第9話
追い立てられた二人は、まずはと畑仕事から取り掛かった。
「どうしたものかな」
黎は畑に水をかけながら青嵐に話しかける。その後ろを、弦月魚がついて回った。まだ元気そうではある。しかし、死なせるわけにはいかない。青嵐は唸った。
「お前、ずっと都にいるんだろ。あの城の魚は何を食べてたんだ」
黎は頬をかきながら、
「わからないよ。専門の係がいるから」
と言った。
「ちっこいミミズとか虫食うかな」
「えっ、捕まえるの?」
怖がる黎に、青嵐は呆れ顔。
「ミミズとか虫で何怖がってんだ。お前に包丁持たせる方がよっぽど怖いぞ」
黎は顔を真っ赤にした。
「いやあれはその、刃物なんて使ったことなかったし……」
「飯炊くだけで、あんなに疲れたのは初めてだ」
「慣れればきっとできるよ」
「本当か?」
疑う青嵐に、黎は何度も頷いた。
「この辺の薬草とか案外食べたりするんじゃないのかな」
手近な葉をむしり、黎は弦月魚に近づける。青嵐は慌てた。
「お前、これ何の葉かわかってるのか」
「わからないけど、試してみないともっとわからないよ」
青嵐の制止も間に合わず、黎は弦月魚の口元で葉をひらひらさせる。弦月魚は興味を持ったのかゆらりと近づくが、ぷいとそっぽをむいた。
「うーん、老師の部屋に色んな薬があったから、好きかなと思ったんだけど」
一応考えてたんだな、と青嵐。
「まあ、試してみるのも悪くないか。てがかりはないんだし」
ぶちぶちと根こそぎ雑草を抜く。弦月魚の口元でひらひらさせてみるが、反応はなかった。
「他の御龍氏や見習いってどこにいるんだろうな」
「紫雲山にはいるんだろうけど、細かい場所までは……とにかく、御龍氏は国の要だから、都にいるくらいじゃなんにもわからないんだよ。祭祀で見たことはあっても、誰なのかは全然。見習いで昇山した人も、戻ってきたって話は聞いたことがない。どうしてるのか、御龍氏になれたのかどうかもわからない」
青嵐は、そうかと顔を曇らせた。
「老師はあんな感じだしなぁ」
ぼやく青嵐に、黎はふふと笑う。
「何だ」
「ううん、青っていっつも眉間にしわよってるなって」
「うるさい、早く終わらせて餌探しに行くぞ!」
雑草をまとめて引っ掴むと、青嵐は両手で豪快に引っこ抜き始めた。
畑の裏には山が聳えている。畑仕事が終わると、二人は竹筒と、朝作っておいた握り飯を腰に下げて、木々の間を分け入っていった。それ一つでも、黎は嬉しそうにする。やることなすこと珍しいのだろう。何とか自分のものにしようとする。青嵐にとっては、今のところ弦月魚以外にさほど珍しいことはない。しかし、ここ紫雲山は空に浮かぶ道の山だ。そして、連れているのは未知の生物。心してかからねばならない。青嵐は気を引き締めた。
「随分手入れがされていないな」
草をかき分け青嵐が言う。
「虫除けの香を借りてくればよかったね」
二人はたわいない会話をしながら斜面を進む。小一時間ほど歩いたところで、青嵐が足を止めた。さっと辺りをうかがう。黎は体を寄せた。
「何かいるの?」
と小声で聞く。青嵐は頷いた。
「さっきから、つけてきてるやつがいる」
腰を落とし、短刀に手をやる。黎はごくりと唾を呑んだ。
「木は登れるか?」
「登ったことないよ」
「じゃあ撒く。走るぞ」
二人は走り出す。先導する青嵐は草を拓きながら身軽に進むが、黎はそうはいかない。すぐに足を取られた。青嵐は悪態をつきながらも戻る。ざざざざざ、と周囲の草が大きく揺れた。
「囲まれた!」
二人は背中合わせに立つ。円状に取り囲んだ何かは、徐々に包囲を狭めてくる。そして、ざあっとひときわ大きな音を立てて、その一角が盛り上がった。二人の倍ほどはあろうか。ぬめぬめとした肌をした大ミミズが、草の中から顔を出した。青嵐は短刀を構える。黎は尻餅をついた。
「何あれ!」
大ミミズの体が揺れて、二人に迫る。青嵐は跳躍した。
「黎、逃げろ!」
言うが早いか、短刀で大ミミズを切りつける。大ミミズは体をくねらせて避けようとするが、いかんせん巨体を動かすのには骨が折れる。
「待って、青!」
黎が制するが、それよりも先に青嵐の刃が大ミミズに届いた。しかし、硬い外皮が刃を阻み、うっすらと傷がついたに過ぎなかった。状況を見て、青嵐は飛びのく。
「何者だ!」
大ミミズの後ろから、声が飛んだ。張りのある声だ。二人は声の方を見る。二人よりもひと回り年上の青年が二人、草むらから姿を現した。それぞれ少し後ろに、弦月魚の入った水球を従えている。二人は厳しい顔で言った。
「見ない顔だな。ここでは争い事はご法度だということも知らないのか」
「侵入者であれば、容赦はしない」
青年の片割れが、呪符を取り出す。青嵐は短刀を再び構えた。
「お待ちください」
黎が間に割って入った。
「わたくしは夔家の黎と申します。この度は御龍氏の見習いとして拝命を賜り、昇山いたしました。
柳と楓と呼ばれた青年たちは顔を見合わせる。
「そうだ柳、確かに黎だ。しばらく見ない間に大きくなったな。確かに、弦月魚も連れている」
楓は緊張を解いて、呪符を収めた。
「黎、知り合いか?」
青嵐も短刀を収める。一同の視線が、青嵐に集まった。変わったものでも見るかのように、上から下まで見られるのは、あまり心地のいいものではない。
「知らない顔だな。この者は?」
柳が青嵐を指す。
「青嵐と申します。わたくしと共に昇山いたしました」
「青嵐か。珍しい名だな」
と、楓は唸った。ぼんと音がして、大ミミズが姿を消す。
「ちっ、時間切れだ」
声にする方に近づいてみると、よく目にするサイズのミミズが、きいきい叫んでいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます