第20話

 二人と一匹が消えた後しばらくして、菫は外へ出た。

「どうかね、彼らは」

 朝靄が立ち込める中から、声が聞こえる。

かい様」

 菫は声の方を振り返ると深々と礼をした。大ぶりの木の杖をつき、ゆっくりと靄の奥から長く白い髭と髪が印象深い老人が現れた。ほっそりとした体格ではあるが、群青の衣をゆったりとなびかせて歩いてくる様は、威厳たっぷりだ。うっすらと黄色がかった白色の弦月魚が、それに続く。こちらも貫禄たっぷりにどっしりとした体をしている。よいよい、と槐は手で顔を上げるよう促す。長い眉毛に阻まれて目元は見えないが、いかにも好々爺といった雰囲気だ。

「餌は順調に食べているようです。しかし、まだ水球まではいかないようです」

「そうじゃろうとも。特に、青嵐は……」

 槐は長いひげを撫でる。

「龍は人を見る。弦月魚もそうじゃ。物言わぬからと言って軽く見てはならない。のう、菫よ」

「はい」

 菫は目を伏せる。

「あまり気負うでないぞ。そなたは一人で抱え込みすぎる」

「抱え込んではおりませぬ。我が師が偉大すぎただけです」

 槐は大きく息をつく。骨ばった手で、杖を握り直した。菫はまだ若い。しかし、ここ数年の忙しさで、めっきり老け込んだように見えた。目の下のくまが、それをいっそう際立てる。

「あれが英将軍に推挙されて来た時には、たいそう驚いた。しかしな、これがわしの最後の使命と思うておる。おぬしは気を楽にするとよい。今度こそ、すべてわしが墓場まで連れてゆく」

 声は力強い。

「槐様……」

「わしは、彼らの師となり得るのは、そなたしかおらぬと思うて任せた。もし、丹がいたとしてもな」

「ありがたきお言葉です」

 菫は絞り出すように言う。槐は袖を翻した。

「日照りの続く村が出ている。降雨の儀を頼みたい」

「承知いたしました」

 去りゆく背中に向かって、菫は言った。

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