第30話

後ろから後押しされるようなその力を感じて、妭は肩越しに後ろを見た。桑と菫は懸命に夔龍に意識を繋げ、歌っている。彼らもまた、光の中にいた。しかし、それは出所ではない。もっと違う何か。違う歌。その奥にいるのは、青嵐と黎だ。二人もまた水球を抱えて祈っているように見える。しかし、その弦月魚が輝いている。妭は目を見開いた。

「あなた、その歌……」

 青嵐は唱えるように歌う。黎は奏でるように歌う。歌い方は違う。技量も違う。けれど、青嵐は意味を、黎は旋律を、それぞれ補うようにして声は重なり合い、大きな波となる。

「魂は龍に抱えられ天の向こう

名は歌に刻まれ地に留まる

この声が枯れても

神話になるまで歌い続ける」

黎と青嵐の声が、響いていく。その波が到達するにつれ、恐ろしいほど渦巻いていた風雨は次第に解け、雨粒は散っていく。雲は白んでいき、やがて消えた。澄んだ空が姿を現し、照らす光が龍の体を虹色に染める。大きな大きな虹を体に映して、龍は大きく体を伸ばした。風が龍の周りを優しく舞い、龍の体はそれに乗る。その表情は穏やかだ。

『……歌い続ける』

弦楽器の低い低い音のような旋律が、その口から響く。

柳は呆気にとられて龍を見つめた。

「龍の……歌」

 龍の歌が合図となったように、 二人は歌うのを止めて目を開ける。気が抜けたようにがくりと膝を折った。青嵐はそのまま緩んだ地面に倒れこむ。柳がかけよって助け起こした。

その様子を、龍は上空から見守る。洗い流したかのように雲一つない空だ。一声上げてゆるりと旋回したかと思うと、虹色の光を残してぐんぐん天へと昇って行った。その姿はやがて溶けて見えなくなる。それを見送って、龍の怒りに耐えた大地は、人々は、再び動き始める。その目には、大きな虹が映っていた。

その様子は少し離れたところからもまた見届けられていた。

「残念でしたね。折角鈴が完成したのに」

 貔貅の毛を撫でながら、少年は言う。白く美しい毛が、雨風にさらされたせいでへばりついている。泥がついていないのがせめてもの救いだ。

「不測の事態だ。仕方ない」

白衣の男は、一部始終を見終えると目元を隠す布を下ろした。

「でも、まだ他にも災異のある地はあります。下準備も整っているそうです」

少年は胸元から大事にしまっていた地図を取り出す。ぼやりと字と線が浮かび上がった。自らの居所を探し当てると、そこにバツ印を書き込む。そして男に差し出した。白衣の男は、受け取って何事か確認すると頷く。

「次へ行くぞ、すう。急がねばならない用ができた」

「どこですか」

 白衣の男はある一点を指さす。嵩は肩をすくめた。額を貔貅につけると、貔貅はぶるりと体を震わせて水気を飛ばした。もこもこの毛並みが復活する。風を纏うその姿は美しい。二人はその柔らかな背に乗る。そして貔貅の胴をぽんと叩くと、勢いよく飛び去った。

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