第27話
降り注ぐ日差しに、妭は睨みつけるように目を細める。自分のせいだ。それはわかっている。けれど、制御できる部分とできない部分がある。龍の水の加護は強大だ。妭がかつて戦った風伯や雨伯の比ではない。だから、妭の力を押さえ込むことができていた。しかし、その加護が薄れ、妭の力をむき出しのまま受けている。妭が帰っても、むき出しのままなのに変わりはない。
(どうして、こうなったの?)
自分の影響が及べば、こうして御龍氏も来る。それなのに。
「大雨で困っている地域があります。まずはそちらにご案内します」
「帰すんじゃなかったの」
責めるように妭は言う。
「……我が師はいつもこうしていたのでしょう」
菫は表情を崩さない。妭はいらいらして言った。
「丹はどうしたのよ」
「……死にました」
「いつ」
間髪入れず、妭は問う。
「六年前です」
「どうして」
「任務中に、命を落としたと聞いています」
「嘘よ」
妭の口調は強い。菫は息をついた。
「嘘ではありません。御龍氏の記録にもきちんと書かれています」
妭はついに菫の袖を強く引いた。菫の顔と、間近で向き合う。
「私、見たのよ。琥(こ)で」
一瞬、菫は目を見張った。しかしすぐに、落ち着いた声で返す。
「見間違いでは?」
「私もそう思ったわ。だから、つけてきたのよ」
「それで真相はわかったのですか」
妭は唇をかむ。
「見失ったのよ。あの辺りで。でもその後、ここで何度も見かけてる」
それで、あの辺りで強く旱魃が起きたのか、と菫は思う。見失った丹を、探していたのだろう。
「村の方々は、最近訪れたのはあなただけだと言っていましたよ」
妭は縋るような目を菫に向けた。
「そんな……なら、もう一度探させて」
「いけません」
ぴしゃりと菫は言い放った。年は妭の方がずっと上だ。しかし、諭すように菫は言った。
「なぜそんなにこだわるのですか」
妭の手に力がこもる。
「あなたの国は乱れているわ。何度も鉤月猫(こうげつびょう)を見かけたし、国境には災厄をはねのける力がなかった。龍は天の意思を伝える。あなたたちはその代りの声。きちんと王に伝えているのかしら?」
「伝えていますとも」
「本当に? それとも、王が聞かないの? それを正すのもあなたたちの役目でしょう。丹がいたならそうしていたはずよ」
菫は応えない。静かに夔龍に降りるよう指示する。人目につかない森の少し開けたところに、静かに降り立った。菫は先に降りて妭に手を差し出す。妭はその手を取らずに軽やかに降りた。足元の草が生気を吸い取られたように萎れていく。これが自分の力でなければ、どんなにいいだろう。旱魃は、災厄だ。先の戦の時には乞われたこの力も、終わればただの災厄。戦功などとうに忘れられ、忌み嫌われる。天にも昇れず、自分の価値を見失っていた。
けれど、神でも何でもない一人の人間が、それを変えた。
「丹がいた時は、私が来ようとあそこまで酷い旱魃にはならなかったわ。龍の加護を引き出して、私の力を制御してくれていた。この国を、歩いていいって言ってくれたのは、丹だけだった。大雨や洪水で困っている地域には、必ず呼んで……必要としてくれた。なのに、最近見なくなって……」
西の遥か彼方でその姿を見た。だから一瞬戸惑った。何度も見直した。そんなはずはない、と。そう思って、追わずにはいられなかった。その西の方を、妭は見やる。しかし、途中で目に入ったものに、眉を顰めた。
「何事?」
彼方に、黒い雲が広がっていた。そのかさは異常なほどに高く、稲妻を纏っている。菫もそちらを向いて、目を見開いた。
「あれは……」
ちり、ちり、と菫の弦月魚が瞬く。その袖を、妭は捕らえた。
「行かせないわ」
「お止めください」
あくまで諭すように、菫は言う。妭は唇をゆがめて笑んだ。
「私の相手をしてくれるのでしょう? まだ話は終わってないわ」
意地の悪い――妭は頭の隅でそう思った。しかし、心は止まらない。
ずっと待っていたのだ。必要とされるのを。けれど、何の便りもないままそれは突然途絶えた。北の寂しい岩山で、妭は待った。時の流れるのなど、苦ではない。しかし、人間に許された時間は短い。妭は何度もためらって、悩んだ末にその隠れ家を出た。久しぶりの大地に、渇きを与えながら。そして瓏までやってきて、驚いた。あまりにもその渇きが大きいのを。疑問ばかりがわく。
菫は何かを隠している。そう、妭は感じた。隠されて、意固地になる。これを逃せば、聞けないかもしれない。
「行かせてください」
本当に丹が喪われているのなら、もう渇ききってしまえばいい。そんな思いがよぎる。
「別の御龍氏が来ているのでしょう。あなたが行く必要はないわ」
「そうはいきません」
菫はついに声を荒げ、袖を振り払う。が、驚く妭の顔を見て、はっとして頭を垂れた。
「……私は、老師や仲間の死に、のうのうと生きていくしかできませんでした。せめて、あの子たちだけは死なせるわけにはいかないのです」
菫の本音を見て、妭は我に返る。仮にも自分は元天女だ。それにしては、頭に血が上りすぎた。
「御龍氏も頭を下げることがあるのね。でも、タダじゃ行かせない。私も連れて行きなさい。そして、事が済んだら、記録じゃない、あなたの知る話を聞かせなさい」
妭は表情を隠すように背を向け、再び夔龍に乗る。
「……わかりました」
菫は急ぎ、元来た方へ進路を取らせた。
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