第4話 温羅

 岡山県総社市に、鬼の城と書いて“きのじょう”という古代朝鮮式の山城がある。伝説ではそこが桃太郎伝説に登場する鬼ヶ島の本拠とされている。ボスは温羅うらという鬼であり、神であり、人である。その正体は、百済の王子と云われている。

 一方、桃太郎の正体は、その温羅を成敗するために大和朝廷より任命された第七代・孝霊天皇の皇子・彦五十狭芹彦命ひこいさせりひこのみことという人がモデルだと云われている。ちなみに犬のモデルは彦五十狭芹彦命の随身・犬養健命いぬかいたけるのみこと。猿は楽々森彦命ささきもりひこのみこと、キジは留玉臣命とめたまのおみのみこととされている。ところがのちに彦五十狭芹彦命は、何故か吉備津彦命きびつひこのみことと名のることになる。名前を変えたの何故なのか…


 日本がまだ倭国と呼ばれていた頃、吉備きびの国…現在の岡山県は、海岸線が瀬戸内海航路の中継地点という事で、京の都に行交う船の往来で、細々とではあるが栄えていた。第十一代垂仁天皇の時代から吉備の国と交流のあった朝鮮半島の三つの勢力の中で、日本と一番友好関係にあった百済が六六〇年七月十八日に滅びてしまった。

 その三ヶ月程経ったある日の事、百済の将軍・鬼室福信きひつふくしんから王朝再建の助けを求める遣いがやってきた。「倭国に預かって戴いている百済王子・余豊璋よ ほうしょうを国王位に就かせたいので百済に送還して欲しい。それから百済の国の復興のための戦いに倭国から援軍を送ってほしい」…との事。時の女帝・第三十七代斉明天皇は「危なきを助け、絶えたものを継ぐのは当然である。その志を見捨てる事はできない。王子のために十分な備えをし、送り遣わしなさい」と、自らも住まいの皇居である現在の福岡県朝倉郡朝倉町にある飛鳥岡本宮から、本陣となる筑紫・朝倉宮(正式名は朝倉橘広庭宮あさくらのたちばなのひろにわのみや)に、三ヶ月もかけた船旅で出向いたものの、到着して二ヶ月程で亡くなってしまった。その遺志を継いだのが、亡くなった斉明天皇を母に持つ第二皇子、中大兄皇子(後の第三十八代天智天皇)や、その弟の大海人皇子(後の第四十代天武天皇)である。

 百済滅亡から一年二ヶ月。中大兄皇子は、百済皇子・余豊璋に倭国最高位の「織冠おりもののこうぶり」という位を授け、五千の兵をつけて、朝鮮半島で待つ鬼室福信の元に送った。そして、余豊璋はめでたく王位に就いた。ところが、王位に就いた余豊璋は、鬼室福信に国家への反逆の疑いを掛けて殺害。その内紛に機を得て、唐・新羅の連合軍は再興間もない百済を再び総攻撃。

 六六三年(天智二年)八月二十八日、中大兄皇子率いる二万七千の兵と百済の連合水軍は、百済の要衝・白村江はくすきのえで激突。倭国軍は唐の水軍に挟み撃ちに遭い、軍船四百隻が炎上し沈没。この歴史に残る「白村江の戦い」で百済と倭国の連合軍は大敗。同年九月七日、百済は三百年を誇る歴史の舞台から完全に消え去る事になってしまった。祖国を失い、亡命を望む百済の人々と共に、倭国軍は唐・新羅の連合軍の追撃を逃れて撤退を開始。その混乱の中、百済の王・余豊璋は、百済滅亡の契機となった鬼室福信将軍の処刑の責任追及を恐れてか、倭国軍から逃亡し、行方知れずとなってしまった。百済の亡命者達は、瀬戸内海を挟んだ各地に命辛々散り散りに逃げ延び、日々、唐・新羅の連合軍の追撃の手を恐れ、その侵攻に備えるべく、次々と防衛のための山城を築いていった。


