閑話なり.森人族、イム・エイラの苦難




わたしは今、目の前に積み上げられた、訳の分からない報告書に、苛立ちを隠せないでいた。



「くそっ、なんなんだこれは!」



バンッ!


つい苛立ちから、木の机を強く叩いてしまう。

そのせいで崩れてきた書類を、忌々しげに手に取りもう一度読んでいく。


一束目ひとたばめには、里の娘が一人、森の中で迷子になってしまったこと。

そしてその娘が、森の狩人と言われている、森狼しんろうフォレストヴォルフと共に倒れていたということが書かれていた。


しかしその中で不可解なのが、その森狼は確かに生きているはずなのに、一向に目を覚ます気配がないということだ。

一緒に倒れていた娘の証言によると、刀という”和国わこく”の武器を所持した人間と出会った直後、森狼が倒れたらしいが、その人間がなにをやったかまではわからなかったという。


これ自体には特に問題はなかった。

わたしにとって最大の問題だったのは、この次に寄せられた報告書だ。


二束目ふたたばめには、賢者オババが森の”奥に”異変を感じ、守備隊しゅびたいを四班に分けて調査に向かわせたところ、娘の証言と一致する思われる人間と接触、長老が”殺され”緊急退避したということが書かれていた……。


第二班副長ジーンから報告でこれを聞いたとき、わたしはその場で二時間もの間泣き叫んだ。

なぜなら、長老とはわたしの父であったからだ。


今はなんとかオババのおかげで持ち直したが、わたしはその人間が憎くて仕方がない。


報告書に記載されている情報によると、人間の性別は男、高身長に一般的な体格で、顔に少しばかりの傷、そしてなにより、目立ちこそしないが特殊な服装をしており、暗い色をした刀を腰に提げているということ。


どれも重要な情報で、今のわたしにとってはかなりありがたい情報であった。




――だがここから先の情報は、どうしても信じられない。




直接遭遇した第二班の報告だ、間違いがあるはずがない……と頭ではわかっていても、心が追いつかなかった。


その男は”銀狼ぎんろう”と呼ばれる、この森で”上位種”とされる魔物、シルバーヴォルフの爪を、まるで当然かのように斬り飛ばし、頭に刀を突き入れ殺したという。

それだけではなく、すぐ後ろから襲ってきたはずの同じ上位種、黒熊こくようクロノベアードの両腕をも簡単に斬り飛ばし、首を斬り飛ばしたという。


……これだけでも背筋が凍る報告だと言うのに、これを容易く超えうる報告が、ここから先に書かれている。


その男のいた場所は、この森に数いる魔物達の死体で”埋め尽くされていた”と書かれているのだ。

他にも、地は最早姿を見せておらず、血で染まった草木は倒れ、複数にも血の池があり、中心には死体の山までできていたという。


この報告を、初めは父が殺されたことから意識をらすためのものだと思い、ジーンに訂正を要求しようとした。

だがジーンの顔からは、虚偽きょぎの報告をしたという意思は感じず、わたしはこれが本当のことなのだと、頭で理解してしまった。


そしてこの報告書の最後。

そこには第二班の奇襲から、緊急退避までが書かれている。


男が気を抜いたところで、第二班総員で矢を射出。

しかし、地を埋め尽くすほどの死体の間に潜られ奇襲は失敗。

魔法による探知をしようとした数瞬の間、その間に父のところへ移動され、四肢を切断、最後には首を斬り落とされ、死亡。

その後、副長のジーンの指示で緊急退避、里まで帰還した、と。


ここまでが今回の全てだそうだ。

だがここで、わたしにとっても、里にとっても、もっとも重要な疑問が思い浮かぶ。


なぜ男は、第二班を壊滅させずに見逃したのか。

単に森に詳しかった第二班に分があったのか、それとも第二班を使って里を――そこまで考えて、続きを考えるのは止めた。

もしそうなら、すでにここはあの男がいた場所のように、”死の空間”となっていると思ったからだ。


だがわたしは、決してこの男のことを忘れない。

みなが慕う長老…わたしの父を残虐な方法で殺し、わたし達の愛する森を深く汚して、今ものうのうと生きている男。

わたしはこの化け物のような男を見つけ出し、必ず父のかたきをとる…!




書類を握り締め、硬く決意する少女の目には、一際強い光が宿っていた。


だが彼女は、イムは知らない。


その男は化け物などではない、ただ”闇”そのものということに。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る