第25話
村から離れた使われていない草地に入ると、妭は草を熱風で払い、座るところを作る。二人は包みを開いた。
「いただきます」
天女は遠慮なしに箸を進める。まさか地面に腰を下ろして天女と食事を共にするなんて思いもよらず、二人はつい出遅れた。
「これ、美味しいわね」
二人にはお構いなしに、妭は舌鼓をうつ。あっと言う間に二人分を平らげた。二人分と言っても、育ち盛りの男子二人分だ。二人は圧倒された。しかし当人は涼しげに口元を拭くと、黎のもう一つの包みに目をつけた。
「そっちは何?」
「ああ、これは……」
小さな紙包みを開くと、ごろりと黒い塊が出てきた。見るからに焦げた炭の塊は、黎の作品だ。なぜ持ってきた。青嵐は血の気がひく。
「やめ……」
青嵐の制止は間に合わず、妭はかりんとうを放り込むような感じで、口に入れた。
(終わった――)
止めようと伸ばした腕が、がくりと落ちる。今はもう、早く師にこの場所を見つけてもらうしかない。恐る恐る妭の顔をのぞきこむ。すると、長く伸びた睫毛の奥からぽろりと、涙が溢れるのが見えた。
「妭、それは……」
せめてフォローしようと青嵐は口を開く。しかし。
「懐かしい」
ぽつりとこぼれ出た言葉に、青嵐は固まった。表情も柔らかい。予想していたのとは違う。結果的には良い方に転んだようだが、何となく納得がいかない。黎は頬を紅潮させて喜んだ。
「青嵐、聞いた? 僕の料理は神にしかわからないのかも!」
「わかってなかった神がいたろ。思い出せ」
懐かしさをかみしめるように、妭は口の中のものを飲み込んだ。
「美味しいとは言ってないわよ。安心しなさい。ただ、懐かしかっただけ」
傍らで、弦月魚が、ちかちかと光りだす。黎は弦月魚と目を合わせた。これまでで一番はっきりとした言葉が伝わってくる。
「あの寂しいは、妭様だったんですね」
妭は弦月魚と黎を交互に見て状況を把握すると、顔を赤らめて睨んだ。
「覗き見禁止よ! 話すから、その子をおとなしくさせなさい」
黎は慌てて同調を中断した。玄珠の視界を遮るように水球を両手で覆う。しかし玄珠はぴょこりと手の隙間から顔をのぞかせた。玄珠の輝きがおさまるのを確かめて、妭は口を開いた。
「私、こんな状態でしょ? あなたも知ってるでしょうけど、大戦の後、旱魃を起こすほど火の恩寵を受けた私の力は疎まれて、北方の何もない荒野に送られたの。そこは本当に誰も何もいなくて……。話し方も忘れてしまいそうで、ついまわりにちょっかいを出しに行ってたの。そうしたら、一人だけ構ってくれたひとがいて。時々ご飯を一緒に食べたりして。でもね、その人料理の才能はからきしで、いっつもそんな感じのを持ち歩いてたわ。食べられたものじゃなかったけど」
視線の先には、黎の作品。それは忘れられない味になったことだろう。
「弟子ができてからは、その子の影響なんでしょうね、妙に薬膳ぽくなってみたり、辛くなってみたりして。楽しかったわ」
そう微笑む様子は、天女でも何でもない、普通の人間のようだ。何ら、変わりのない。その瞳は、すっと二人の向こうを見据えた。
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