 その最中、潮待ち・風待ちの出船入船で賑わう吉備の港に、また様子の違う船がやって来た。船員も長旅でやつれ、皮膚は日焼けでただれ、髪や髭が伸び放題。やっとの思いで船を下りたはいいが、皆、その場にへたり込んでしまった。中にはそのまま落命する者まで出たため、漁民は阿曽郷の神主を呼んだ。神主は一同を社に収容し、水と食料を与えて近隣の民とともに甲斐甲斐しい看病を続けた。


「厄介になった」

「これからどうなさるおつもりかね」

「われらは百済で戦いに敗れ、祖国を失い敵国に追われている身です。吉備の人々は身元も分からぬわれらを、快く受け入れてくださり感謝の仕様もありません。しかし、これ以上ご迷惑をお掛けするわけにもいきません」

「どこぞ、あてはおありか?」

「…ございませぬ」

「どうじゃろう。しばらく新山(現在の総社市奥坂)の鬼城山で暮らしてみては?」

「われらを追手から匿ってくださるというのか?」

「山深くゆえ不自由はあろうが、人目にもつきますまい」

「われらのために吉備の人々を追手の危険に巻き込むわけには…」

「ここは結界ですぞ。吉備の里神に守られております。あなたたちをお助けしたことで恐れる者は吉備の国にはひとりもおりませぬ」

「このご恩は終生…」


 温羅は神主と相談し、鬼城山に隠れ家を作ることにした。温羅はまず鬼城山一帯を調査させることにした。一行の中には、造船や製鉄技術に長けた者がおり、運よく岡山県一帯が多量に砂鉄の含まれる花崗岩地帯であったことから、製鉄技術を駆使し、鬼城山の地形と、ふんだんな鉄を利用した頑強な山城を築き上げた。百済の船員たちはこの城を「ウル」と呼んでいた事から、吉備の人々はいつの頃からか、リーダーのことを温羅うらと呼び、鬼城山にできた山城を鬼ノ城と呼ぶようになっていた。


 穴海を臨む吉備の国の入江では、従来から製塩技術があったが、一行の渡来によって、製塩に加え、船員たちから習得した製鉄技術が盛んになっていった。質の良い農具や武具の商いが盛んになり、港を往来する商船によって、吉備の民は飛躍的に豊かになっていった。鬼ノ城を中心に、麓の阿曽郷は鋳物師の地としても栄え、政治勢力も急速に強まり、次第に全国にその名が知られるようになっていった。


「吉備の里がここまで栄えようとは…温羅殿、あなた様のおかげです」

「いいえ、わたしが今こうして生きているのは神主様のおかげです。まだまだご恩返しをせねばと思っております」

「温羅殿、いかがでござろうか…わたしの娘、阿曽媛を娶ってはくれぬか」

「阿曽媛を!」

「いや、不躾な頼みであったな、済まぬ」

「そうではございません! わたしのような者をあなたさまの娘御の…吉備の民がお許しになるわけが…」

「民はあなた様を吉備冠者きびのかじゃと呼び親しんでおるのだ。民こそが、あなた様が娘の婿になることを望んでおるのじゃ」


 温羅は阿曽郷の神主の娘・阿曽媛と結婚することになり、以来、吉備の国の首領となって、土地の繁栄にも拍車が掛かった。


 ところが、全国統一を図る大和朝廷は、吉備の国の急速な繁栄を快く思うどころか、警戒が走っていた。


「ちかごろ俄かに吉備の国に妖しい動きがおじゃりますぞ」

「なんと!」

「このまま放っておいでか?」

「彦を呼べ!」


 朝廷は吉備の里のこれ以上の勢力拡大を阻止すべく、彦五十狭芹彦命の隊を派遣することになった。朝廷から派遣された彦五十狭芹彦命は、随身・犬飼健命、楽々森彦命、留玉臣命を従えて鬼ノ城に向かった。


