第13話
微かな声が聞こえる。自分を呼ぶ声だ。自分を。
――この化け物め!
運よく長く生き永らえ、大地の気をその身に宿していった地竜を、人々はそう呼んだ。無理もない。そもそも元はただのミミズ。それが人の倍はあろうかという巨体となっているのだ。そして、その蓄えられた力は時に暴走する。師もなく力の制御の仕方のわからない地竜には、捨てられた山中の家に隠れて住むしか方法はなかった。しかしそれが却って仇となった。住人を食った化け物として恐れられるようになったのだ。
「どうか、あの化け物を追い払って下さい」
そう依頼されて来たのが一人の男だった。
御龍氏と呼ばれたその男は、小さな魚を連れていて、魚を介して地竜とコンタクトをとった。
地竜はもうどうでもよかった。もともと力が欲しくて今の姿になったわけではないと、ただそれだけ言った。すると御龍氏は言った。
「俺と一緒に来てくれないか。山を育てるのに力を貸してほしい」
御龍氏の言葉は本当だった。祠を建てて地竜を住まわせると、力の使い方を教えた。
「今のお前なら、半分は制御できる。もう半分は、制御できるまで預かっておくぞ」
(せめてお返しにと思って、残った力を使って、山を豊かにしてきたけど……)
「丹(たん)」
恩人の名を、呼ぶ。その名にふさわしい花の咲く、豊かな山に育ったと、自負している。けれど、その成果を見せることは叶わない。
力が湧き出てくるのと同時に、心が、じわりじわりと暗く蝕まれていく。なぜだろう。そんなことを考える気にもならない。
――化け物。
そう呼ばれたころのように。
ぎしりぎしりと木が軋む。その度に、はらはらと葉が落ちる。びっしりとかいた汗を滴らせて、黎は水球から顔を離した。
「ダメだ。手伝ってもらってるのに……! 繋がらない!」
「くそっ、何て力だ!」
抵抗を続ける地竜に、縄は切れ始める。青嵐は三本目の縄を地竜にかけた。体は引っ張られ、縄を持つ手は擦れていた。
「もう一回!」
黎は今一度意識を弦月魚へ向ける。しかし、その間にも縄は無残に切れた。青嵐もついに手を離し、反動で尻餅をついた。自由を取り戻した地竜は、敵意を青嵐に向ける。青嵐は立ち上がると短刀に手をかけた。
「待って、青! もう一回!」
黎が叫ぶ。その肩を、手が支えた。黎は振り返る。
「初めてなのに、よく頑張ったね。でもきみたちにはまだ荷が重い」
紫の弦月魚を従えて、静かに立っていたのは菫だった。焦る様子もなく、地竜を見据えている。菫は紫の弦月魚に目配せする。弦月魚はすいと泳ぐように前に出てきて輝き始めた。いっぱいに広がったひれが、美しくはためいている。
「地竜、起きるんだ」
静かに、菫は言う。すると、地竜は固まったように動かなくなり、するするとしぼんでいった。
「ホントにぱーっとだった」
黎はへろへろと座り込む。
「確かに、参考にならねえな」
青嵐は袖で汗を拭った。
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