誰の耳にも届くことなく消えていった。


今日は12月24日。クリスマスイブだ。きっと世の人々は浮かれてるんだろうな……俺以外は。


彼女とクリスマスイブを過ごすために豪勢な料理を予約するも、2日前に振られ。


とても一人では食べられるわけがないと友人を誘うも、みなに断られ。


あげくイブ当日、俺が働いてる店のバイトが欠席して、休みだった俺が駆り出されるという……なにこれ?


そして現在午後8時、仕事から帰って来て炬燵に突っ伏している。炬燵の上には二人分の食事。空腹感はあるものの、喉を通る気がしない。


一人暮らしかつ大食漢でもない俺には目の前の光景は辛すぎる。外に出たせいで見たくもないカップルどものイチャイチャを見せつけられたぜ……。


しかもカップルどもを祝福するためか、ご丁寧にも雪が降ってやがる……。


「……死にたい。なにが聖夜だよ、くそったれ」


俺が吐き捨てるように言うと━━。





プルルルル。プルルルル。


タイミングよく(傷心中の俺にとっては最悪だ)、玄関に置いてある電話が鳴る。炬燵の熱で良い感じに気だるげな俺は無視を決め込むも、いくら経っても鳴り止まない。


「……ああ、くそっ!」


あまりにも煩くて足音を苛立たしげに響かせながら俺は電話番号も確認せずに勢いよく受話器を取る。


「……もしもし」


ドスを効かせながら返事を待つと。








「うちメリーさん。今そっちにいくねん」


可愛らしい女の子の声が鼓膜を震わせる。


そしてすぐにツーツーと電話が切れた。


「……迷惑電話かよ。こんな日にまで暇なやつがいたもんだ」


とっととそう結論付け、俺が戻ろうとすると。


プルルルル。プルルルル。


再びの電話に、条件反射のごとく受話器を取る。もし誰か見てたら「獣みたい」とか言いそうだ。







「うちメリーさん。今カップルがひしめき寄り合い抱きしめあうクリスマスツリーの近くにおるねん」


プツッ。ツーツー。


「おどれ喧嘩売っとんかゴラ」


切れた受話器に向かって憎々しげに言葉を投げかける。虚しい。




その後、受話器を炬燵まで持っていき、適当に時間を過ごしていると、度々電話がかかってきて━━。





「うちメリーさん。今大量のカップルが『はいあーん♪』しとる人気喫茶でジュース飲んどんねん」


「うちメリーさん。今長谷川さん家の塀の上で寄り添ってツリー見とる猫見とんねん」


「うちメリーさん。今公園でブランコに座って青春しとる告白前のカップルのドラマを見守っとんねん」


「うちメリーさん。今カップルが『この服、私に似合うかな』『あぁ、似合ってるよハニー』『もう、ダーリンったら♪』ってやっとる服屋で服選んどんねん」




……随分と色々な場所で神出鬼没に現れていやがった。


クリスマスイブにこんな暇なことするなんて、こいつも非リアか?笑い話のタネくらいにはなるかもな。


そう思って、非リアには耳の痛い出現電話(カップルの話ばかりで萎える)を聞いていたわけだが、突如自称メリーさんの話の流れが変わった。





「うちメリーさん。今○○家の側に立っとんねん」



○○家って、うちのマンションの隣のことじゃあ……。






「うちメリーさん。今○○マンションのゴミ捨て場におんねん」



……おい、ふざけんなよ暇人。俺はてめぇに遊ばれるつもりはねぇんだよ。






「うちメリーさん。今307号室の前におんねん」


……こいつ、そこまでして構って欲しいのかよ?






突如、玄関の方からガタガタと音が聞こえてくる。


見に行くとドアノブが何度も開閉を繰り返していた。鍵は閉まっているため、扉が開くことはない。


だが扉の開閉は止まることなく、いつまでも続く。その光景があまりにも不気味だった。


「……もしかして、『本当にメリーさん』なのか?」


俺の呟きとともに、音がピタリと止み、電話が再び鳴り響く。






「……うちメリーさん。この扉開けてや」


若干声が震えてる気がするのは気のせいだろうか。


俺はドアの鍵を開けて、玄関に続く直線の廊下までさがる。



するとドアが思いっきり開かれ━━━。







ガチャン!