 鬼ノ城では、朝廷からの使者の思し召しとあって歓迎ムードで出迎えたが、その様子は想像とは違っていた。


「温羅殿…率直に申し上げる。その方は、百済の王・余豊璋であろう」

「何かのお間違いでは…」

「なれば…不遇の死を遂げた鬼室福信なる者を知っておろう」

「一向に存じ上げませぬ」

「これは希代な…鬼室福信とは、そのほうが手に掛けた忠臣であろう」

「そのような者は存じ上げませぬ」

「百済再建の忠臣・鬼室福信も浮かばれぬぞ、百済の王・余豊璋!」

「人違いでございます」

「百済滅亡の火元は、そのほうの愚行による事、大なり」

「畏れながら、いかに朝廷よりのご使者とはいえ、身に覚え無き事を…」

「黙れ! 朝廷よりの勅命を伝える。謹んで拝聴せよ。この吉備の国を朝廷に明け渡し、直ちに立ち去れ。さすればお咎めなし。もし従わぬとあらば天誅が下されるであろう」

「畏れながら、そのような的を射ぬ勅命には副いかねます」

「なんと!」

「私は、天命のみに従います」


 がんとして引かない温羅に業を煮やした彦五十狭芹彦命は、後ろに控える温羅の奥方・阿曽媛に向かい…


「阿曽媛殿…このままでは、そのほうら一族の行く末はこれまでぞ。そなたからも口添えなされては如何か」

「畏れ多くも、こうして朝廷からのご使者がお見えになり、この吉備の里の行く末を案じて下さるのはもったいない限りでございます。ご存知のように吉備の里は誠に貧しい国でございました。それをわが主となった温羅様が現れ、私欲を捨てて吉備の里を今日のように豊かにして下さいました。民衆は誰もが皆、温羅様をこの土地の父として敬い、神として崇めております。われら命を共にするお方は、温羅様をおいて他にはございませぬ」


 阿曽媛の返答には彦五十狭芹彦命も思わず、うーっ…と唸ったまま言葉が出ず、双方長い睨み合いの末…


「では致し方無し。温羅殿…そのほうの首を貰い受ける」


 俄かに殺気立った側近達に、温羅は静かに支持を出した。


「皆の者、朝廷よりのご使者の皆様を安全に吉備穴海までお送り致せ」

「気遣い無用」

「民衆がご使者様お見送りのため…海までの帰路を埋め尽くしてございます。(再び側近達に)さあ、ご使者の皆様を!」

「温羅殿…国の明け渡しまで三日の猶予を与えよう。それまでよく考えられい」


 そう言って彦五十狭芹彦命一行は、城の外に出て驚いた。農具を持って殺気立った民衆がズラリ海岸まで続いているのを見て、温羅が“安全にお見送り致せ”といった意味が分かった。


「ほら…あれが朝廷から来た命様だ」

「立派な着物だなあ~」

「着物かい!」

「さすが朝廷は凄いもんだよ。命様の前後を厳ついお侍様が守ってなさる」

「なんでも犬飼健命っつう犬使いの名人だそうだよ」

「犬使いの名人かい!」

「命様の後ろにいるのは随分と猿顔だな」

「あれでもな、楽々森彦命っつう戦の名人だそうだよ」

「戦の名人かい!」

「その後ろで、ちょこまかちょこまか落ち着きのない物体は何だ?」

「なんでも留玉臣命っつう百里も飛べる名人だそうだよ」

「あれも名人かい!」

「いくら名人が居たって、おいら、温羅様に何かあったら、この鍬であいつらをまとめて耕してやっつけてやるよ!」

「そうだよ、俺達は耕す名人だがらな」


 民衆の絶対の支持を受けて、戦の準備が始まった。一方、彦五十狭芹彦命は、本陣を鬼ノ城から海を隔てた十キロの先に敷いた。当時は瀬戸内海からの入江となっていた吉備穴海を隔てた所に位地する吉備中山(現在の岡山市吉備津)という所に本陣を敷き、防衛のため、鬼ノ城の見える西側の片岡山に石楯を築き、敵の攻撃に備えた。これは現在でも岡山県倉敷市に楯築たてつき遺跡、盾築神社に伝承されている。


