第4話

扉の向こうには、地につこうかというくらい髪の長い青年がいた。二人は姿勢を正す。気怠げな目が、二人を順番に見た。しかし表情は硬い。

「心の準備はいいか」

 突然の問いに面食らう。が、二人はそれぞれ、半ば気圧されるようにはいと答えた。

「じゃ、行こう」

 あっさりと、青年は背を向ける。ばさりと、無造作に流された髪もまた動いた。髪の隙間から、群青の衣に刺繍された金糸が見え隠れする。そこには、限られた者――御龍氏にのみ許された、玉を食んだ龍の姿が描かれていた。青嵐は、まじまじとその背を見つめる。そんなことはお構いなしに、その背はずんずん進んでいった。二人が中に入ると、扉はひときわ音を立てて閉まった。まるで、もう出られないと言われたかのようだ。青嵐は気を引き締める。黎が辺りをうかがうように小さく見回した。

「臆することはない。御龍氏は祭祀の中心、何度となく通るようになる」

 ぶっきらぼうに、青年は言う。

「自己紹介がまだだったな。私は御龍氏のとう。きみたちの指導をすることになった」

 止まりもせずに菫は言う。

「急を要する事案があってだね、手短に話をしよう。きみたちはこれから私の仕事に同行してもらう。本来ならきみらを紫雲山しうんざんに連れていって、幾ばくか修行を積んでからになるのだが、そうも言っていられない。さあ」

 菫は自ら重そうな観音開きの扉を開ける。扉の向こうは、開けた広場となっていた。奥に、菫の倍はあろうかという生き物がこちらをじっと見ていた。二人は息をのんだ。差し込む日の光を浴びて、その鱗はきらきらときらめいている。もうほとんど明けてしまった夜を惜しむかのような薄紫だ。長く伸びた尾やすらりとした首元には、若草の模様が絡まるようについている。瞳には理性的な光が宿っていた。

「龍……ではないんですよね」

小さな龍のようだ。しかしその足は一本だ。

夔龍きりゅうという」

 きっぱりと菫は言って重い裾を持ち上げ、夔龍の背に乗った。そして、二人に後ろに乗るよう促す。

「今日は相乗りで我慢してくれ」

 二人は顔を見合わせて、順に乗った。

「しっかりと掴まっているんだ。落ちれば死ぬぞ」

 青嵐は、黎が掴まる手に力を込めるのがわかった。音もなく浮かび上がると、夔龍の足元に風が起こる。その風は大気の流れを手繰り寄せ、夔龍の体をそこに乗せた。流れに乗ればあとは早い。あっという間に空高く舞い上がると、絢爛な都が豆粒のように小さくなった。夔龍の後を、雲がついて行く。

「急遽、龍が降りてくるという予兆があったのでね。急いで向かっているんだ」

「僕らは何をするんですか」

風に負けぬように、黎は声を張る。

「龍の歌を聞くのは私一人で十分だ。というより、きみらではまだ聞いてもわからないだろう。龍が降りてくる前に、周囲に結界を張るから、その維持に努めてほしい。龍も歌も、この国の根幹だ。他国に奪われたり情報が漏れでもすれば、崩壊しかねない。最近は、特に龍を狙う不遜な輩が多いからね」

 青嵐はちらと後ろを見る。

 白猫。

 ばちりと目があった。お互いに、同じことを考えているのがわかる。

「近頃、都にも白猫が出没しているようだね。君たちはもう、遭遇しているんだったか」

 もう情報が回っているのかと、青嵐は驚く。

「そんな、生やさしい猫じゃないよ。きみらが相手をするのは。覚悟してかかりなさい」

 どんな、と黎が言いかけたところで、夔龍は高度を下げる。下から、強い風が吹き付けて、青嵐は目を細めた。夔龍を降りると、菫は近くの村で事情を話し、場所を借りた。村人たちがざわつくが、おかまいなしに村はずれの場所へ向かう。二人は荷物を持ってそれに続いた。

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