第7話
菫は、館の脇の小さな蔵に、小さな灯りを持って入っていく。小さな蔵だというのに、中はほとんど何も入っていなかった。奥の方に漬物や調味料の入った甕と、手前にしなびた菜っ葉、そして卵が置かれている。菫は奥の方から米の入った袋を引っ張り出してきた。
「これだけですか?」
「そうだ」
眉を寄せる青嵐に、さも当然と言わんばかりに菫が頷く。青嵐は眩暈がしそうになった。国の祭祀の中心たる御龍氏の食卓が、こんなに侘しいものだったとは、清貧にもほどがある。
「ああ、御龍氏は魚は食べられないんだ。きみたちもね。それだけは覚えておいてくれ」
魚は龍の子と言われ、瓏では大切にされている。龍に仕える御龍氏が食べられないのも頷ける。が、食糧庫のもののなさは、それとはまた別だ。
「皆さんこうなんですか?」
「いや、最近忙しくて、食糧をもらうのを忘れていたんだ。御龍氏の食糧は、自給自足する分以外は宮殿で余りものをもらってくるからね。弟子のいない私には、自給自足に手が回らないんだ」
故にこうなった、と菫は平然と言ってのける。清貧なのではなく、食に頓着しない人らしい。この人に任せてはおけないと、青嵐は中に入って物色する。
「ちゃんと貰ってきてください。体壊しますよ」
菫はわかったようなわかってないような顔で頷く。絶対ですよ、と青嵐は念を押した。古びた籠に使えそうなものを乗せると、食糧庫を後にした。
炊事場に着くと、手際よく米をといで、火にかける。黎はその様子を物珍しそうに見ていた。
「すごいね、青。料理できるんだ」
青嵐の手が止まる。
「お前は?」
「したことないよ。全部出来上がってでてくるから。ねえ、何か手伝えることある?」
青嵐は黎の発言に驚きつつも、それ切っといてくれと、菜っ葉を指さす。師匠は関心なし、同期もこれでは、先が思いやられる。
黎は恐る恐る両手で包丁を持って切り始めた。切るというよりは、斧で薪を割っているような仕草で、包丁がすっぽ抜けて飛んできそうだ。青嵐は不安そうにその背を見つめたが、そうしてばかりいられない。米の様子を見ながらだしをとった。朝の繊細な胃袋のためというよりは、少ない食材をごまかすためのものだが、何とか卵雑炊と漬物を用意して食卓に並べる。黎は初めて作った料理に目を輝かせていた。
菫が席に着くと、二人もそれぞれ座る。
「いただきます」
菫は少しずつ、黙々と食べ進む。黎は初めての手料理を噛みしめるように食べていった。青嵐は二人の様子をうかがうようにして口に入れる。じんわりと熱が口の中に広がった。その温かさに、少し心が落ち着く。落ち着けば、視界が広がる。ふと、菫が手を止めて、向かい側に座る二人を見ているのに気づいた。
「どうかしましたか」
声をかけると、菫はゆっくりと頭を振った。その表情は柔らかい。
「何でもないよ」
窓の外では夜がすっかり追いやられ、まばゆい光が照らしている。菫は出された食事を綺麗に平らげた。二人もほぼ食べ終えているのを見て、菫は言った。
「二人とも、片付けが終わったら、私の部屋に来なさい」
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