 期限の三日目が過ぎた。東の空にほんのりと夜明けの紅が射す頃、鬼ノ城を見つめる彦五十狭芹彦命がついに指令を下した。


「もはやこれまでか…皆の者! 鬼ノ城総攻撃を開始する! 弓一番隊! 用意! 放てーッ!」


 日の出前の沈黙を裂き、吉備中山に陣取った朝廷軍・彦五十狭芹彦命の陣営から、入江を隔てた十キロ先の鬼ノ城めがけて一斉に放たれた弓矢の嵐。ところが、全ての矢が浜を通過するあたりで何かにぶつかるように砕けて、バタバタと海に落ちていく! 西側に立てた石楯は、鬼ノ城からの攻撃の矢で、激しい砂塵を上げて砕けていった。


「どうしたというのだ! ええい! 弓二番隊、用意! 放てーッ!」


 一段と唸りをあげて放たれる弓矢! その時、軍師・楽々森彦命が気付いた。


「命様! 鬼ノ城から飛んでくるのは弓矢だけではありませぬ!」

「なにぃ! 留玉臣、調べて参れ!」

「ははっ!」


 眼力凄まじくひとっ飛びの留玉臣命が、戦闘の遥か上空を旋回するや陣営に戻って来た。


「岩が! 鬼ノ城から巨大な岩が無数に飛んで参ります!」

「なに、岩が!」

「その岩が壁となり、我が陣営と敵陣営の丁度中程で、岩と矢がぶつかり砕けて海に落下しております」


 彦五十狭芹彦命は鬼ノ城を見据えて犬飼健命に命じた。


「犬飼…あれを持て」

「ははっ!」


 犬飼健命は、神力新たかなる『千釣の強弓』を差し出した。彦五十狭芹彦命は二本の矢を取り出し、ただ一点を見定めてそのまま千釣の強弓の弦に掛け、ギギーッとしならせながら、弓隊に叫んだ。


「弓三番隊! 用意! 放てーッ!」


 弓三番隊から一斉に弓矢から放たれると、鬼ノ城から無数の岩が飛んできた。彦五十狭芹彦命は今とばかりに、二本の矢を僅かな時間差で放った。時同じくして、鬼ノ城の温羅もむんずと掴んだ巨岩を投げた岩が、命の放った一矢目とぶつかり海に沈んだ。ところが時間差で放った二矢目は、鬼ノ城からの岩の嵐をくぐり抜け、狙い定めた一点へぐんぐんと伸びて行った。


「ギャーッ!」


 二矢目は温羅の左目に命中した。勢い吹き出す血しぶきが、鬼ノ城を源流とする川を真赤に染め、下流域にまで広がって行った。吉備の国の人々は、彦五十狭芹彦命に左目を射られて瀕死の重傷を負った温羅を朝廷軍から守るため、結束して城から脱出させようと、城の周りに集まって人間バリケードを築きはじめた。すると、温羅は人々を諭した。


「皆の衆! 私に手助けをしてはなりません! これより私は鬼になります! 今まで皆さんを苦しめていた鬼です! 朝廷軍が来ても決して抵抗してはなりません! 道を開けるのです! これからは自分の力で幸せを育てていくのです!」


 そして家来たちにも諭した。


「皆の者、もはや勝敗は決した! いいか…吉備の国を救うために何があっても朝廷軍に抵抗してはならん! この吉備の国を救うことこそ、我らの真の勝利じゃ!」


 鬼ノ城に “オーッ! ”という雄叫びが轟いた。


「阿曽媛を頼む…阿曽媛…そなたの父君と幸せにな…さらば!」


 そう告げると温羅は城の西門の見張り台に駆け上がり、一気に飛び降りた。まっさかさまに落ちて行く温羅は次の瞬間…バサバサバサーッと雉に姿を変えて急上昇し、そのまま鬼城山中に消えていった。一方、朝廷軍は、殺気だった民衆が見守る中を、温羅の首を求めて鬼ノ城に入って驚愕した。


