第17話

 夜は黎の注文通り、干したホタテのだしの効いた麺が出され、三人と一匹は舌鼓を打った。片付けが終わると、黎は早々に寝床に入る。寝床から寝息が聞こえ始めたのを見計らって、青嵐はそっと部屋を出た。小さな蝋燭の灯りを持って、静かに書物庫の扉を開ける。予想外に古い扉はぎいと音を立て、青嵐を驚かせた。素早く中に滑り込むと、更に慎重に扉を閉める。すると、古い本の匂いが、青嵐を包み込んだ。びっしりと書棚には本が詰め込まれている。瓏の地理、気象、歴史……。あらゆる瓏に関する書物が収められていた。うっすらと埃をかぶっているそれらの表紙を、青嵐は灯りで照らす。通し番号だけ書かれた目的のものを見つけると、小さな机に置いて背表紙を開いた。最後の頁には、つい最近の日付が書かれている。


新たに黎、青嵐、昇山す。

 師は菫。


 天輝きて、龍降臨の予兆あり。

 菫、黎と青嵐を伴い柄に入る。

 よく稔るとの言祝ことほぎあり、恵みの雨注ぐ。

 柄は、老いたる者を敬い、幼き者を愛す。

家や畑は整い、心豊か。


先日、初めて龍の祭祀に立ち会った時の事だ。こんな内容だったのかと、青嵐は改めてその文言をじっくり見つめる。しかし、そんな良い記録ばかりではない。前へめくると、また別の一件が書かれていた。今度は他の御龍氏がその二日前に、全く別の場所で祭祀を行った件について書かれている。洪水、日照り、大雪、疫病……そんな記録ばかりが、次から次へと起きている。目元を押さえて、青嵐は上を向いた。立ち上がって窓の外を見ると、月はだいぶ傾いている。青嵐は慌てて本を戻すと、再び忍び足で部屋に戻り、布団に潜り込んだ。しかし、目は重くとも心が冴えている。青嵐はぼんやりと天井を眺めた。それを遮るように、水球が真上に浮かぶ。弦月魚の腹が月明かりを浴びてうっすら見えた。天井は、どこにいてもそう変わらない。弦月魚の姿が、一番に自分のいる場所を自覚させた。青嵐は無理やり目をつぶる。ようやくまどろんでくると、ひんやりとした細いものが顔の上に乗った。

「青嵐、起きろ! 黎が飯の支度をしようとしてる!」

 地竜の震え声に、青嵐は目を覚まさざるを得なかった。実行されれば、被害は甚大だ。

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