第28話

青嵐は目の端で辺りをうかがう。何か、胸騒ぎがした。

(また、貔貅が来るのか……?)

風が唸る。その向こうに、他の声がした。聞いたことがある。はるか遠くの、戦場で――

(どうして)

 考える間もなく、大きな風の塊が真横にぶつかる。

「貔貅……!」

 貔貅は二、三歩後ろへ下がると大きく吠えた。吠える声に風が反応して荒れる。少し離れた木々の向こうに、数人の兵が倒れているのが見える。龍の目に触れぬよう待ち構えていたのだろう。しかし無残にも残らず伏している。血と思しき赤い跡が、あちこちに飛び散っていた。

 青嵐は鈴を握りなおした。貔貅は第二撃、三撃と風をぶつける。が、楓は二人を目で制し、鈴を振り続けた。柳は菫が仕掛けた結界符を発動させる。貔貅の後ろで、村が半球状の結界に包まれた。と、背後から青嵐らの鈴の音を乱すかのような音が響いた。手元にその音がさざ波のように伝わる。肩越しに後ろを見ると、白い衣をすっぽりと頭からかぶった男が、静かに拳くらいの大きさの鈴を鳴らしていた。紋様のびっしりと描かれたそれを鳴らすごとに、その波動が結界を揺さぶる。

「そんな……」

 楓が声を上げる。白衣の男の近くの結界に、ひびが入り始めていた。楓は懐から符を取り出すと、割れ目に貼った。符に書かれた文字が、楓の声に合わせてするすると紙から浮き出る。文字は割れ目に張り付くと、そこから少しずつ修復され始めた。しかし、外からの波動はそれを押し返す。押し問答のように繰り返すと、ついに大きく結界を割った。

 白衣の男は素早く入り込む。中から鈴を鳴らすと、結界は完全に崩壊した。楓は男を阻もうとする。しかし男は無駄のない動きで楓に一撃を加える。楓はうめき声をあげて地面に倒れこんだ。男はそのまま、中央に向かおうとする。青嵐は男の腕を捕らえ、引き倒した。男が衣の奥から青嵐を見る。手の中の体が、強ばるのを感じた。

「なんてことを……!」

 男は掠れた声で言う。青嵐は別の人影が飛びかかって来るのを感じて、蹴り技で受ける。

「ここは俺が!」

人影は声をかける。見れば、端正な顔立ちの少年だ。その隙に、白衣の男は逃れた。そのまま祭壇の方へ行こうとする。少年は、何か手にした符を青嵐に向けた。が、青嵐は素早くその手を抑え、少年の鳩尾に一撃を加えて動きを止める。それを見た貔貅が、唸り声をあげて風を吐いた。青嵐はそれに飛ばされる。援護しようと駆け寄ってきた柳にもそれは直撃した。身体の痛みをこらえて、すぐに体を起こす。その横で、叫ぶような声が上がった。

柳絮りゅうじょ!」

 振り向くと、風の直撃を受けて、柳の弦月魚の水球が割れていた。柳はそっと弦月魚を受け止めると、水球を作り直し始める。

「まずい」

 白衣の男は唯一見える口元から、急いで何か声を発する。が、上空で龍が体をくねらせたかと思うと、そのうねりが大きな風の塊となり、地上を襲った。その場にいた全ての人間が、飛ばされぬよう地にかじりつく。

「龍が……怒っている」

誰ともなくそう言った声が上がる。いつの間にか黒雲が渦高くそびえ、バチバチとあちこちで稲妻が走っていた。一つが堪えきれずに落ちると、堰を切ったように他も落ちだした。それを合図に、雨もまた、雲をぎゅっと絞ったかのように降り出す。

「くそっ、これでは声が届かない……」

白衣の男はそう呟くと、青嵐の腕を掴んで連れて行こうとする。突然のことに驚きつつも、青嵐は男の腕を逆の手で掴み、捻り上げようとするが、再び襲ってきた風のうねりに、双方の手が離れ、青嵐は飛ばされた。白衣の男はうねりが去ると同時に風の合間を縫って少年の方へ駆け寄る。体を抱え起こすと、体を低くして近づいた貔貅に飛び乗った。貔貅の周りには結界が張られ、風のように去っていく。

青嵐は諦めて祭壇の方を振り返った。桑がしきりに歌を歌うが、風雨に掻き消され届かない。

「どうしたら……」

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