「温羅はどこじゃ!」

「温羅はわしじゃ!」

「わしが温羅じゃ!」

「いいや温羅はわしじゃ! さっさと首を刎ねられい!」


 われもわれもが “温羅じゃ、温羅じゃ ”と家来達全員が温羅の格好になって首を差し出した。


「こ、これは…温羅め、逃がさぬぞ」


 彦五十狭芹彦命は見張り台に駆け上り、一気に飛び降りた瞬間に鷹に身を変えて、温羅の消えた鬼城山中に降下していった。一間あって、山中から鷹に追われた雉が飛び出し、鷹の鋭いクチバシの攻撃に遭いながらも身をかわし、やっとの思いで川にその身を投じて逃げ込んだが、ここぞとばかりに鷹は川鵜に姿を変えて水面を飛来し、足守川に合流する辺りで俄かに水中に潜って何かに喰らいついた。川鵜が水面に飛び出したそのクチバシには、左目が潰れた鯉が銜えられていた。温羅はついに、絶体絶命の囚われの身となってしまった。


 温羅の血が流れた川は血吸川と呼ばれ、その血潮が溜まって真赤に染まった浜は赤浜と呼ばれるようになった。後に鬼ノ城と吉備中山間が陸続きになって、中間地点(現在の岡山市高塚)にその時の矢の猛攻でえぐられた大小四つの岩が現れた。人々はその岩の事を、矢を喰う岩『矢喰の岩』と呼び、戦の犠牲者を弔って『矢喰宮』を建立したという。矢喰宮にはその際の弓矢が祀られていると伝えられている。また、温羅が捕らえられた倉敷市矢部には、鯉を喰うと書いて「鯉喰こいくい神社」という社が建立されている。


 この時代には、征服者に自分の名を捧げるという慣わしがあったようで、彦五十狭芹彦命との一騎打ちに敗れた温羅は吉備の民衆から授かった名誉ある『吉備冠者』という称号を勝者に捧げなければならない。さらに見せしめとして、温羅は首を刎ねられる事となった。


「この彦五十狭芹彦命は、勝利の証として今日より、そのほう達が吉備冠者と敬い慕う温羅殿に代わって、吉備津彦命と名乗り、この国を治める事と相成った!」


 そしていよいよ温羅の処刑の日がやって来た。大勢の民衆が集まり、そこかしこですすり泣く声がする。緊張を破って軍師・楽々森彦命が叫んだ。


「皆の者、静まれーッ! これより温羅の処刑を執り行う。謹んで悪の行き着く先を、その目に焼き付けるがよい。罪状を述べる! 倭国朝廷への謀反を企てんとした首謀者・温羅。その正体は元・百済王、余豊璋。そのほう、百済再興に心血を注いだ忠臣・鬼室福信に対し、王位に就いて後、根拠なき謀反の疑いを掛け、殺害せしめたる件、百済・白村江の戦いに於ける大敗の元凶とならしめ、逃亡を謀り、今日までその責任から回避し続けたる事、誠に悪質なり。よって打ち首を申しつける! 尚、命の温情により、命自らその首を刎ねるによって、有難きに思うが良い!」


 温羅は民衆が息を呑む中、犬飼健命と留玉臣命にしっかりと両脇を抱えられて姿を現わすと、民衆は一気に騒ぎ出した。


「温羅さまだ!」

「温羅さま―ッ!」

「温羅さま―ッ!」


 総勢がドミノのように跪き、悲痛な声で温羅の名を叫び続けた。


「黙れーッ!」


 温羅が怒鳴ると民衆は静まり返った。


「皆の者! わしは鬼じゃ! わしは鬼じゃーッ! …よいな」


 そこに彦五十狭芹彦命が現れると、民衆は敵意を剝き出しにゆっくりと立ち上がった。


「元・百済王、余豊璋殿…最期に申し残す事はないか」

「・・・・・」

「温羅殿…なにか申し残す事はないか」

「何もございません。天命にのみ従います」


 その言葉を聞くや否や閃光が走り、温羅の首が宙に飛んだ。狼の如き鋭い眼光の右目がカッと見開いたかと思うと、突然つぶれた左目も真っ赤に開き、そのまま朝廷軍の前にどさりと落ちて睨みすえ、 “ウウーッ! ”と唸り出した。朝廷軍は温羅の首の気迫に押されて後退ったが、民衆は合掌し嗚咽が広がっていった。