ドアチェーンによって阻まれた。


隙間からこじ開けるように両手が挿入されるも、特に意味なくジタバタしている。ホラー映画に出てきそうなやつだ。


プルルルル。プルルルル。








「……う、えっぐ……うちメリーさん。……ドアチェーン外してや」


泣いているように聞こえるのはきのせいだろうか。


仕方ないので俺はドアチェーンを外して、そのまま炬燵に戻る。


しばらくすると、ドアの開く音がして、しーんと静まり返る。


そして通算何度目かも忘れた電話。






「うちメリーさん。いまあなたのうしろにおるねん」


分かってるよ、わざわざ入れたんだからな。


背後から『メリーさん』を名乗る、見知らぬ者の気配を感じる。






……まったく、こんなのに絡まれるなんて最悪だな。何がクリスマスだ。何が聖夜だ。ここ最近ろくなことがない。



……ああ、でもちょうどいいかもな。自分で部屋に入れたんだ。もしかしたら本当に死にたいのかもな。


俺はゆっくりと背後へと上体を動かし━━。







「メリークリスマスやんねー!」


「……はっ?」


目の前の光景に思考が停止した。


幼い顔立ちをした少女が、赤と白を基調としたお馴染みのサンタ服に様相を呈していた。




まったく状況についていけない俺に、『メリーさん』を名乗る少女が元気な様子から一転、首を傾げて動揺する。


「……あ、あれ?もしかしてうち、なんか間違ってるん?」


目の前でおろおろしている少女を見て、少しずつ冷静になっていく。


「……とりあえずどういうことなのか説明してもらおうか。まぁ、炬燵入れよ」


「は、はい。お邪魔するんね……」


促されるがままに俺の反対側から炬燵へと入ってくる。わー、俺の部屋に彼女でもない女が入ってるー。しかもスカートサンタ。


「じゃあ聞くけど……さっきまでの電話はお前か?」


「そうなんよ」


「……なんでサンタのコスプレしてんだ?」


「コスプレちゃうもん!ちゃんとサンタしとんやもん!」


「……詳しく説明頼む」


少女は少し思案すると、こくりと頷いた。


「えっと、うちら『メリーさん』はクリスマスに一人で過ごす可哀想な人のために、サンタサービスしてるんよ」


うち(ら)って『メリーさん』たくさんいんの!?あと可哀想言うな!


「そのサンタサービスってのが、うちら『メリーさん』が抽選で担当になった人のところに電話をかけて、一緒にクリスマスイブを過ごすんよ」


「なるほど。それで電話かける意味は?」


「……『メリーさん』としての仕事やんね。あとクリスマスイブのときは事前に連絡して許可をもらわないといけんのん」


「ふーん。実体化してんのもそのせいか?」


「そうやんね。普段はすり抜けられるけど、クリスマスイブのときは相手と触れ合えるようにしてあるねん」


その仕事のために俺はリア充どもの知りたくもない情報を知ったあげく、無駄な恐怖を味わったわけか。死ぬ覚悟までしたっつうのに……。


「でもなんでわざわざ『メリーさん』なんだ?他にも都市伝説のやつらなんていくらでもいるだろ」


「そこはほら、『メリー・・・クリスマス』やから」


……炬燵に入ってるはずなのに、どうしてこうも俺の心は寒いのか。


「……はぁ、まあよく分かったよ。それでお前はクリスマスイブを祝いに来たわけか」


「そうなんよ」


まさか人間ですらないやつに祝われることになるとは。


「……嫌そうやんね。そんな顔するなら私帰る」


そう言って、『メリーさん』は部屋から出ていく。





随分とあっさり帰ったな。


そう思ったのも束の間。よく見ると、顔をほんの少し出して、引き留めてほしそうにこちらを見ている。めんどくせぇ!


