第21話


 村に着くとすぐに、近隣の長だという老人たちが出迎えてくれた。宿として使ってほしいと提供された小さな家に通されると、そこには所狭しと肉や果物、酒が並べられていた。勧められるままに座ると、年若い娘たちがお茶を淹れて持ってきた。道すがら見かけた同じくらいの娘たちと比べて、華やかな服を着ている。そこから放たれる甘い香りが、鼻をくすぐった。

「この者たちが身の回りのお世話をさせていただきます。何なりとお申し付けください」

 長の一人がかしこまって言うと、菫はそれを制した。

「お心遣い、ありがとうございます。宿はありがたくお借りします。しかし、食材は祭祀用と我々の食事に必要な最低限のものをいただきます。支度もこちらでしますので、娘さんたちの手は煩わせません。お気持ちだけいただきます」

 後ろから、青嵐はその背を見つめる。夔龍の上で、同じように菫の背を見ながら聞いたことを思い出した。

「御龍氏は国の祭祀の要。だから、勘違いを起こさないように、昇山するときに下界との関係を絶たせるんだ。結婚することも、家族を持つこともない」

 目の前に積まれた御馳走も、美しい少女たちも、自分の為ではない。その後ろにいる、龍の、ひいては龍の加護を得るため。御龍氏になるとは、こういうことなのか。そう、改めて感じる。

 長たちはお互いに顔を見合わせたが、菫のきっぱりとした態度を見て娘たちを下がらせた。娘たちの足音が消えると、長は本題に入った。

「今の時期これでは、作物がみんなやられてしまいます。どうか、雨をお恵み下さい」

 振り絞るような声で老人は言う。やりとりをする菫の後ろから、青嵐は村を見回した。村長の言う通り、日は異常なほどかんかんに照り、地面はひび割れている。木や草は生気を失い、人々は心配そうな表情で戸口からこちらを見ていた。ふと、その中の一人の子供と目が合う。ぎくりとして思わず目を背けた。

「どうしたの」

 黎が小さく声をかける。青嵐は首を振った。

「旱魃で被害が起きているのはこの辺り一帯ですか」

「隣村も、そのまた向こうもです。冬は山の向こうの方で、今年はばかに雪が少ないねえなんて言ってたんですけどね」

 長の一人は更に北西の方の山を指さす。

「春になって雨が降る日もあったから、ああ良かったねなんて言ってたら、だんだんと今度はこっちが春になっても雨がふりゃしませんもんで、こいつはおかしいと思ったんです」

「なるほど」

 菫は小さく頷く。

「他に、旱魃と何の関係もなくて結構です。変わった生き物や人を、見たり聞いたりといったことはありませんでしたか」

長たちは顔を見合わせる。一人が頬を掻きながら言った。

「たいそうな美女を見かけたとかいう者ならおりましたが……」

「どんな」

「さて、そこまでは……いやお恥ずかしい話ですが、若い衆がね、旅の女なのに疲れも感じさせない美しさだったので、何とか残ってくれないか頼んだけれど、まったく相手にされなかったとかで」

「そうだ」

他の一人がまた声を上げる。一段声を低くして続けた。

「白猫を見たという者がおりました」

 他の長たちは顔を曇らせ、見合わせた。

「見間違いでねえか」

「そうさ。中央には偉大な王様がいらっしゃるんだ。その徳は内外に広がって我々を守って下さっている。そうですよね、御龍氏様」

 言った長は頭を掻いて引っ込もうとする。しかし菫は、それを止めた。

「もちろん王は徳を積み、我々はそれを支えていきます。しかし、それはあなた方あってのこと。あなた方の言葉に、不必要なものなどありませんよ。見たものは何でもお知らせください」

そうは言うものの、他には何も出てこない。

 ありがとうございますと菫は礼を言った。

「おそらく原因があります。しばらくこの辺りを見させてもらいますが、よろしいですか」

「もちろんです」

 長たちは何度も頷いた。

「すぐに龍を呼ばないんですか」

 黎が問う。

「何か原因があってそれが起こっている場合、龍を呼んでも一時的な解決にしかならないよ。取り除けるものなら、取り除いてからの方がいい」

「原因……」

「まずは、下準備だ。おいで」

菫は二人を連れて、村の小さな廟に来た。歌を歌いながら、薬草で香りづけした酒を地面に振りかける。酒の染みた跡が、小さな光の粒を散らして広がった。それを確認すると、懐から結界符を取り出し、貔貅が来た時にいつでも発動できるよう貼り付ける。

「さ、地霊を降ろしておいた。困ったら、弦月魚に聞いてみるといい」

そう言って、緩く結った紐をつけた小さな鈴を取り出した。

「二手に分かれよう。私は村の人たちに話を聞いて回る。変わった生き物や人物がいたら、手を出さずに私を呼びなさい。小さく、一度鳴らせばいい。いいね」

 菫は念を押す。二人は頷いた。

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