 温羅の首は見せしめのため、当時、首村と呼ばれるようになった現在の岡山市首部という所にに晒された。その間、途絶えることなく民衆は供養に訪れ、嘆き悲しんだ。温羅の首は不思議にも民衆の悲しみに応えるかの如く、唸り続けたという。その有様に困り果てた命は犬飼健命に命じて、犬に温羅の首を喰わせたが、首はどくろになっても唸り続けるので、業を煮やした命は、吉備津神社の拝殿と回廊を隔てた位置にある御釜殿の地中八尺に埋めさせた。ところが、その後もどくろの吠える声が命の耳から離れなかった。


「黙れ、黙れ温羅め! 何故にこのような戯言を! 留玉臣よ、この唸り声をなんとか致せ!」

「お言葉ではございますが、私には聞こえませぬ」

「そのほうの耳がどうかしておるのだ! 早くなんとか致せ!」


 日が経つに連れて険しく、やつれていく彦五十狭芹彦命に、加持祈祷を重ねても一向に命の耳から離れない温羅の唸りが十三年もの間続いたある夜の事、ついに命の枕元に温羅の霊が現われた。


「おお! 温羅め! ついに姿を現したな! あの世で成仏できぬとあらば、今こそ我が千釣の強弓にて心の臓を貫き、止めを射してやる! 覚悟致せ!」

「無駄な事」

「なにをぬかす! されば受けてみよ!」


 夢の中とは言え、命の弓矢は壮絶なまでに温羅の心の臓を射まくるが、一本として手応えなく温羅の体を通過するだけだった。


「命殿、私は天命にのみに従う身。あなたの思いのままにはなりませぬ。十三年を過ぎてこうして命の前に現われたのは、我らが真理の道を見つけたからだ」

「我らが道?」

「私は吉備の国の人々のために一の使者となって、全ての人々に恵みと罰を与える。なれば命は世を捨て、霊験あらたかな神として現われ、吉備の人々を守るのだ」

「この私に、世を捨てよと!」

「いかに朝廷よりの使者といえども、わが妻・阿曽媛との未来までも消滅せん事を許すわけにはいかない。しかし、命が世を捨て吉備の人々に魂を捧げるならば、我が呪いを解き、共に歩もう」

「いかが致せと…」

「もし世の中に事あらば、わが妻、阿曽媛に神事として神への供物を炊かしめよ。されば私は、その釜を唸らせて世の吉凶を告げよう。幸あれば豊かに鳴り、災いあらば荒らかに鳴ろう」


 呪いを解くには温羅のお告げに従わざるを得ない。彦五十狭芹彦命は受け入れた。約束どおり、温羅の呪いは解かれ、命はやっと温羅の唸り声から開放された。


 吉備津神社の御釜殿では、今日に至っても鳴釜神事が行われている。いつの頃からか、吉備の人々の間で温羅を慕う『うらじゃ踊り』と呼ばれる踊りも起こった。岡山で行われている『桃太郎祭り』では『うらじゃ踊り』のコンテストやパレードが催され、桃太郎踊りよりも支持を得ているという。いかに温羅が民衆に慕われた存在だったかという事を物語る。


 現在、温羅は吉備津神社の鬼門に位置する社『艮御崎宮うしとらみさきぐう』に祀られている。一方、彦五十狭芹彦命は晩年、吉備中山の麓の茅葺宮かやぶきのみやという所に居を構え、二八一歳の生涯をまっとうし、現在、中山茶臼山古墳に祀られている。



〈 おわり 〉

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