第23話

「水があるから争いの種になるのよ。いっそ、なくなってしまえば争うこともなくなる。そう思わない?」

 背後から、突然女の声が響く。青嵐は反射的に、男と黎を庇うように立つ。

「あら素早いこと」

 女は余裕たっぷりに微笑んだ。鮮やかな青い衣を纏っている。それが女の肌の白さを一段と引き立てていた。

「この辺りの者か?」

 青嵐は腰を落として問う。男はぶんぶんと首をふった。女が、ふうと息を吹きかけると、水路の枝は灰のようにぼろぼろと崩れ、後には石だけが残った。男は声にならない声をあげる。青嵐が行けと促すと、転がるように逃げ出した。

 気圧されるような雰囲気に、青嵐は唾を飲み込み、黎の方を横目で見た。黎ははっとしたように懐に手を入れた。が、強い熱風が黎を襲う。懐から鈴が転がった。黎は両腕で防ごうとするが、たまらず膝をつく。

「鈴……?」

「黎!」

青嵐は熱風が止むとかけより、黎を助け起こす。前を見ると、熱風の通り道となった地面は草も土もからからになっていた。青嵐は脂汗が滲み出ているのを感じた。体が、危険を察知し、警鐘を鳴らす。

目の端で退路を確認しようとする。しかし、女は袖をひと振りさせて二人の周囲を渇ききった地面に変えた。

「くそっ」

すぐ近くには、田畑が今か今かと水の来るのを待っている。これ以上被害を広げるわけにはいかない。青嵐は、女に向かって跳躍した。取り押さえようと手を伸ばす。しかし、熱風がそれを阻んだ。青嵐はよろめいて二歩、三歩と下がる。

「手の早い坊やね。モテないわよ」

「モテる必要なんてない。その風を止めろ!」

「止めないって言ったら?」

「力ずくでも止めさせる」

 青嵐は再び向かっていくが、熱風の壁に阻まれて近づけない。それどころか飛ばされて、地面に転がった。

「青!」

 呻く青嵐に、黎が駆け寄る。助け起こすと、ぐっと顔が近づいてきた。

「俺が注意を引く。その隙に鈴を取って鳴らせ。そのまま逃げろ」

 小さく、青嵐は言う。そして黎が諾する間もなく、後ろへ押しやった。

「私の邪魔をするなら、容赦しないわ」

青嵐は臆せず、再び向かっていく。黎はそっとその輪から離れると、鈴を取って鳴らした。しかし、チリンとか細い音がしただけで、余計不安になる。顔を上げると、青嵐が黎の足元に再び転がってきた。

「青」

背を支えると、青嵐は「逃げろって」と苦い顔をした。服も顔もぼろぼろになってきている。

(青は強い。でも、あの人の力には、青では勝てない。強すぎる――)

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