第35話
優しくも強いまなざしが、こちらを見つめている。
ああ、龍だ。
青嵐は悟った。そう悟った瞬間に、その姿は歪む。目や口がひしゃげて、恐ろしい化け物のような姿と化す。そして牙を剥いて襲いかかってきた。青嵐はあっと息をのむ。しかし化け物は青嵐ではなく、立ちはだかるように現れた人影を飲み込む。そうして煙のように掻き消えた。青嵐はそれに手を伸ばす。
――未だ君子来たらず
どこかから声が聞こえる。
掠れたような声だ。
悲しみを隠すような。
心が、罪悪感に苛まれるような。
――ただ落花を数える
ぼたり、と花が足元に落ちる。一つ、二つ……。それを皮切りに、どこからともなくぼたぼたと、足元を埋め尽くす。際限なく増える落花は、もう数えようがない。足元が、膝が、埋め尽くされた花に沈んでいく。両腕はもがくが、むなしくもうずもれて、息がつまりそうになる。
龍の歌だろうか。いや。
もっと、近く――
ぺち、べち、ばちん
痛みに驚いて、青嵐は起きる。息が荒い。随分とうなされていたようだ。それを隠すように、天井を、目の前の顔を確認して、青嵐は睨んだ。
「またお前か」
「起きないからだよ!」
黎は顔を背けた。青嵐は寝ぼけ眼をこする。黎は身支度を済ませ、いつでも出立できる格好をしている。
「ねえ、今はやめたら?」
ためらいつつも、黎は忠告する。
「何を」
「昼間も夜中もきみ、抜け出してくでしょ。楓さんが、見かけたって言ってたよ。何してるのか知らないけど、今はしっかり体を休めて水球を作れるようにならないと」
珍しく強く、黎は言う。思わず、今度は青嵐が顔を背けた。
のんびりした見た目とは裏腹に、黎は周りをよく見ていた。良いことも、悪いことも。そしてそれを見守る、分別もあった。知りながら、わけを聞かない。それに助けられてきた。けれどさすがに、限界だったのだろう。ごまかしはきくまい。青嵐は口をつぐんだ。
黎は、これ以上は話にならないと思ったのか、肩を落とした。
「今日は下界だって。ちゃんと顔洗って、支度してきなよ」
青嵐は生返事をする。頭が重い。黎の言っていることはもっともで、胸が痛い。
自分は、ここに何をしに来たのだろう。
出ていく黎が、眩しく見える。
御龍氏になりたい理由も理想的で、龍を信じ、務めを果たそうとしている。
自分は。
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