第11話
また寄るから、と言い残して、二人は帰っていった。
青嵐は二人について帰っていく弦月魚をまじまじと見た。柳のは青々とした緑の葉の流れるような模様で、悠然と泳いでいるように見える。心なしか、体格もいい。
青嵐が眺めていると、耳元で、「おい」と声がした。地竜がいつの間にか青嵐の肩口に飛び乗ってきていた。どう見ても姿はミミズなので、青嵐は反射的にうっ、と呻いた。地竜はそれを睨みつつも、胸のあたりをそらせて威厳たっぷりに言葉を続けた。
「お前らに頼みがある」
「頼み?」
黎が肩口を覗き込んでくる。
「山の中腹に、俺の祠がある。そいつを綺麗にしてほしい」
「は? 何で」
思い切り嫌そうな顔を青嵐はする。しかし地竜はお構いなしだ。
「あと、酒な」
「酒ぇ? 水じゃダメなのか?」
「供えるんじゃないぞ、俺が飲む用だ!」
「断る」
青嵐は即答した。一応神だというから供えるならともかく、得体のしれないミミズの嗜好で、少ない蔵の内容物を減らす気にはなれない。
「おい、ここは菫の管轄だぞ! 弟子なら管理を手伝う義務があるだろうが!」
耳元できいきい言われて、青嵐は耳を塞いだ。地竜は向かいの木の枝まで飛び跳ねて行って説教を始める。二人よりも少しばかり高いところにある枝からは、ちょうど二人を少しだけ上から見下ろせた。
「だいたい、お前らの老師も老師だ! 弟子ができたなら挨拶にくらい来させろってんだ! 誰にも言わないで! あの引きこもり! オタンコナス!」
「神ってやつは存外口が悪いんだな」
青嵐は背を向ける。
「まあまあ、やってあげようよ」
黎がとりなしにかかる。すると地竜は黎の肩に飛び乗った。お前は礼儀ってものをわかってるとか、適当なことをべらべらとしゃべり始める。ミミズのなりをしているが、かなりのポテンシャルだ。青嵐は地竜をつまみ上げると、地面の上に戻す。
「こいつ、きっと一度頼みごとを聞くと骨までしゃぶりつくすタイプだぞ。大体老師もあいつのことを頼むなんて言ってなかったんだから、ほっとけばいい」
「じゃあ黎、あいつはいいから俺たち二人で行こうぜ。終わったら俺が教わった、任務の時に寄るべき特選美女スポットを特別に伝授するからよ」
いやいいよと遠慮する黎に、ぐいぐいくる地竜。やっぱりいかがわしい神じゃないかと、青嵐は頭をかいて二人を引きはがした。
「明日だけ手伝ってやる。明日だけだぞ。だから、そんなくだらない知識より、弦月魚のこととか教えてくれよな神サマ?」
「ああん? 同調できるようになってから来な、ひよっこ!」
二人はにらみ合う。今度は黎が間に割って入った。
「とにかく、祠を見せてよ」
話がまとまったとばかりに、地竜は嬉しそうに指示を出し始めた。青嵐も渋々ついていく。しばらく森を進み、祠に行ってみると、花や水が申し訳程度に供えてあった。しかし。
「傷みが激しいね……」
木で作られた小さな屋根や壁は、かなり劣化してきている。青嵐が触ると、端の方がぱきりと割れた。
「いやなに、それは問題ない。とにかく酒だ! 酒があれば万事解決!」
地竜は胸を張る。根拠はなさそうに見えるが、とにかく酒が欲しいらしい。
「それ、お前が飲みたいだけだろ」
青嵐は供えてあった杯の水を捨てると、自分の水筒の水を注いだ。
「水で酔えるかバカ!」
「自分で作れ!」
再び始まった応酬を、黎はにこにこと見守る。二人がひとしきり罵り終わるまで待って、声をかけた。
「それじゃあ、とにかく掃除をするよ。綺麗になるまで、僕の部屋へ来ないかい? いろいろ話も聞きたいし。僕、料理の方も修行中だから、試食してほしいな」
後ろで青嵐が青い顔をしているのに、地竜は気づかない。
「食べられるの?」
という問いに、地竜は大いに頷いた。
「美食の地竜とは俺のことよ」
青嵐は天を仰いだ。
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