第12話
翌日、黎と青嵐は掃除道具を持って地竜と共に祠に向かった。地竜は昨日の元気はどこへやら、ぐったりと黎の肩でだれている。
「しゃきっとしろよ、神様」
青嵐が煽ると、地竜はねめつけるように青嵐を見て言った。
「今日から、俺の食事はお前が担当しろよ。いいか……絶対にだ」
黎は残念そうに肩を落とした。
「気に入ってもらえると思ったんだけどな、炒飯」
「あんな黒々として毒々しいものは、炒飯とは言わねえよ!」
一人と一匹は、昨晩の惨劇を思い出してぞっとする。二人の前に歓迎パーティーだねと言われて出てきたのは、炭を煮詰めたようにどろどろとし、異臭を放った何かだった。上に小花を散らしてあるのがまた何とも言えない。
「いいか、お前は料理修業は後だ。まずは御龍氏として大成する。それからだ! お前にはお前の長所がある。それを伸ばせ」
地竜は力を振り絞って力説する。黎はわかったよと渋々頷いた。
祠に着くと、地竜は近くの木に飛び移った。二人の目線よりも若干高い。昨日よりも元気はないが、やはり高いところがいいらしい。
「ところで、今日は酒持って来たんだろうな」
「持ってきたよ」
黎が水を払った杯に酒を注ぐと、
「やっとありつけるぜ、俺の命の源!」
と叫ぶが早いか跳躍し、頭から突っ込んだ。そしてそのまま、うまそうにがぶがぶ飲み始める。その姿はただの酒好きのミミズだ。
「人に掃除させといて……」
青嵐は地竜を睨む。しかし地竜は知らん顔で、おかわりと叫んだ。黎は言われたとおりに二杯目を注ぐ。
「お前、蔵の全部持ってきたのか?」
青嵐が呆れ顔で言うと、黎は頬をかいた。
「まったく……とっとと終わらせるぞ」
酔いどれミミズにかまっていられない、と青嵐は作業に移る。小物をどかして洗い、中に入り込んだ葉を掻き出すと、中から一つ、石が出てきた。中央のくりぬかれた、丸くてつやつやした石だ。落ち葉が張り付いているところを払うと、その下に何か紙が貼りついている。もうぼろぼろでみすぼらしい。青嵐は紙を拭うように拭いた。
「おい地竜、これ何だ?」
屋根を拭いていた黎も寄ってくる。
「あ?」
地竜はすっかり出来上がっていた。目はうつろで頭が揺れている。その体が、小刻みに震え出した。
「おい、大丈夫か?」
青嵐が声をかける。その間にも、地竜の体は不自然にうごめき、むくむくと大きくなり始めた。
「ああー力が湧いてくるぜえ。おい酒もっとよこせ!」
本人はいたってのん気に言う。先ほどは大きくて持てなかった瓶に、器用にしっぽを巻き付けて飲み始めた。
「おい、お前それ酒のせいか? でかくなってるぞ!」
「バカじゃねえの? 酒飲んだくらいででかくならねえよー」
「なってるから言ってんだよ!」
口論を続ける間にも地竜は大きくなり、二人の倍ほどにもなってきた。
「ねえ、もしかしてこれのせい? 地竜! これ何?」
黎が青嵐の持っていた丸い石を掲げる。
「んー、それはなー俺の元の力を半分封印してもらったやつだー。符が貼ってあるだろー。慎重に扱えよお」
地竜の声は徐々に野太く、聞き取りにくくなっていく。体は木の枝にあたってめきめきと折り始めた。
「そういう重要なことは早く言えよ!」
青嵐の声に、いつものような憎まれ口の返事はない。代わりに、虚ろだった目が、ぎらりと鋭く光ってこちらを向いた。その冷たい目つきに、青嵐は嫌なものを感じる。とっさに黎の腕をつかんで横に飛ぶ。ボゴ、と大きな音が、二人の元いた場所から鈍く響いた。振り返ると、地竜の頭突きを受けて地面がえぐれている。黎が小さく悲鳴を上げた。
「くそっ、酔い覚ませば戻るか?」
「どうするの?」
「離れてろよ」
青嵐は掃除用に汲んでいた水の桶を掴むと、木に登った。頭に向かって勢いよくかける。しかし、地竜は頭を払ったのみだった。
「効いてない……地竜! 聞こえる? 地竜!」
黎が呼びかけるが、理性的な反応はない。地竜はのたうち回るように木を、草を折りながら暴れている。
「どうしたら……」
黎を見ると、横の弦月魚が目に入る。弦月魚は、ぽつぽつとした光の玉を纏っていた。楓の弦月魚がそうしていたように。隣を見ると、自分の弦月魚も同じように光っていた。
『地竜様、助けてあげて』
微かな声が聞こえてくる。
「誰だ」
青嵐は辺りを見回す。答えはなく、姿もない。しかし、声はなおも語りかけてくる。
『この山の命は、地竜様が自分の力を使って育ててきたの』
『だからあんなにちいちゃくなっちゃったのよ』
『地竜様、自分で力を操れるように御龍氏様と修行してたの』
声は口々に語りかける。
『助けてあげて』
『助けてあげて』
地竜はなおも周囲に体を打ち付けている。
「このままじゃ、怪我しちゃう」
黎は唇をかむ。
「ねえ」
考えに考えて、声を上げた。
「地竜とは、同調できないのかな」
「地竜と?」
「弦月魚とできるなら、地竜ともできないかな。で、起こすの」
青嵐は眉根を寄せる。が、他にいい方法も思いつかない。
「やってみるか。修業は、どうやってたんだ?」
どこにいるともわからない声に、青嵐は問う。
『御龍氏様が、弦月魚でぱーっと』
『ぱーっとやってたよ』
「ぱーっとって……。でも、弦月魚を通して働きかけることはできるんだな」
黎は強く頷く。青嵐は意を決して縄を手にすると、素早く幾重にも地竜に巻き付けた。そしてその先を、どっしりとした木に巻きつけ、きつく結んだ。バランスを欠いて、地竜の体が木に倒れかかる。木は大きく揺れて葉を落とした。
「やるしかないね」
『手伝うわ』
『そうするわ』
黎は水球を引き寄せる。楓がしたように、額をつけ、息を大きく吐いた。
(地竜、聞こえる?)
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