「エー、メリーサンカエッチャウンデスカ。イッショニオイワイシテクダサイヨ」


「そ、そう?しょうがないんね!そこまで言うなら一緒に祝ってあげる!」


なんだろう、この『メリーさん』チョロすぎるんだけど。



「それじゃあ、食いますか」


「え、うちももらっていいの?」


目の前には彼女と食べるはずだった料理。相手が人間でないのは残念だが、腐らせるのも一人で食べるのももったいない。


せっかくの機会なんだ。パァッと祝って、束の間の悦びを噛み締めよう。


「お祝いするためにきたんだろ?だったら食ってけよ、ばーか」


『メリーさん』は可愛らしく頬を膨らませた。




それから俺と『メリーさん』はクリスマス仕様の料理に舌鼓を打った。見た目の割にお酒もいけるらしく、二人でシャンパンを注ぎ合い、杯を交わしあった。


「最近の『メリーさん』の扱いはひどいんよ!電車の扉に背を向けて、うちらを走らせる鬼畜もおるんよ!」


『メリーさん』は酔った勢いで色々と愚痴や自身のことを話してくれた。人と人ならざる者だからこそ気兼ねする必要がなかったのかもしれない。俺も特に意識することなく、つまらなかったことから嬉しかったことまで話していた。




そうして時はあっという間に過ぎていき、夜は更けていった。



━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


目の前には眠る20代前半の青年。


少女『メリーさん』は日もまだのぼっていない時間に、そっと青年の頭を手で優しく撫でる。


「いっぱい辛いことあったんね」


しばらく撫で続けると、『メリーさん』は立ち上がり、玄関へと向かう。


扉を開けると冷たい冷気が頬を撫でる。


「これで今年の仕事も終わりやんね」


『メリーさん』達がクリスマスイブに現れる理由。それは一人で過ごす者達の心を癒してあげるため。死に急ぐ人々の傷を優しく包み、彼らに希望を与えるため。


本来都市伝説である『メリーさん』の存在は人間達には知られてはならない。故に、仕事が終われば『メリーさん』に関わった人達は『メリーさん』達の手によって記憶を消される。そうしてまた人生を歩んでいくのだ。


しかし。


「記憶は消えても、心は消えないんね」


拭い去った傷もまた、『メリーさん』とともに消えていく。


でも確かに彼らは『メリーさん』とともにその苦楽を分かち合った。だからこそ彼らの心には終わりではなく始まりが訪れる。


決して全てが0になるわけではないのだ。


青年もまた、新たな日々へ向かって突き進んでいくことになるだろう。


いつかまた、立ち止まることがあるだろう。


絶望に囚われることがあるだろう。


もし、またそんなことに立ち会ったならば。






「……また、一緒に祝い合おうね」


聖夜の訪れる悦びと、彼らの新たな旅路を。





日が上り始め光が満ちるとともに、『メリーさん』は微笑みながら虚空へと消えていった。





「うーん……あっ?」


目を覚まして、辺りを見渡す。


どうやら炬燵で眠ってしまったらしい。


それにしても。


「どういうことだ?これは……」


炬燵の上には空いたシャンパン瓶や料理の皿が並んでいる。中身は全て空になっていた。


「俺……いつの間に料理食ってたんだ?」


二日酔いでもして覚えていないのか?


いや、これぐらいのシャンパンの量なら酔いはしても二日酔いまではいかないし、そもそも料理に手をつけたことすら覚えていないのはおかしい。


だが何故だろうか。



「不思議と心地良いな……」


彼女に振られたり色々と散々だったはずなのに、心は軽い。死にたいなどと思っていたのが嘘のようだ。


「もう少し……頑張ってみっかな」


所詮今回の出来事など、一生のヒトコマにすぎない。辛いことなんてこれから先いくらでもある。


だからこそたかが一回で全てを簡単に諦めるのは、いけないと思った。


来年こそは新しい彼女もつくって、充実した日々を過ごしてやる。


とりあえず今は━━。






クリスマスのリア充ども、爆発しろ!

メリークリスマス!!


誰かに聞かせるわけでもないのに大声で叫ぶ。


外は雪が止み、太陽が優しく辺りを包み込んでいた。

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