第24話

 改めて、目の前の女を見る。誰もが振り返るであろう、美しい顔立ち。風になびく赤銅色の髪。青い衣。そして、神獣どころの話ではない、強い力。そんなことができるのは。黎の脳裏に、ある一節が浮かぶ。名前を閃いた胸が、熱くなった。書物の中でしか、存在を知らない人。そうだとしたら、大変なことだ。

「その無謀な心意気だけは認めてあげる。でも、相手が悪かったわね。私が本気を出せば、あなたたちだって消し炭にできる。嫌ならさっさと下がりなさい」

「その風を止めるのが先だ」

一触即発。再び動こうとする青嵐の腕を、黎は掴んだ。

ばつ様とお見受けします」

 黎はきっぱりと言い切った。

「妭?」

黎は小さく頷く。

「かつて世界を二分する大戦があった時、聖王側について敵将の降ろした風雨の神の力を退けた天女だよ。力を使いすぎて天に昇れなくなって、今は北方にいらっしゃる」

 女は肯定も否定もせず、ただ笑んだ。

「だったらどうだって言うの?」

「あのっ、お話聞かせていただけませんか! 一緒にご飯でも食べながら!」

青嵐は一瞬ぽかんとする。しかしすぐに我に返った。

「お前、何言ってるんだ?」

振り返って黎の肩を掴む。作戦にしたって、そんなの乗るわけがない。しかし黎は目をきらきらさせていた。これは本気のやつだ。

「だって、歴史の生き証人だよ? 神話が生で聞けちゃうんだよ?」

青嵐はちらと肩越しに歴史の生き証人様をうかがう。すると、青嵐の予想とは逆に、満更でもない顔をしていた。

「仕方ないわね。私を唸らせる味じゃないと、承知しないわよ」

乗ってきた。

青嵐は唖然とした。二人がきゃっきゃしながら話し始めるのを、他人事のように見ている。いやしかし、と何とか現実に戻る。問題は、黎が何を出すかだ。それによってはまた熱風に逆戻りだ。

「黎、何を出すつもりだ?」

黎は何でもないことのように、背に背負った袋から青嵐の作った弁当の包みを取り出す。翠や橙や白の焼売と、角煮を挟んだサンドイッチが姿を現す。

「美味しそうじゃない。あなたが作ったの?」

まず見た目は合格点らしい。

「青嵐が作ったんです」

と黎がいうと、あなたがねえ、と意外そうに青嵐を隅々まで見た。青嵐は思わずむっとした顔をする。妭はそれを見て、にんまりと笑った。

「じゃ、場所を変えましょ。村から離れた方がいいでしょ」

妭はひらひらと蝶が飛ぶように先導する。その足元がうっすらと乾いて行くのが見えた。

「その力、止めてからにしてくれよ」

青嵐が言うと、妭はぴたりと歩くのをやめた。止まると、足元では水分がするすると吸い取られていく。青々とした葉が、色が抜かれたように薄い緑になった。

「止められないのよ。強くはできるけど、止めることはできないの」

え、と青嵐は言葉を詰まらせる。逆に妭は、いきましょ、と再び歩き始めた。その背中に、青嵐は憂いを見る。それでも足取りは強い。黎が腰に鈴をつけると、二人は黙って後に続いた。

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