第44話
まだ夜の帳が残る中を、二つの銀の目が爛々と輝く。その眼ははるか上空にある紫雲山を見上げた。紫雲山の霧は、まだ晴れてはいない。相も変わらず、入ろうとするものを拒むかのように山の根元を包んでいる。しかし、かつてそこにいた丹にとっては、薄い壁になったようにしか見えなかった。
「いいですか。あくまで俺たちは偵察隊です。本当に霧が和らいで、紫雲山に入れるのか。ついでにあなたの目的の者も連れ出す」
嵩はいらいらしたように言う。
「瓏に未練があるのはわかりますが、何度も単独行動をとるなんて……。あの少年に、何があるっていうんですか?」
丹は答えない。じっと、何かを考えているようだ。龍の暴走以来、特に顕著だ。
「まあいいでしょう。派手なことはしないでくださいよ」
「お前もな」
減らず口は叩けるのか、と嵩は顔を顰めた。貔貅の背に乗り、闇に紛れて霧の中へと潜る。霧は四方から体を包み込み、方向感覚を失わせる。後ろを見ると、丹が目を閉じ、意識を集中させているのがわかった。瓏から流れてきて六年が経つ。その間に、丹はあっという間に鉤月猫と心を通わせた。今も、自分の記憶を貔貅と繋げているのだろう。どれくらいの時間がたったかもわからないほど霧の中をさまよって、二人はようやくごつごつした岩場を見つけた。中空に浮かぶ紫雲山は霧を抜けると、岩や流れ出る川で縁取られた最下部に出る。降り立つと、嵩も意識を集中させる。
「霧は確かに和らいでいますね。しかし、地霊は龍の加護を強く得ているだけあって、非協力的です。何も見えない。まだ侵攻は難しいですね。それでも行きますか?」
「ああ。帰っててもいいぞ」
悪戯っぽく、丹は言う。食えない男だ、と嵩は思う。もう何度も思っている。大事なことは、自分には明かされない。
「できるわけないでしょう。俺はあなたの監視役ですよ」
貔貅はするすると縮んで白猫の姿になると、嵩の肩に乗る。知った道を、丹は先導して歩き始めた。
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