第14話
「大丈夫か、地竜」
菫は地竜のそばに歩み寄る。
「ああ、助かった。お前らも、ありがとう」
地竜はぺったりと地面に横になって、三人を見上げた。もう、ただのミミズだ。しかも、酔っている最中の悪業をバラされたあとの、しぼんだミミズ。三人はそれぞれ、安堵の笑みを浮かべた。
「そういえば、あの声は何だったんだ」
青嵐が手の血を拭いながら聞く。菫はその様子を見ると、懐から軟膏と布を取り出した。
「声?」
菫は手際よく傷を洗い、軟膏を塗ると布を巻く。
「地竜を助けてくれって」
姿は見えない。けれど声は確かに二人に聞こえていた。
「俺のファンたちか……」
「
地竜を遮って、菫は言う。自分の世界を切られて、地竜はむっとした顔をした。
「山や川、草木にも魂は宿る。紫雲山は龍の加護を強く受ける場所だから、そういったものの声が聞こえやすいんだ。向こうも好意的だしね」
黎は辺りを見渡す。何の姿も見えない。しかし、何かがそこかしこにいて、自分たちを見守っているような気がした。本来、下界も同じだろう。しかし、紫雲山ではそれをより近くに感じる。
「ありがとうございました、老師」
菫は少しだけ笑う。それが、照れたようにも見えた。
「かまわないよ。そのかわり、今度は食べられる夕食を期待しているよ」
黎は頬をかいた。昨日の黎の渾身の一品は、師も堪えていたらしい。
「二人で作ったらいい。頼んだよ、青嵐」
「……はい」
ちらと黎を見ると、目を輝かせて青嵐を見ている。自分にその手綱が握れるだろうかと、青嵐は不安しか感じなかった。
その横を、そよと風が吹き抜けていく。
『地竜様』
『よかった』
それに乗って、さざ波のように声が広がっていく。地竜にはそれが聞こえているようで、辺りを見回してもう一度ありがとうと言った。
青嵐と黎はひと休みすると、草を刈り、掃除をし、修繕し、汗だくになって祠を整えた。青嵐が水を汲んで戻ってくると、黎は地竜を肩に乗せて笛を吹いているところだった。さわやかな音色が風に乗る。ふと横を見ると、水球の中の弦月魚も目を細めて、それに聴き入っているようだった。
「その腕前で、よく御龍氏になるのを許されたな」
「兄がいるから、跡取りの心配はないんだ。だからこそ許してもらえたというか……」
「弦月魚も気に入ってるみたいだ。餌も早く見つかるといいな」
「地竜は何か知らないか?」
青嵐の問いに、地竜は首をふった。
「残念だがな。でも、弦月魚の食べ物は、体に出る。花を食えば体や尾に花の模様が出るって具合にな。だから、そいつがどんなふうになりてえか、聞いてやるといいんじゃねえか」
若草の絡まる模様や青々とした葉の模様、橙の点の散る弦月魚。この短い間に出会った弦月魚だけでも多彩だ。黎は自分の弦月魚を見た。水球の中で、ぷかりぷかりと浮かんでいる。
「礼と言っては何だが、俺のとっておきの場所へ連れて行ってやるよ。もしかしたら、ヒントが見つかるかもしれねえぞ」
地竜は奥にしまってあった酒盛り道具一式を青嵐に担がせると、山頂に向かって道を急がせた。
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